上原茜(2)-7
うっ、く、首が痛い。
目を開けると、見えるのは真っ白な世界。
それは天井だった。
いつのまにか寝てしまっていた。
飲みものが欲しい。口の乾きがひどい。
口の端の違和感に触れると、よだれが出ていた。
……。
口を開けたまま寝ちゃったかも。恥ずかしい。
「うーわー……」
しかも結構たくさん。
スーツの裾が、胸のところが、染みになってるし。
間中先生は帰るように言ってくれた気がするけど、
椅子に座ってたら寝てしまったみたい。
時計を見るともう0時を回っている。
帰れなくなっちゃった。
私は今一人暮らしをしているから、
連絡する場所したりする場所はない。
祐介にも繋がらないし。
祐介のことを考えると泣きそうになるけど、
すでに目元がヒリヒリしているのを感じて、これ以上はだめだと悟った。
ああ、明日も同じ服か……。
よだれが染みてる部分だけでも洗いたい。
それに昨日と同じ服装で出勤するのは、
社会人として良くないと聞いたことがある。
泣きはらした顔もまずいと思う。
間中先生はというと、机に突っ伏して寝ていた。
これだから私を起こせなかったんだろう。
ギシッ……
祐介が起きる。
「5年って実感がない」
口調が寝てた感じではない。
私が起きるのを待っていたのかもしれない。
「そう」
5年で学校の形が変わるわけでもないし、空気、匂いみたいなものも同じだ。
私が教育実習で訪れたとき、生徒が若いと思った以外は、懐かしいと感じるだけだった。
下駄箱も校庭も廊下も、どの風景も、
ここは生徒のものだったということははっきりしていて、
私が中心になることはないという感覚だけが、とても不思議だった。
でも教育実習が始まってしまえば、
そんな感傷がなくなってしまうくらいに忙しくて、
生徒から向けられる視線にひたすら緊張しているのだけれど。
「上原、なんか落ち着いてるな。
おっちょこちょいなマネージャーには見えない」
「私そんなだったっけ?」
そんなだった。今もそんなだし。
慌てて涎を隠す。
祐介が私の胸のあたりをちらちら見てるのが気になってくる。
そもそも性癖は変わらないとすると、この視線は怪しい。
意識して隠しているという私の行為も怪しすぎる。
そういえば水泳部、一回しか覗いてないな。
それに私は落ち着いてなんかいない。
むしろ、泣いてばっかだ。
「この前なんて、なにもないところで足をくじいてた」
うわ、それ知っているのか。
「そ、そんなこともあったかな、なつかし」
「上原が水泳をやらない理由って」
「ん、なに?」
なんだろう、急に。
「……」
「5年前の私に聞いてみたら?」
「うん、聞いたことある」
「うそ?」
聞かれたこと、あったかな。
あったとしたら過去が変わって……。
「……む、胸が、大きいから」
ばかだ!
「んなわけあるかー!」
ぼふっ。枕を投げてやった。
「わ!」
「泳げないだけだよ!」
しまった。頭に当たっちゃった……。
「ご、ごめん。そんなこと、ぼそっと言うことじゃないぞ祐介」
「痛い……じゃあなんで水泳部のマネージャーやってるんだよ」
祐介……ああ。
未来に来たからってどうして今の祐介みたいになるんだ。
タイムパラドクス。違う気がする。
「それで上原は、俺がどうなっていくかを、知ってるんだろ?」




