上原茜(2)-6
「あ、でもさっき帰ったばっかだからまだ家には着いてないと思いますけど」
「そう。それじゃ、あなたの足を見てあげるから、それで時間が経つのを待ちましょう」
足が痛いなんて言ってないのに。
「いいです。帰ります」
現実から逃げたくなって思わず口に出してしまった。
「この子どうするのよ」
「ここで寝てもらうとか……」
すぐに後悔する。
「ここ私の家じゃないんだけど」
「ですよね」
「足、見せてごらんなさい」
「はい」
椅子に座り保健室の時計を見ると、一九時を少し回っていた。
はあ、明日も学校……。
授業やら担任の仕事を思い出し頭が爆発しそうになる。
こっちの祐介のこれからも考えなくちゃいけないけど。
今の祐介がどうなっちゃったのを考えると怖くなる。
「いたっ」
先生が足首の側面をぐりぐり押す。
「これ痛い?靱帯痛めてるわね。部活で痛めたことあったでしょ?癖になったのかしらね」
「先生……」
あんな前のこと、覚えててくれるんだ。
こんな風にたくさんの生徒のことを覚えているのだろうか。
「上原さんが引きずられて保健室に来て、帰れないーって泣いてたから、よく覚えてるわ」
「そっちですかー、ははは。私、マネージャーだったんですけどね」
「そうだったの?」
「上原……」
祐介が私を呼んだ気がした。
名字で呼ばれるってなんか新鮮。
「なん……に?」
思わず敬語で話しそうになった。桜木先輩、だったっけ。
「なんでもない」
そう。桜木先輩はこんな感じだった。
「さて、桜木君の家に連絡してみよう」
はあ。来たか。
「は、はい。夜遅いし迷惑だと思いますし祐介の携帯にもう一回かけてみます」
私は慌てて祐介の携帯に電話をかける。
プッ
あっ。
「おかけになった……」
ああもう、あいつ!
「だめでした」
「じゃあ次」
「ですね」
もう仕方ない。
祐介の実家に電話をかける。
これで祐介の実家の番号を知ってるってことになる。
「もしもし、茜です……あ、上原です。こんばんは。
はい。この前は、ありがとうございます。
おいし、そうですね、また……」
だめー!この前ご飯食べたこととかいいから!
「それであの、祐介、桜木君、帰ってますか?」
「…………」
「帰ってない、ですか?」
「…………」
「はい。携帯にもつながらないんです」
「…………」
「ははは。逃げたって、あり得なくもないですよね」
「…………」
「でもねお母さん、なんか変なの」
「…………」
「うん、うまく説明できなんだけどね」
「…………」
「うん、落ち着いてる、かな。今学校で、保健室の先生といる」
「…………」
「メールもダメなの。エラーになっちゃうの」
「…………」
「祐介いなくなっちゃったかもしれない、
いるんだけど、いないの」
「…………」
「お母さん……私わかんない、全然わかんない」
「…………」
「う……、うえええええええええん」
耐えられくなってしまった。
祐介のお母さんは、私を励ましてくれた。
いい大人なんだから、そのうち帰ってくるって。
自分の責任なんだから、あいつが負えばいいって。
私の心配はもっと遠くて分からなくて、
それでもお母さんはいつも通り明るくて前向きで。
「上原さん……」
間中先生が泣き崩れる私の頭をなでてくれる。
「ごめんなさいね」
先生が謝ることじゃないのに。
「祐介に、こんなところ見せちゃって、ダメですね」
「寝てるんじゃない?」
先生はベッドの方を見る。
祐介は保健室のベッドで寝ていた。
もしかしたら全部聞いてたのかもしれないけど、
祐介は何も言わないと思う。
あー、もう、かわいい寝顔め。祐介17歳、か。
17歳のころの私なんて、泳げないのに水泳部のマネージャーをやるような馬鹿な子だったな。
「さて、どうしようかしらね」
「……」
明日も先生やらないといけないのに、
私の体はもう、動こうとしてくれない。




