上原茜(2)-4
祐介……?
どうして祐介が制服なの?
「君、名前は?何年生?」
祐介だけど祐介だとは思えない。
「二年四……桜木」
下を向きながらぶっきらぼうに答える。
「なんだこれ。動く。いたた」
祐介は私のほうを気にかけずに、体を動かしながらぶつぶつ言っている。
生徒というのは、先生のことをそういう風に見ているということを、
私はこの一週間で思う存分知った。
私もここの生徒だったときに先生のことなんて考えたことなかったし、
それは仕方ないことだと思っているけれど。
だから最初に生徒に思い入れを持たなくなる先生もいるというのも知った。
「桜木君……」
桜木先生という以上に今なら恥ずかしい呼び方を敢えてする。
今はそれが間違っていないはず。
祐介が目の前にいるという現実と、
現実味のなさで言葉が出てこなかった。
祐介が顔を上げて窓から入ってくるかすかな明かりに照らされたとき、
頭から鼻筋にかけて黒い跡が見えた。
「血が出てる!」
教室のドアにつかまったままだった私は、祐介の側まで近づいていく。
祐介……祐介?頭の中ではそう決まっているのに、わからない。
「桜木君、大丈夫?頭から血が出てる」
近づけば近づくほどかつて見たことがある祐介だった。
「大丈夫」
祐介は自分で頭を触って血がついていない手を見ている。
乾いてるんだ。いつからここにいたのだろう。
腰を下ろして、祐介の横にしゃがむ。
「いっ」
足首に痛みが走る。
私は倒れかかって、祐介と一瞬至近距離まで近づいた。
体が触れるくらいに、祐介は少し体をこわばらせて睨んでくる。
「ご、ごめん」
うう、そんなに引かなくても……。
髪が赤いチョークの粉で汚れている。
「頭、大丈夫?」
頭にそっと触れてみる。
「いつっ」
「ごめん、膨らんでるとこ触っちゃった」
これは傷口に悪い。
「頭洗おうか。明るいところ、保健室に行こう」
私もこの捻った足をどうにかしたかった。
「いいよ、帰る」
「あ、そうだ、家に連絡……あっ」
祐介だとしたら両親は仕事の都合で海外に行っていて家には誰もいない。
いや待て、今の祐介は大学生のはず。
そうだ。祐介に連絡してみよう
「家に帰るから」
頭がぐるぐるしているうちに祐介は動き出す。
待って。祐介の腕を掴んでいた。
「なんだよ」
「いいから」
腕をつかんで保健室に連れて行く。保健室って入れるのかな。
はあ。階段を下りるのがつらい。
のろのろしていたら私が掴んでる手を放してスタスタ行ってしまった。
「帰る気?」
「うん、そうだけど」
なんなの。この感じを知っているということもまた、うんざりする。
「ゆ……桜木君、あの」
階段を下りて先に行ってしまっている。
本当に帰っちゃうのか……いいのかこのままで。
でも思った以上に足が痛くて走れない。
それでも痛みに慣れてきて、保健室にたどり着いた。
結構歩いた気がする。暗いと遠く感じるな。
見渡しても祐介はいない。
保健室に近づくとドアの隙間から明かりが漏れているのが分かって、
中から声が聞こえてきた。
まだ保健の先生がいるんだ。助かった。
私の頃にいた間中先生、まだいるのかな。
「桜木君、動いたらだめ」
「……」
「痛い?」
「大丈夫」
「ほら、きれいになった」
「あ、ちょ……待って……」
「……」
「ああもう、しかたないわね」
「……」
かすかに聞こえる声に、思わず聞き耳を立ててしまった。
椅子が軋む音が静かな廊下まで響いている。
何をしているんだろう。
はあ?治療以外ありえない。
私の頭はどうかしてる。
そういえば祐介とも最近……。
そうだ祐介!中にいるのは祐介、どっち?
祐介が怪我をしている?どっちの?
頭に血が上ってきた。全身に力が入る。
私はドアを開ける。
「す、すみません」
「あ、上原さんじゃない。久しぶり」
「……上原?」
間中先生に頭を拭かれている祐介がいた。




