宮沢由紀(1)-4
昨日は桜木が日直の日だった。
この前のことがあって、私は少し桜木に近づいた気がしたけれど、
今日で一週間になる今はもう、気まぐれだったんだと思い始めている。
桜木は相変わらず机でくたーっとしている。
私も相変わらず教科書やノートを机の中に置きっぱなしにしている。
「当てられたときくらい、ちゃんとしなよ。もったいなくない?」
「……」
無視か。
分かっている先生は最初から当てたりしないのだけれど、
今日の日付とかで機械的に当てる先生は、桜木を当てることもある。
桜木はそれを無視する。
私だって嫌だけど、その頑なさは全く理解できない。
「それに日直の仕事を私にやらせるなんておかしくない?」
「誰も頼んでないけど」
「やっといて、って毎時間言ってるのは誰だ」
今日は桜木が日直の日だったから、やっと声をかけられた気がする。
先生たちが桜木を注意しないのは、テストの成績が抜群に良かったからだった。
成績が良い生徒の間では色んな意味で有名人だということも最近知った。
授業で寝てたりさぼっていても犯罪のような悪いことをしているわけではないし、
推薦はできなくても放っておけば偏差値の高い大学に合格していなくなると思ってるのだろう。
桜木はいつもいない木曜日の午後の授業に出てる。
授業の挨拶をやってもらわないと困る。
それにしても教科書を読まされてる桜木は笑った。
現国の先生は容赦ないからな。
「私部活行くから。最後くらい黒板消してよね」
最後の授業が終わってもぼんやりしている桜木を置いて部活に行った。
この一週間、部活がある日の夜まで桜木が帰るところを見なかった日は、
帰りに教室に寄っていたけど、桜木に会うことはなかった。
ちょうど一週間か。
今日は日直手伝ったんだし、たこ焼きを奢ってもらうべきだ。
こんなこと教室や部活で言えない。
だから今日こそは桜木が教室に居て欲しい。
暗い廊下に慣れた私は、髪をタオルで拭きながらいつものように教室へ向かう。
「あっ」
桜木は教室に居なかった。
窓際のカーテンが揺れたから居るかと思ったのに。
消されていない黒板を横目に窓を閉めに行く。
友情……友情か。
武者小路……さねあつ、消えてるし。
漢字覚えておかなきゃ。
窓は閉めるけど、黒板は消してあげない。
チョークの粉が濡れた髪につくのは嫌だ。
私は一人学校を出て、駅に向かう途中、たこ焼きのお店に寄り道をする。
4つだけ買う。どうせ食べてもお腹空くし。
たこ焼きを半分に切って、最初にたこがないほうを食べる。
うっ、熱い。小さくしたのに。
たこを食べる。
たこだけを食べるとたこ焼きじゃない気がするけど、うまい。
あと残りの半分も口に入れる。
うん。たこ焼きをうまく食べられるようになった。
口の周りもきっと大丈夫。
だからまた、桜木と食べたいと思ってるのに。
次はいつになるだろう。
学校に来たら今日の日直が黒板を消していた。
桜木は最後まで消さずに帰ったのか。一言言ってやらないと。
その桜木はすでに登校して席にいた。
「昨日黒板消せって言ったじゃん」
「あ、そうだっけ、はは」
なんだろう。桜木の口元が笑っている。
何かいいことでもあったのかな。
それに制服が変?太ったような、中に何か着てるのかな。
顔もだ。寝すぎでむくんでる?
背筋が伸びてるから体が大きく見えるだけだろうか。
時計を見たらホームルームの時間まであと1分くらいある。
私や桜木の席とは反対の廊下側にある理恵の席に行く。
「おは」
「ゆきおは」
「おはりえ。あのさ。桜木、なんか変わってない?」
「んー」
理恵は桜木がこっちを見ないと思っているからか、遠目でじっくりと見ている。
「どこが?」
「雰囲気?太ったみたいな」
「そうかな?」
私の勘違いかな。
「由紀やっぱり桜木のこと気になっちゃってる?」
「んなことない」
理恵はまだ桜木の方を見ている。
気付かれる前に見るのを欲しいんだけど。
「あるだろ。まるだし」
「ないない」
理恵は桜木のこととなるとこのネタばっかだ。
そもそも理恵の席からは桜木を簡単に見れないし、
いつもの桜木を知らないんだ。
だから私が理恵にこんなことを聞くほうがおかしい。
おかしなことを聞くからおかしなことを言われるんだ。
はあ。
「先生来たよ」
「あ、うん、またね」
「うん」
私は自分の席に戻った。
理恵が私が席に戻る背中を目で追っている視線を感じて気持ち悪い。
どうせ桜木を見てる私を見てるんだろう。
でもやっぱり変だ。
桜木が先生のことを真っ直ぐ見つめる姿を、私は初めて見た。




