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Avalantear アバランティア  作者: 海豹
第一幕 ―起―
39/68

五年前の作戦 2


〔目標L―10の外部脱走の有力な情報が入った。L―10は施設内にあるダストシュートに入り、脱走を計ったと思われる。現在は施設を脱しているか可能性もあるが、彼等の行く先に大胆の目星が着いた。作戦実行中兵士諸君に、新たに指令を下したい――〕


 場所は一階正面階段近くの機械室。巨大な<イレブン>施設設備機器を一手に制御しているだけに、決して狭くはない部屋には所狭しと多くの機械が置かれている。

 現在は、その機械の間を縫うような狭い空き空間に多くの整備士達が、盤陀を片手に作業を続けていた。


「繋かった!」


 スピーカーに耳を添えていたターナーは、アベルの声が出現すると同時にガッツポーズをする。ほとんど叫び声のようなターナーの歓声は、機械室内にいる全ての整備士達に伝染し、黙々と作業を続けていた彼等の手を止めた。やがてあちこちでハイタッチをする音や安堵の息を吐き出す音が聞こえ始める。


「時間かかったな。疲れた」


 ターナーは許可を得て一時間弱、その他の整備士達は三時間以上も通信回路の修復作業に手を焼いていた。火災警報機の発動時の暴走は、通信機器や監視投影機の回路の大部分を熱で焼け焦がせ、施設内の設備の四十パーセントを駄目にしていた。それを一つ一つ手作業で直す作業は、相当の時間と労力を必要とし、長時間淡々とした作業に苛立ちすら感じていたのだから、彼等が相手構わず手を取り合って喜ぶのは当然のことだろう。


〔――施設内にいる兵士は、至急一階、ゴミ焼却室に向かってくれ。人数割は現場に任せるが、その場に必要ないと思われる残り戦力は、これから言う外部の班への指示に共に従ってほしい〕

「え、何? 一階に戦闘系部隊が押し寄せてくるって? うわぁ……」


 喜びを噛み締めながら、改めてスピーカーへ耳を近づけたターナーは、今度は苦々しい表情で呻いた。


「参ったな」


 ターナーは通信回路の復興作業の応援で整備士隊にいる。しかしその復興も、たった今完了してしまった。次の指示を仰ぐのか筋だが、このまま成り行きに任せると、一階は外に向かう兵士とゴミ焼却室にいく兵士で大混雑になってしまう。これではターナーが行動に出る頃には廊下にすら出られなくなってしまうかもしれない。


「整備士隊長!」


 嫌なことが頭に浮かぶと、ターナーはいても立ってもいられなくなった。スピーカーから離れて歩み出してみるが、ただでさえ機械のせいで狭くなっているスペースに無理矢理整備士達が入り込んでいるのだから、全く前にも後ろにも進まない。じれったくなって、彼は声を張り上げた。


「俺は、もう動いて良ーいんですか!?」


 ざわつく機械室でなんとか意思表示をしようとした彼だが、なかなか思うように声が届かない。めげずに声を出すと、三回目でようやく、奥の方で監視投影機の回路の修復に取り掛かっていた整備士隊長が立ち上がった。


「連絡はきたのか?」

「いえ、まだです。ですが」

「おちおちしてると一階は動きにくくなる……か?」


 しどろもどろ、言葉を選びながらしゃべると、先を読んだ整備士隊長が笑みを混じえて口添える。ターナーは、苦々しくも素直に頷いて、ただ相手を見つめた。


「ふむ。本来なら本部の命をを待てと言いたい所だが」

「……」

「――まぁ、いいだろう。本部には私から言っておく。まぁ、今は機械室からの言葉など繋がりもしないだろうがな」

「! ありがとうございますっ」


 ターナーはすんなりと了解を得たことに驚きながら、自分の作業場所に散らばった工材をかき集めて、機械室を飛び出した。


目指すは、外。

――レイスのいるかもしれない場所へ。




 *****




〔そして今度は外部にて作戦実行中の兵士諸君! これより、戦闘系部隊全体を東側、北側と、大きく二手に分ける。まずは東側、住民避難に当たっていた公安部隊及び戦闘部隊各小隊はそのままセリカ街にて待機、目標が現れ次第捕獲に掛かるように。南側地区境に控える警備部隊は東側の森に潜伏……〕

「班長! 無線が」

「分かっています。皆さんもよく聞いていてください」


 場所は変わって、<イレブン>施設裏森林地区。五人程の兵士が、突然の無線機の始動に戸惑い、バラけた仲間の代表で持ち場を離れ、指揮を仰ぐために集まっていた。全員服が泥にまみれており、今まで雨でぬかるんだ地面に伏せていたことを無言で示している。

 緊急に編集された狙撃班をまとめていたケイスは、集まってきた兵士の姿を視野に入れながら、大慌てで自分の無線機のスイッチを切り替える。


〔次に施設裏の森林地域だ。今呼ばれた以外の、現地にいる戦闘部隊の残り半分の小隊、狙撃班、情報部隊及び特殊部隊の通常警備兵士を除く者は、森に潜伏して待機――〕

「我々はここで待機ですね」


 まだ少年のような小柄な兵士が興奮を隠しきれない様子でケイスに言った。彼の手には先程の雨のために防水加工が施してある、暗視式スコープを取り付けたスナイパーライフル。M14と名付けられている<イレブン>産の中でもわりと数が多い狙撃銃は、無邪気そうな若い兵士とは酷く不釣り合いに見えた。


「ええ。ですが、どうやら本部もL―10の追撃に本腰を入れたみたいだから、今後の指令には十分に注意してください」


 それと、無線の回線が復興したようなのでこれからは指令は無線から仰ぐように、と言葉を紡いだケイスは思わずため息をつきそうになっていた。


『了解』


 綺麗で型に崩れが全くない敬礼。ケイス狙撃班長を見つめる十個の瞳は、汚れが無く真っ直ぐだった。ケイスは気付かれないように息を吐き出すと、更に言葉を続ける。


「君達はまだ戦場慣れをしていない兵士です。個人の判断でくれぐれも行動を起こさないように」


 ケイスの年齢は二十一だ。更に<イレブン>に入ったのもまだ最近の話。そんな彼が指揮を任される狙撃班は、やはり未熟だった。その場にいる五人だけでなく、彼が指示を下す狙撃手達は皆ケイスよりも若い十八、九の者ばかり。少年のような、ではなく本当に少年なのだ。


「緊急要請で緊張していますが、我々も卒業試験を突破した兵士です。ケイス班長のお手は煩わせません!」


 意気込んだ声は力強いが、肩に力が入りすぎているようにケイスには見える。

 彼等は、<イレブン>が経営している兵士育成学校の候補生達だった。銃器は<イレブン>が生産量をほぼ占めているとはいえど、まだまだ実用的ではなく、狙撃を専門とする兵士は少ない。緊急で編集される狙撃班の場合、経験のある兵士はバラバラに各部隊に配置されるため、候補生をやむを得ず引き抜いてくることは少ない話ではないのだと知っている。少し前までケイス自身も候補生の一人だったのだから。


「今、僕から言えることは現場から離れず、絶えず情報収集に努めること。目標を捕らえ次第、僕に連絡をいれて必要とあらば狙撃すること……それだけです。無茶はしないように」


 しかし、今はそれを憂いている場合ではない。ケイスは五人ひとりひとりと目を合わせながら指令を纏めると、大きく頷いて見せた。


『了解!』


 候補生達は、再び敬礼するとそれぞれの持ち場へと四散する。ケイスはそんな彼等から意識を外すと、凍えるような寒さの中なのに手汗をかいていることに気づいた。自分も緊張しているのだと今更ながら気づいて、苦笑するしかない。

 緊張の原因はレイスだった。善には自分を見くびられていると憤ったが、直前になって彼が心配する気持ちを理解した。ケイスの脳内イメージの銃口の標準はレイスの眉間に定まっている。ただの的ではない、親しい人間の顔に彼は銃口を向けている。覚悟はしているが、実際に体験するのは初めてだった。


自分には彼を撃てるのか。

――ケイスは祈るように空を仰ぐ。




 *****




「グレイスさん!」


 名前が呼ばれ、グレイスは顔を上げる。そのころ、北西側、山岳地帯に潜伏していたグレイス率いる戦闘部隊第三小隊は、複雑に入り組んだ山々全てに脱走者が入り込めるスペースが無いかと緊張を張り詰めていた。


「どうした?」

「無線、繋かりましたぁ」


 息を切らせて、グレイスの元にやって来たのはシエル。その髪は酷く濡れていて、一つに結い上げた栗色の房からは水滴が滴っていた。グレイスもそうだが、第三小隊は雨の中、ひたすら監視を続けていたために全員びしょ濡れになっている。

 ふと、グレイスは空を見上げた。二時間近く叩き付けるように降っていた雨は、ようやく弱りを見せており、後十分とせずに止む気配が感じられた。


「シエル。髪が濡れたままだと風邪引くぞ」

「それはグレイスさんも同じじゃないですかぁ! ……って、そんなことはどうでもいいからぁ!!」


 彼女はズイッと無骨な黒い無線機をグレイスの顔にこれでもかぁ、と言わんばかりに近づける。彼女の表情は相変わらずやんわりとしていたが、目だけは真剣そのもので、グレイスは鼻先に当たる無線機を受けとった。


〔尚、暫定的ではあるが、東側セリカ街の兵士の現場統括は戦闘部隊隊長のゼト殿、北側森林地区の現場統括はグレイスとしたい――〕


 自分を名指しされ、一瞬動揺しかけたグレイスだが、途中からなので話の内容が全くわからない。グレイスは説明を求め、シエルへ視線を投げた。


「私達は、北側森林地区に向かうようにとの指令ですぅ。グレイスさんはその北側の暫定的現場統括というわけで――」

「本部がレイス達の脱走ルートを割り出したんだな?」

「あ、まぁそういうことになりますねぇ」


 説明を聞くなり、グレイスの表情は苦々しくなった。握りしめる手には力が入り、無線機がギシギシと悲鳴を上げる。


「北側、森林だって? 五年前と同じじゃないか。善の奴……辛いだろうな」


 グレイスは眉間に深々とシワを刻みつつ、ポカンとしているシエルの脇を通り過ぎた。


「シエル、北側の森に向かう準備をしろ。無線が使えるなら、第三小隊メンバーに連絡を入れてくれ」

「……あ、はぁい!」


 背中を向けたまま、指示するグレイスに、ワンテンポ遅れて返事をするシエル。彼女は彼の静かな背中を目に焼き付けると、早足でその場から立ち去った。

 グレイスはシエルの離れていく足音をジッと聞いていた。それは何か、始まりを告げる、大きな出来事に近づいている警告音のように、彼の耳に響く。


何か、何かが起きようとしている。

――グレイスはゆっくりと歩きだした。


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