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Avalantear アバランティア  作者: 海豹
第一幕 ―起―
31/68

二つの願い 3

「貴方には、どう説明すれば分かるでしょうか? 簡単に纏められるような話ではありません」


 鋭いテラの問いに、右目が青いジョーカーが視線を床に落しながら返す。それは、その場限りの言い逃れのような言葉だったが、彼の表情は焦りのものとは違う。むしろ憂いの色すら感じた。レイスは違う意味合いがあるのだと直感的に思った。


「簡単に話さなくても良い。だが、出来る限り短くな」

「テラ……言ってることが無茶苦茶だぞ」

「レイス、少し黙っていろ」

「はぁーい」


 テラもジョーカーの言葉にレイスと同じ印象を受けたらしい。彼は戦闘体形を解き、ひとまず槍を床に置くと、その場に座り直した。

 ジョーカーもそれに習うようにその場に座り込む。


「我々はハッキリ言って、<イレブン>に良い印象は持ち合わせていません。むしろ」

「憎んでいます」


 双子は意思を共有するというが本当らしい。ジョーカーの言葉をジャックが引き継ぐ。彼の赤い右目は怒りすら見えて、本気だということが疑わずとも分かった。


「そして、我々はリオールに……いえ、リオール・アバランティアに大きな恩を感じています」


 逆に、リオールを見つめる瞳は柔らかく、どこか愛情すら感じられる。


「わ、私に!?」


 リオールには心当たりはないようだ。あたふたと、自分に向けられた眼差しにどうしていいのか分からないでいる。


「どういうことだ? 恩を売った本人はあの調子だ。オブラートに包まず全て言え」


 テラの質問は一つ一つナイフのように鋭利だ。レイスはこれが自分に向けられていたのなら……と、想像して鳥肌が立つのを抑えられなかった。黙れと言われているので、おお怖ぇと小さく呟く。


「リオールは覚えているはずもありません。我々が彼女に助けられたのは、まだ彼女が母親のお腹に宿る前ですから」


 ジャックは小さく溜め息をつき、彼もジョーカーの隣に座り込んだ。そして二人は再びお互いを見合わせる。何か言いにくいことがある、そんな雰囲気だった。


「この話をするには、まず我々の“本名”を言わなくてはいけません」

「本名?」

『はい』


 二人は同時に返事をして、大きく深呼吸する。そして力強く頷いて、徐に口を開けた。


「ジョーカー・アバランティア」

「ジャック・アバランティア」


 刹那、完全に音が消えた。


「アバランティアだって!?」


 最初に反応したのはレイス。隣にいるリオールも驚愕から表情を凍らせている。


『はい。我々はアバランティア一族の血を引いています』


 二人は同時に頷き、驚くレイスとリオールの表情をどこか寂しそうに眺めた。そして、黙ってしまった三人へ語りかけるように、ジョーカーが再び話を紡ぐ。


「アバランティア一族と言っても、我々は非公認なのです。普段はアバランティア姓を名乗ることを許されていません。ざっくばらんに言うと、我々は<イレブン>にアバランティア一族としてカウントされていないんですよ」


 気まずそうに笑うジョーカーとジャック。レイスには笑えなかった。


「非公認……そうでなければ。私は、私や姉さん以外にこんな若い人がいるなんて知らなかった」


 リオールが、信じられないと立ち上がる。彼女は、自分の知らない親戚を目の前にして、狼狽しているようだ。

 驚くのは仕方ありません。ジャックは囁くように呟いて、動揺する彼女を宥める。


「アバランティア一族は<イレブン>に婚姻や出産すら管理されています。ですから、アバランティアの研究のサンプル体となる年齢の若い対象は常時限られた人数になるように<イレブン>に制限をかけられているのです。リオールがお姉さんしか同年齢の人間を知らないのは当然のこと」

「解せない。サンプル体に選ぶような重要な子供達だ。研究者なら沢山欲しがるだろう。何度失敗しても取り替えが効くように」


 テラが首を捻り、唸った。すぐ横でリオールが息を飲むほど率直な質問は、ジョーカーに笑い飛ばされてしまう。


「そうですね。研究者達はそう思っていたかもしれません。ですが、<イレブン>は違ったのです。怖かったのですよ、我々アバランティアの血が」

「アバランティア一族の血が……怖いだと?」

「そうです」


 ジョーカーは何度も首を縦に振る。その表情は、怒りに満ちあふれていた。


「彼等は、我々の人数が増えることが恐ろしいのです。アバランティア一族の現在の人数は五十にも満たない。だから、<イレブン>はしっかり管理出来ているのです。もし、研究者の狂気に合わせて我々が増えれば管理しきれず、他の組織に狙われやすくなり、弱点をみすみす曝すことになるのですよ。もちろん、アバランティアを制御するのに適した子をなせる“つがい”選びに時間をかけていた、というのもありますが」


 感情に身を任せるように、話しつづけるジョーカー。レイスは思い当たることを見つけ感慨深げに頷いた。


「確かに……<リジスト>のマラキア団長も最近になってようやくリオール達、サンプル体のことを知ったくらいだからな。慎重なんだな<イレブン>って」

「慎重なんかじゃない。臆病なんだ彼等は」


 吐き捨てるように、ジャックは呟いて、怒りを振り払うように頭を軽く叩く。


「で、そんな慎重な<イレブン>が、二十一年前、“想定外”な事件を引き起こしてしまうのです」


 正直、その“想定外”な事件の内容を聞くのは怖かった。レイスもリオールも、二人が苦しくて壮絶な過去を話そうとしていることが、何となく分かってしまっていたのだ。


「一人のアバランティア一族の女性が、研究者の男性との間に子供を宿してしまったのです。もちろんその男性は<イレブン>が認めた“つがい”ではありません」

「もしかしてその子供は」


 リオールが、先を悟ったのか口を手で押さえる。ジャックは辛そうな顔でそれでも続けた。


「子供は非公認とはいえ、無事に誕生しました。しかし<イレブン>はその子供の誕生に決して祝福はしませんでした。何故なら、子供は双子であり、アバランティア一族の血や能力を二人で均等に分け合ってしまったからです」


 その双子はもちろん、我々のことです。ジョーカーが肩を竦めて、ジャックの言葉を繋げる。


「その後、双子の父親であった研究者は、<イレブン>によって粛清されました。母親は、すぐに子供達から引き離され、違う男性と“つがい”を組まされました。双子の存在は<イレブン>には困った存在でありました。粛清の対象であるのだろうが、彼等にとって大切なアバランティアの血を引く子供達を死なせるのは忍びない。そして双子を巡る話は、なかなか纏まらなかったのですが……」


 ジョーカーはここで言葉を切った。聴き入っていた三人は、ただ言葉の続きを待つ。


「ノワールが、我々に生きる目的を与えたのです」

「ノワール?」


 しばらくして、ジョーカーが紡いだ言葉にレイスは首を傾げ、しばらく考え込んでハッと我に返った。


「分かった。……ノワールは<イレブン>のボスだ!」

「そんなんでよく、間諜が出来たもんだな」

「うるさいっ。っていうか、何でお前俺が間諜だって知ってるんだよ!?」


 場の雰囲気をぶち壊したレイスのテンションに、テラは呆れて、肩を竦める。レイスはムッとしながら、大人しく話を聞きに戻った。


「ノワールは、殺せと唱える一部の上層部の者を抑え、“次にその子等の母親から、サンプル体として生まれて来る公認の子供を守る守護者になってもらえば良い”と言ったそうです。そしてその数年後」

「私が……生まれたんですね」


 リオールは何とも言えない悲しい表情で俯いた。レイスはそんな彼女がまだ立ちっぱ放し立ったことに気づいて、ゆっくりと座らせる。


「リオール。貴方は我々の父親違いの妹であり、同時に我々に生きる意味を持たせてくれたんです。辛い思いをするのは分かっています。貴方の背中に頼るしかない我々を重く感じるかも知れません」


 ジャックはリオールの辛そうな表情に今にも泣き出してしまいそうだ。兄であるのに、頼り切ってしまったことが彼等には申し訳ないのだろう。


「そんなこと私は……!!」


 リオールは首をひたすら左右に振った。ジャックもジョーカーも、そんな彼女の心遣いは分かるのか、やんわりと受け止める。


「そんなとき、リオールがレイス殿との間で困っているという話を聞きました。これこそ、我々が兄として妹を助けることができる絶好の機会ではないかと、思ったのです」

「それが、お前達が<イレブン>を裏切ってでも得たいというメリットなんだな……」


 冷静に聞いていたテラの表情にも、やりきれない痛みをにじませるようになっていた。


『分かっていただけましたか』

「ああ……充分だ」


 テラの言葉に、二人の肩から力が抜けていくのが、レイスにも見て取れた。そしてレイスは、そんな二人の肩に手を置いてやることくらいしか出来なかった。




 *****




「あ、あのさぁ。こんな雰囲気の時に言うの悪いんだけどさ……」


 一通り、双子の話を聞いて、部屋の中が何だかどんよりと重い。レイスはその場全員の顔色を伺うようにしながら立ち上がる。


「なんだ」


 テラはそんなレイスの顔を怪訝そうに睨む。何故そんなに機嫌が悪いのか分からないが、彼の表情はレイスを動揺させるには充分だった。


「と、トイレ行って良いかな?」

「……いちいちそんなことをきくな馬鹿」

「なんか、行きにくくて」


 はあぁぁ。呆れて盛大な溜め息。レイスはその場を繕うように笑うと入口近くのトイレへと急いだ。


「ん?」


 と、トイレに向かう途中、ベッド脇の小さなタンスの上にある物へ目を奪われる。


「これって……」

「どうかしましたか?」


 動きを止めたレイスを心配そうに目で追うジャック。

 レイスは見つめている物。シンプルな写真立てを指差す。


「この部屋は、善の物なのか?」


 写真立てには、彼にとって見覚えのあるメンバーの写真が飾られていた。

 撮られた場所は最上階の花畑。中心にはまだ幼いリオールが花の冠を付けて満面の笑みを浮かべている。彼女を包み込むように傍らで微笑むのは姉のソフィア。そしてそんな姉妹の後ろでは、何故かじゃれ合う二人の男。一人はジアス。彼は無邪気な子供のような笑顔でピースをして、空いている腕を隣の男の肩に無理矢理絡ませている。そして、そんなジアスの行為に苦笑いを浮かべているのは、善。テラの言った通り髪はまだ短く、結わえていない中途半端な髪は彼の整った顔を中性的に見せていた。

 恐らく、これは五年前以上前に撮られた物だろう。雑貨という雑貨が無いこの部屋の中で、唯一置かれた雑貨である写真立ては、何故かレイスの胸を締め付けた。


「本当だ。ここは善殿の部屋だったんですね」

「偶然なのか?」


 ジャックの驚いた声に、レイスは思わず彼の顔を見つめる。あえて選んだのだと思っていたのだが、とレイスは開いた口が塞がらなかった。何百とある個人室の中でこんな偶然は起こり得るのだろうか。


「はあ。初めは身を隠すためにどこかの部屋をこじ開けようと思ったんです。ですが、たまたまこの部屋が鍵が掛かっていなくて……」

「ふ~ん」


 善って意外に無用心なんだな。レイスは何か引っ掛かる気はしたが、そう納得することにして、トイレへと急いだ。


「……」

「テラ殿?」

「……よし」


 じいっとレイスの姿を目で追っていたテラ。ようやくレイスの姿が見えなくなったところで、彼は声を落としてジョーカーへと話しを始めた。


「ジョーカー。馬鹿が変に口をだす前に聞くが、これからどうするつもりだ?」

「脱出方法ですね」

「ああ」


 ほかに何がある。テラはそう言いたそうな顔で、先を促す。


「テラ殿、レイス殿の二方には、今我々が着ている戦闘部隊の装備を着ていただきます。リオールは先程の貴方達のようにあの黒い箱に入れて、さも研究室からの命令で動いているようにこの<イレブン>から脱出してください」


 ジョーカーは脱ぎ捨てた兜を指差し、その後、入口付近に転がった黒い箱とそれを運んでいたキャスター付きの台車を指し示す。


「でもジョーカーさん――ううん、兄さん達は? 兄さん達はどうするの?」


 淡々と話をするジョーカーに、リオールが不安そうに声を上げた。ジョーカーやジャックは“兄さん”という呼び名に小さく微笑み、同時に口を開く。


『我々はここに残ります』

「どうして!?」


 当然、リオールはその言葉に首を縦に振る訳が無かった。


「兄さん達は、<イレブン>が憎いんでしょう? だったら一緒に」

「リオール。今はそんなことを言っている場合じゃない」


 彼女が説得に乗り出そうとすると、テラがすかさず間に入った。彼の目は、悲しそうな笑みを浮かべる双子の“何か”を見据えているように見える。だからなのかは分からないが、リオールは途端に続けようとした言葉を飲み込んでしまった。


 この話には、自分が口出ししてはいけない“何か”がある。直感ではあったが、リオールは、テラがそれを理解した上で自分を止めたのだと感じたのだ。


「ここから先、逃げる人数が増えればそれだけ危険が伴う、彼等の選択は賢明だ」


 リオールは押し黙る。テラはそんな彼女のことなど視界にすら入れていないかのように無表情のまま話を続ける。


「しかし、ジョーカー。その作戦、勝算の見積がほとんど無いように見えるが?」


 鋭いテラの指摘に、ジョーカーは苦笑しながら正直に頷いた。


「……はい。その通りです。いくら変装したとは言っても、一階の出口を通り抜けるには些か目立ちます。上手く外に出るのは至難の業でしょう。更に、一階には緊急事態でも動く監視カメラがあります」

「緊急事態でも動く監視カメラ……? 今、動いていない監視カメラがあるのか?」


 監視カメラか、考えてなかったな。テラは苦々しくそう呟く。すると、テラのその表情にジョーカーは心底驚いたらしく、呆れた声色で返答した。


「動いていない監視カメラはあるも何も、今、<イレブン>施設内で動いているカメラなんてほとんどありませんよ」

「なんだと?」


 テラが声を荒げた。ジョーカーは彼のそんな反応に、本当に知らないんですね……と何やら考え深げに手を打った。


「今、<イレブン>内の監視カメラは、災害警告プログラムに乗っ取って動かなくなっています」

「災害警告プログラム? あ、あぁ!!」


 テラは何か思い当たることがあるのか、柄にも無く、大声を上げた。傍らにいたリオールは、その声に驚いて目を丸くしてしまう。


「お分かりいただけましたか? 貴方がたが仕掛けたんですよ。“火災警報機”を」


 てっきり、分かっているものかと思っていましたよ。ジョーカーは、肩を竦めて笑う。


「あの時は……。“脱走者警報機”のサイレンが誤報だと偽装させる為だけを目的に誤作動させたんだが」


 遡るは、地下収容フロアの看守の部屋。看守を倒して脱獄したのはいいが、突然鳴り響いた“脱走者”のサイレンに、テラが慌てて“火災”の警報機を誤作動させたことがそもそものはじまりである。


「棚から牡丹餅とは、よく言ったものだ」

「全くです。我々は貴方がたがそれを承知で最上階に向かっていると思い込んでいましたからね。今思うと、我々も貴方がたと遭遇出来たことでさえ奇跡にしか思えませんよ」


 テラの笑みに釣られるようにジョーカーも笑う。それは、今までジョーカーに会話を任せていたジャックまでが、奇跡だなぁ、と零したほど可笑しなことだったようだ。 


「我々が九階にいたのだって、殆ど賭けでしたからね。“もし、レイスさんがリオールを助けに突っ込んで来るのであれば、恐らく敵との遭遇率の低い東側外階段を使うだろうし、変装を考えて戦闘部隊の兵士を優先的に狙って来るだろう”って、勝手に推測しただけで」

「殆ど神頼みでしたよ」

「そうか。お前達と俺は多分いい友達になれそうな気がしてきた」


 テラは双子の話を愉快そうに聞いて、時折賛成するように頷いていた。今彼等が推測した作戦は、殆どテラが即席で考えたそれと一致していたのだから当然だろう。


「本当に俺達が今ここに居合わせているのは奇跡以外の何物でも無いらしいな。俺がいなければ、恐らくあの馬鹿は真っ直ぐ作戦なんて考えずに突っ込んでいったはずだ。それは疑わずとも分かる」


 レイスの無謀な行動は、ここに至るまでにテラは身をもって実感していた。よってか、微かに彼の言葉の節々に刺がある。


「さて、無駄話はここまでにしましょう。テラ殿」

「そうだな。随分と話が逸れてしまった」


 テラはうむと返事をして、緩んだ表情を引き締めた。


「じゃあ、先程の続きだが」


 そして、再び双子の兵士と作戦会議を始めようとした、その時。

 何かが、かなりド派手に衝突する、激しい音が、そんなテラの言葉を遮った。そして、その数秒後。


「~~~痛っってぇええええ!!」


 聞き覚えのある、“馬鹿”の声が部屋中に響き渡った。


「あぁぁあんの馬鹿! 今度は何をしでかしたんだっ!!」


 無表情で、冷静で、クールが売りのはずのテラがとうとうキレたのは、誰の目にも仕方が無いことのように思えた。

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