報告
らしくない。善はそう思った。
『悪夢なら、私に見せればいいものを』
らしくない。彼は治療室で自分が口にしたことを思い返し、その度に首を捻った。親しくも無い者の前で、感傷的にあのように多くのことを喋り、弱みを見せるなどあってはならない。幼き頃よりそう教えられてきて、今まで一度と破った事はなかったはず。彼は数時間前の自分の行動が全く理解不能だった。
『親友だったんだろ!?』
あの青年。彼女達の夢を見るというあの青年……善は掴みかかってきたレイスの顔を思い出し、息を吐く。彼から何らかの影響を受けたのかもしれない、ふとそう思った。
彼は昔の自分を見ているようで歯がゆい。性格は真逆だが、何故かそう思えてならなかった。何も知らされず、利用され、自分しか見えていないくせに、周りの人間の世話を焼こうとする――
「善、今日のハザード乱入の件について報告しまたえ」
「……」
「聞いているのか、善」
バァンと大きな物音が耳の横を通過して、善はハッと我に返った。視線を上げると、顔を仮面で隠した男がこちらに硝煙が上がった銃口を向けている。今の音は銃声らしい。
「どうしたのだ。ぼぉーとして、君らしくない」
「すみません。考え事をしていました」
善は深々と頭を下げ、一時的に思考を遮断し、当たりを見回す。
黒い石で作られた壁や床、天井。同じく石で作られた座椅子が全部で十一個。善が片膝をついている場所を中心にしてぐるりと円を作るように建てられ、そこに座る人物は彼を見下ろしている。天井は高く、青白い光がまるで月の光のように差し込むようにライトが配置されている。
――故に、ここは“月の間”と呼ばれ、〈イレブン〉の十一人幹部の集まる場所となっていた。
「さて、早く報告をしたまえ。ボスの機嫌を損ねる前にな」
銃口を向けている人物は申し開きを行わない善に更にもう一発銃声を与えた。
「止めなさい。ノワール様の前で見苦しい真似をするのは」
すると今度は善の斜め後ろから実直そうな声が届く。そちらを見ると、やはり声を出した人物も仮面をつけていた。
善は、いや恐らく〈イレブン〉に所属している人間の殆どは、幹部メンバーの顔を見たことがない。というよりか、月の間に入ったことがある人間も少ないはずだった。
ボスを除く十人の幹部メンバーは殆ど同じ服装をしている。教会の祭司がきているような裾の長い線の多い服を身につけており、顔は複雑な文様の入った仮面で隠されて伺う知ることは出来ない。正直、彼らが一列に並んだら本当に誰が誰だか分からないだろう。
「善」
そして月の間の中で一番豪華で高い位置に建てられている座椅子には巨大組織〈イレブン〉のトップに立つ人物がこちらを見据えている。柔らかいバリトン声で善に声をかけ、さりげなく彼に報告を促した。
「申し訳ありません、ノワール様。只今より報告致します」
〈イレブン〉のボス、ノワール。黒いローブで体に纏い、深く被られたフードからは長い薄紫の髪がこぼれている。善はノワールを見上げ、ようやく報告を始めた。
「実は」
*****
「人型のハザードだと! それは本当か?」
「はい。黒の甲冑着姿に純白の片翼を持っていました」
一通り花畑で起きたハザード乱入の事件についてザッと説明を終えると、ノワールを除く全ての幹部達がざわめいた。
「珍しい……」
「新種か?」
「進化という点も考えられる」
幹部達の声が大きくなった気がする。顔を見ることはできないが彼等は少し興奮した様子だと分かった。
更に善は説明に付け加えるために再び口を開く。
「強さも恐らく今までのハザードとは比べものにならないと思われます。その時リオールの護衛についていた《剣聖》、レイス・シュタールも奴には苦戦していました」
「あの《剣聖》でさえも分が悪い相手なのだな」
善は頷きながら心の中で、レイスが本調子なら勝負はどうなっていたかは分からないだろう、と思っていた。
結晶化病の発作の起きていた体で戦う行為は並大抵の我慢ではすまない。それにもかかわらずあのレイスという青年はあのハザードの攻撃をさばくことができていたのだから、本調子であればもっと善戦だっただろう、と彼は評価していた。
「善よ。お前はそのハザードに、どんな印象を受けた?」
唯一冷静なままでいるノワールは、ざわめく一同を黙らせるように少し声を張り、善へ問いを投げる。十人の幹部達は一斉に口を閉ざす。
「何かに似ていると思ったのではないか?」
返事に困っていた善だが、ノワールのその言葉に、心当たりがありすぎて思わず息をのんだ。
――レイスの前に飛び出し、奴の剣を足で押さえつけたあの時、善は黒い騎士の姿に違和感を持った。
その時はレイスの処置に追われ、考えずにいたが、ノワールに問われ、善は直ぐに違和感の正体に気づいてしまった。
「どうなのだ」
「……確かにあのハザードは私の親友と姿が似ていました。顔はヘルムで分かりませんでしたし、髪の色も若干違いましたが、身のこなしがそっくりでした」
そう、間違えるはずがない。あの黒い騎士の動きはあいつにそっくりだった。
押し黙った幹部達は激しい衝撃を受けたようで、途端に彼等の口から狼狽した声が発せられる。
「ジアス・リーバルトか!」
「あいつは我等が処分したはずっ! 生きているはずがない。ましてハザードなどと……ありえん」
落ち着きのない会話が続き、その間善は嫌そうな表情が顔にでないように努めた。
「落ち着け皆の者。ノワール様の前で見苦しい、大声をだすな。第一善は似ていると申しただけ。外見も多少ズレがあるようだ、そう簡単にジアスと決めつけるのには早い」
善と同じように思ったのか、ざわつく一同の言葉を裂くように進言する幹部の者がいた。
「果たして、それはどうであろうな」
「ノワール様?」
否定的に言った幹部に対し、ノワールが口を開いた。普段は幹部に多くの発言を任せているため、ノワールが幹部に意見を唱えるのは珍しいことであり、再び幹部一同は静まり返る。
「善よ」
「はい」
「お前はどう思うか?」
なぜノワールは自分に問うのだろう? 善は戸惑いながらも、間をあけずに答える。
「分かりません。見間違いだという可能性も捨て切れません」
「そうではない。見間違いなどと私は正確さを求めているのではない」
どういう意味だ? 首を捻る善。ノワールは小さく息をつくと、フワリと高い座椅子から飛び降りた。
「リオールの護衛についた青年、確か名をレイスという彼はお前の話ならば奇妙な夢を見ると言うではないか。お前は彼が見る夢はアバランティアの影響を受けているものだと考えているようだが、私もその考えは的を射ていると思う」
ノワールはカツカツと黒い床を歩み、中心で片膝をつく善へと近づく。
「何も知らず、何の関係のない人物の夢にお前達の過去が映るということは確かに奇妙だ。だが、その夢はジアス・リーバルトも登場している。……共通点があるようには思えないだろうか?」
近づくノワールはしゃがみ込み、うつむき加減にあった善の顎を指ですくった。
信じられないほどに白すぎる指だ。善は目線を上げ、ノワールのローブに隠れた顔を見る。
ノワールは目鼻立ちがハッキリとした美しい顔で、見た様子では何故か年齢が分からない神秘的な雰囲気を持ち合わせていた。更に中性的なために性別は分からない。どれも驚くに値する容姿にもかかわらず、善はなによりも彼の頬にある“もの”に鳥肌がたつのを感じるのだった。
「A=C、B=CならばA=Bが成り立つ可能性があるとは思わないか?」
「……つまりノワール様はこの二つの件は全てアバランティアが引き起こしているとお考えなのですね」
「そうだ」
冷静さを保ちながらも善はノワールの顔から目が離せない。
初めはただの入れ墨だと思った。善は改めて彼の頬を凝視する。
ノワールの頬には、植物の蔦のような物体が頬全体に根を張るように、張り付いていた。




