アレ
「はははは、お任せください」
デパートの責任者らしき相手に向かって、直樹はふんぞりかえって高笑いだ。
いよいよ、グレムリン退治に乗り出したのである。
そんな兄の方とは線対称に、孝輔の方は眉間に深い縦ジワを刻み、口をヘの字にむすーっと縛り付けたまま、開ける気配もない。
自分の計画にケチをつけられた影響が、まだ色濃く残っているようだ。
デパートの休館日。
きれいにスペースの空いた商品倉庫の真ん中で、孝輔は機材の準備をしている。
囮の端末と、自分の端末。
それから、壁から長く引っ張る延長ケーブル。
むき出しのコンクリートの床に、そのまま置かれる囮端末。
延長ケーブルで伸ばした電源が、端末に接続される。
この辺までは、孝輔の指示のとおりだ。
そして、今日はサヤにも大きな仕事があった。
誰よりも、犯人の位置がいち早く分かる彼女が、エサに食いついた瞬間、延長ケーブルを引き抜いて回収しなければならないのである。
唯一の有線を断ち切って、逃げ場を奪うために。
どきどきする。
これまで、動きにスピードを求められたことはなかった。
霊とのやりとりは、精神世界で行うものだから、物理的な速度は何ら必要がないのだ。
孝輔は、自分の端末で記録操作しなければならないから、サヤがやるしかなかった。
一方、本当は手があくはずの直樹は――
「ふむ、立ち位置はここかな」
あの手袋をギリリとはめ、倉庫中央の囮端末の前に仁王立ち。
それに、小さく孝輔が舌打ちしたのが聞こえた。
結局、パフォーマンスをすることを、直樹は譲らなかったのだ。
あの囮端末は、自動でS値を落とすことができるので、直樹が立っている必要はない。
しかし、この大捕り物には、デパート関係者も離れて見守るために、どうしても見せ場を作りたかったらしい。
コンピュータを使っての除霊も、パフォーマンスも、あまりにサヤの知る世界とは違うために、口を挟むことができなかった。
結局、兄弟喧嘩の末――予定通り、兄の方が勝った、というわけだ。
「きました!」
物凄い速度で、延長コードの中を何かが飛んでいく。
サヤは心臓が口から飛び出しそうになりながら、そう声をあげた。
瞬間的に、倉庫の照明がまたたく。
「抜け!」
ケーブルから離れたところにいる孝輔が、自分の端末をたたきながら、彼女に叫ぶ。
自分の端末の方に興味を示されないように、あえて離れているのだ。
「はい!」
延長コードを引っこぬいて、サヤは自分の出来うる最速の動きで回収した。
たったこれだけのことでも、明日にはきっと筋肉痛になるだろう。
「きたな、グレムリン」
眼鏡が、キラーンと蛍光灯の明かりを反射する。
囮のところに立っている直樹が、手袋の手をひらめかせた。
「滅せよ!」
一体、何の番組に影響を受けたのだろう。
両手を一度、空に掲げ。
その手のひらから、何かを放出するように、一気に端末に向ける。
勿論。
その手からは、何も出ていない。
が。
『ウギャギャギャギャギャ!』
S値を落とされ始めたのか、囮端末からは物凄い絶叫があがる。
素晴らしいタイミングで構成される――寸劇を見ているようだった。
悲鳴は、サヤの胸を痛ませたが、今回については彼女は止めることができない。
止めたところで、自分には何も出来ないと分かっているから。
ただ、やはり精神的な悲鳴もサヤには届くため、普通の人の倍は影響がきてしまうのだが。
若く、情緒のない精霊は、害獣のように駆逐されてしまうのか。
刹那。
あっ。
サヤの首筋に、電気が走った。
それは、グレムリンが動く気配。
動けるはずなどない。
もはや、それは電化製品から隔離され、囮端末に閉じ込められているのだから。
どこにも行けるはずがなかった。
が。
「孝輔さん!」
嫌な予感がして、離れた彼のほうを振り返る。
もしかしてもしかして。
アレは。
直樹のアレは。
電化製品ではないのか。
「うぉっ!」
予感を言葉にするより早く、直樹の悲鳴があがった。
火花が散ったのだ。
そう。
彼の――手袋から。




