シュークリーム戦線
「なぬ!」
案の定、直樹が不満の声を上げた。
孝輔の立てた、グレムリン退治計画が気に入らないのだ。
しかし、その姿はまったく迫力がない。
シュークリームを子供のように口の中に押し込み、頬にはクリームがついている状態だった。
ご希望の、デパ地下のお菓子とやらだ。
テストの帰り際、サヤにシャツを引っ張られた。
孝輔はすっかり忘れていたし、覚えていたとしても買っていってやる気はなかったのだが。
捨ておこうとしたのに、彼女がどうにも気にかけているようだったので、しょうがなく付き合うことにした。
「ええと、このラ・セニョンの……」
甘ったるい匂いの充満する菓子屋の前で、絶対日本語でも英語でもないような奇妙な横文字をサヤは注文している。
意味わかんね。
孝輔は、柱にもたれて舌を出した。
甘いものはキライというわけではないが、わざわざこじゃれた菓子屋に買いに行く気にはならなかった。コンビニで十分だ。
それより、テストで食いついてきたグレムリンを、どうやって捕獲するかが問題だ。
1.他の電気機器に逃げられるのは、1メートル前後。
2.珍しい装置、プログラムに興味を示す。
3.自分でS値はいじれない
以上の情報を元に、孝輔は対応策を考えなければならない。
一番難しいのは、1番だろう。
逃げられないために、エサに食いついている間に距離をとらなければ。
考え込んでしまった彼は、サヤにまたもシャツを引っ張られるハメとなったのだった。
※
事務所に戻って、テストの結果も含めて最終的な打ち合わせを始めた。
直樹はシュークリーム2個を、サヤは1個を頬張りながらの、緊迫感のない風景の中、孝輔一人が眉間にシワを寄せて難しい顔だ。
ちなみに本当は一人1個ずつだったらしいが、孝輔がいらないと拒否したために、直樹の口に二つ入ることになったのだ。
二つもシュークリームを頬張っているというのに、直樹は非常にご立腹だった。
「それでは、私が目立てんではないか!」
箱ティッシュから素早く2枚ほど引っ張り出し、兄は口元をぬぐう。
しかし、頬についているのには気づいていないようだ。
我が兄ながら、情けない。
「オレが考えた計画に文句があるなら、代替案を出せ」
ギロリと睨みつけながら、孝輔は兄に詰め寄った。
目立てる目立てないだけで仕事が遂行できるなら、計画なんかはいらない。
彼の立てた計画は、こうだった。
デパートに併設されている商品倉庫を借り、その中の広いスペースを確保してもらう。
電気機器類から十分に距離を取る。
天井の蛍光灯までは元々床から2メートル以上あるので、テーブルの上などで作業しなければ大丈夫だろう。
デパート側に問い合わせ、倉庫の床下に電気系統の配線が走っていないところまで確認する徹底ぶりだった。
エサである端末は、延長コードなどで電源を確保し、スペースのど真ん中に据える。
グレムリンが端末に食いついた瞬間、延長コードを断ち切り、ケーブルは素早く回収(端末はバッテリーでも動作するようにしておく)して、逃げられない隔離状態を作成する。
あとは、端末にあらかじめ仕込んでおく、S値を自動で下げるプログラムを起動させる。
うまくいけば、これで退治できるはずだった。
要するに、直樹が手袋をはめて、レッツ・ショータイム、する隙間はどこにもない、ということだ。
大体。
「あのすばしっこいのと、追いかけっこしたいのかよ」
まともに、正面からやりあおうというのが無理なのだ。
直樹の望む形では、デパート中を走りまわらなければならない。
無茶にもほどがある。
「む?」
しかし、直樹は彼の方を見ていなかった。
サヤが、自分の褐色の頬をチョンチョンと指差して、茶髪メガネにクリームのことを教えようとしていたのだ。
ほっときゃいいのに。
目を半開きにしながら、その行動を心の中で責めてみた。
「むむ…?」
彼女の指示で、直樹は自分の頬を触った──が、左右逆だ。
つーか、人の話を聞けよ。
「とにかく…この計画で、デパート側の協力を仰ぐ方向でよろしく」
孝輔は、イライラをごくりと飲み込みながら、最終決断を下そうとした。
それをするのは兄の仕事なのだが、こんな菓子男のワガママでメチャクチャにされたくなかったのだ。
だから、わざと強気に自分が決断したかのような言葉で切った。
孝輔だって、いつまでも兄の言いなりではない。
こういった駆け引きだってできるようになったのだ。
「……」
サヤが反対側とゼスチャーで教えると、ようやく直樹はクリームの所在に気づいたようだ。
無言のまま、クリームを指に付着させることに成功した。
それを、ベロンとなめながら孝輔の方を向き直る。
光るメガネ。
直樹は、真顔のまま──
「やなこった」
スーパーに腹の立つ男だった。