アイアイの正体
サヤが、考え込んでいる。
そりゃあ、彼女も人の子なのだから、何か考え込むこともあるだろう。
ただどちらかというと、普段はにこやかな状態でいることが多いので、それ以外の様子を見せられると、つい目を引いてしまうのだ。
「どした?」
『アイアイ』(命名:吉祥寺サヤ)をプリントアウトしながら、孝輔は声をかけた。
大仕事のほとんどが終わっていたので、あとはこれをまとめて直樹に渡せば、とりあえずひと段落つく。
あとは、兄が例のデパートに殴りこんで、仕事を奪ってこれるかどうか、だ。
「あ、いえ…何か思い出せそうなんですが」
うーん。
サヤは、プリンタから出てくるアイアイをじっと見た。
彼女を悩ませているのは、このサルモドキだったのか。
しかし、うまく知識と照合できなかったのか、長い長いため息をついた。
この世の中に、どれくらいの数の精霊がいるのかなんて、孝輔は知らない。
だから、彼には分類も出来ない。
そんな彼からしてみれば、サヤの能力は大したものだ。
いちいちへこむことはない。
そういう慰めの言葉を言うのは、少々苦手だ。
そう、ほんの少々。
だから、頑張れば言えないことはない。
「…気にすんな」
頑張ってみた。
上手に言えなくても、誰にも責められる筋合いはなかった。
たとえ、デパートダッシュで死にかけている男のメガネが光ろうとも──
※
「取れたぞ!」
バターーン。
無駄に勢いよく、外出していた直樹が帰ってきた。
手には大きな封筒。
よく見ると、デパート名が印刷されている。
あの仕事が、昨日の今日でもう取れたのか。一体どういうたぶらかしかたをしているのかは知らないが、営業力は大したものだ。
「詳しい資料ももらってきた、目を通しておけ」
ほれ。
ブーメランのように放り投げられる封筒を、孝輔はあわててキャッチした。
それが資料の渡し方かよ。
紐で封をするタイプだったので、さかさまに受け取っても、書類をバラまかずに済んだのが幸いか。
中を見ると、停電の時間や頻度が細かく記載されていた。
それ以外の被害状況も記されている。
なになに?
自分の席に腰掛けながら、目を通し始める。
気になっていたのは、停電以外の被害。
他に一体、何をやらかしているのか。
パソコン、電子レンジ、洗濯機、電気スタンド、エアコン。
いずれも故障や動作不具合、ものによっては修復不可能に至っているものまである。
内部の配線が、グチャグチャになったものや、ICがイカレたもの。ショートしたもの。
被害の内容はさまざまだ。
時間による発生頻度に偏りはない。
朝、被害が発覚しているものも多いが、それはおそらく夜のうちに起きたものだろう。
警備を強化したが、デパート側は原因を突き止められていなかった。
そりゃまあ、そうだな。
アイアイの画像を思い出す。
まさか、あんなサルモドキがグチャグチャにしているとは思うまい。
「パソコン、電子レンジに洗濯機、電気スタンド、エアコン…」
孝輔の読み終えたところを、繰り返す声があった。
ゆっくりとした女の声。
サヤだ。
顔を上げると、また考え込んでいる。
「無理すんな」
またへこんでいくんではないかと思って、先手を打ってみる。
資料をしまおうとすると、その手を止められた。
「何か、思い出せそうなんです」
食い入るような一生懸命な目。
「何か共通点がありそうなのに……」
じーっと孝輔の手の中の書類を覗き込むものだから、きづいたらサヤの顔がすぐそこだ。
少し離れていても、彼女の存在はすぐにわかる。
いつも、何かのスパイスの香りがただよってくるのだ。
彼女の住んでいるインド料理店そのものに、香りがしみついているのだろう。
よく灼けた肌も、最近ではあまり見ない。
不自然な焼け方ではなく、ずっと強い日差しの下で暮らしていた黒さだ。
孝輔は、どちらかというと色白の女性の方が好きだったが、サヤの肌の色は気にならなかった。
それどころか、白いブラウスとの対比が鮮やかで──目を奪われる。
「共通点って…」
スパイスの香りに、あてられたのだろうか。
言葉を出そうとする自分の呼吸が、少し乱れた気がした。
綺麗にまとめられた髪。
その、うなじ。
「共通点なら…被害にあったものが全部……」
しゃべっているのに、自分の声ではない気がする。
何で、こんなに声が出しにくいのだろう。
「全部……電化製品ということか?」
そこまで、何とか言葉にした時。
ふわっと空気が動いた。
サヤが、書類から孝輔の方を振り向いたのだ。
その黒い瞳が、はっきり分かるほど輝いた。
「電化製品!」
すぐ間近で、喜びの声が上がる。
一瞬で、笑顔に変化するその表情が、彼の間近で炸裂するのだ。
「インドじゃありません……もっと前」
嬉しさが溢れているせいか、サヤの言葉は不明瞭だった。
「そうです、もっと前……私は、これとよく似たものを聞いたことがあります」
孝輔は。
動けなかった。
ひきよせられるように、彼女を見るので精一杯。
「機械にばかりいたずらをする……最近の精霊」
名前は。
ゆっくり、一文字ずつ唇が動く。
孝輔には、こう聞こえた。
『グレムリン』