アイアイ
男兄弟というものは、愛情表現の形が複雑なのだなあと──読書感想文みたいなことを、サヤは思った。
お互いを本気で疎ましく思ったり、嫌ったりしていないのに、ぶつかり合わずにはいられないのだ。
『内緒で精霊を激写しちゃおう作戦』(命名:塚原直樹)中のいま、何度となくそのシーンを見ることができた。
作戦といっても、極秘の行動であまり大掛かりな仕掛けはできない。
なので、直樹が革手袋をはめ、孝輔が小型端末を隠すように持って調査をするという、少々怪しい行動になる。
二人が小突きあう場面も多々あるので、時折店員の注目を浴びている気がした。
本当に極秘で仕事ができるのだろうか。
そもそも、このデパートはとても広い。
あてずっぽうに探しても、その手袋の狭い感知範囲では、見つけることが出来ないかもしれない。
そこで、アテにされたのが──サヤだった。
彼女なら、大体の居場所が分かるだろう、と。
そして。
アテにされて、一番喜んでいるのもサヤだった。
何しろ、兄と暮らしている時は、兄のほうがとても優れた能力者だったために、自分に重要な仕事が回ってくることはなかったのである。
それが、不満だったわけではない。
インドにいる時の彼女は、どちらかというと日常生活を楽しんでいた。
しかし、霊能力者である自分を、捨てていたわけでもない。
あの国では、いたるところに霊を感じることが出来たので、日常を送るだけでも、十分修行になっていた気がする。
ただ、どちらかというと、個人で楽しむ範囲での『趣味の霊能力者』に近かったが。
そんな彼女の力を、誰かに求められる日が来るとは思わなかった。
役に立っているという事実が、嬉しくてしょうがなかったのだ。
いたずら精霊の大体の場所を教えるだけなら、簡単なもの。
るるん♪
そう。
簡単な。
かんた──あれ?
1階ずつ上がっていくに従って、サヤは表情を曇らせていった。
だんだん自信がなくなってきたのだ。
日曜日に、確かに感じたはずのそれが、どこにもない。
6階。
もしかして、あの精霊はもう飽きてどこかに行ってしまったのだろうか。
そう、サヤが不安に思いかけた時。
「来た!」
視界が、突然薄暗くなったことに、いち早く反応したのは直樹。
声が、ぴりっと空気を震わせる。
お待ちかねの停電だ。
そこにいる3人とも、緊張した一瞬だった。
笑い声を感じたのは、サヤ。
「いました!」
声の方を振り返ると、通路の奥の方に、白くぼんやりした影が見えるではないか。
あれに違いない。
はっきりとした気配も、彼女に届いていた。
「そのまま、まっすぐ…右から3番目のコンピュータの上です!」
「了解!」
サヤの言葉に、直樹はネクタイを翻して走りだす。
すぐ後を、孝輔が追った。
「右から」
直樹は急ブレーキをかけ、指定のコンピュータの方へと方向転換。
その勢いに、背広があおられる。
「3番目!」
手袋の手を伸ばした。
刹那。
ヒュンッ。
白い影は──消えた。
何事もなかったかのように、光を取り戻す店内。
時間は変わらず動いていたというのに、動きを止めていた人々が、再び活動を始める。
怪しい表情を、みな隠しきれてはいなかったが。
「気配が……消えました」
サヤは、自分が悪いわけではないのだが、申し訳ない気持ちを拭えなかった。
いつまでも、そこにとどまってくれる霊ばかりではないのだ。
それに、もっと早く気づくべきだった。
「孝輔」
彼は振り返り、サヤではなく弟の方を見る。
名前を呼ばれた本人は、無造作に端末をしまおうとしていた。
その唇の端が、にぃっと上がっていく。
あ。
サヤの好きな笑顔だった。
心底嬉しい時の顔。
「ギリギリセーフ…老体にムチ打った甲斐があったな」
言葉は曲線だったが、彼の声は気持ちを隠しきれていなかった。
サヤも嬉しくなったので、真似しておんなじように笑ってみる。
ただ一人、直樹だけはそれに加わらなかった。
「老体とはなんだ! 私は28だぞ!」
ぜーぜー。
そういう割には、呼吸が乱れている直樹だった。
※
「何をしてるんですか?」
事務所に戻った孝輔が、早速端末相手に作業をしているのを見て、サヤは声をかけた。
直樹の方は、自分の机でだらけていた。
デパートダッシュがこたえたのだろうか。
ディスプレイに浮かび上がる画面は、R値とかS値とか、そういうものの画面とは、少し違う気がする。
「それっぽくしてる」
手を止めないまま、孝輔はそう答えた。
白い物体が、そこには映っている。
サヤが見たものと、とてもよく似ていた。
「いま…」
孝輔がマウスを操作して、上矢印のボタンを押していくと──その白い映像は、だんだん陰影を浮き上がらせる。
「いま、人工的にR値増加のフィルターをかけてる」
R値──霊的な存在の、出現能力。
この値が高ければ高いほど、多くの人の目に見えるようになる。
理屈はいまいち分からないが、孝輔はわざと霊の姿が見えるようにしているのだ。
そうすることが、直樹のいう『激写』になるのだろう。
モンタージュのように出来上がっていく姿を、サヤもじぃっと追いかけた。
遠かったのもあるが、彼女の能力でもそれをくっきり見ることが出来なかったのだ。
元々、R値の低い霊だったのだろう。
だんだん。
分かりやすい形になってきた。
そして、ついには。
大きく丸い目。長い腕と尻尾。
ぎざぎざの歯がついている大きな口。
人ではない、動物に近い姿が現れる。
歯の部分さえ除けば、サヤはあれに似ていると思った。
「アイアイ…」