そして──
孝輔は――グレムリンを飼っている。
それは、まだ手袋の中に住んでいた。
出て行こうとすると、すぐにやる気がうせてしまうのだから、ついにそれは手袋の中から出るのをあきらめたようだ。
手袋のしわをうまい具合に使って、顔らしいものを作ることも覚えた。
手袋は軽めなので、中でのうごめきを利用して、手袋ごと動くことも覚えた。
孝輔とは、同じ機械属性で居心地がいいのか、気がつくと彼の傍で、うごうごしている。
今は、手袋の指先をつかって、飛び交う電波を捕まえようとしているかのようだ。
最近は、そんな姿を可愛いと思うようになってきた自分に戸惑っている。
そこを動いているのは、彼らの言うところの、「化け物」なのに。
「すっかり、なついちゃいましたね」
コーヒーを届けてくれたサヤが、手袋をよけながらマグカップを渡してくれる。
半端に動けるものだから、悪さをすることがあるのだ。
この間は、勝手に孝輔のパソコンのキーボードを押していた。
「同じ引きこもり同士、ひかれあってるんだろ!」
孝輔が答えるより早く、眼鏡が口をはさむ。
グレムリン事件を思い出させる手袋があると、直樹の機嫌はすこぶる悪い。
弟にハメられた記憶が、よみがえるせいだろう。
おかげで悪態をつかれても、孝輔はニヤリとしてしまう。
珍しく、兄貴にほえ面をかかせることができたのだから。
たまにはこういう時がないと、直樹の弟などやっていられるものではなかった。
「早く、代わりの手袋作れよ! いますぐほれすぐ!」
ニヤリを見られたのだろう。更に、直樹のイビリが続く。
「予備があんだろ! ちゃんと!」
「あれ固いからヤダ」
ただ、弟をいびりたいだけで、わがままを炸裂させる眼鏡。
くそー。
結局、手袋をまた作らされることになった孝輔は、ニヤリの気分も台無しにされて、作業に入ることになった。
机の上に部品を沢山転がすと、グレムリンが興味深げに寄ってくる。
そしてなぜか。
にこっ。
サヤも寄ってくる。
「グレちゃん…捕まえてますね」
そして、びびることなくうごめく手袋を、自分の胸に捕まえるのだ。
うらやまし…いやいや、何を考えてるんだ、オレ。
精密ドライバーを指先で回しながら、あわてて頭をよぎったそれを追い払った。
機械の方に行きたそうな手袋が、サヤの胸でジタバタとしているのが、目の端に入って台無しになる。
「アイアイ」
だから。
孝輔は、視線をそらしながらそう言った。
「はい?」
きょとん、と。
サヤが返す。
「そいつの…名前」
名づけ親は――サヤ。
「あ! よろしくね、アイちゃん」
ぱぁっと、サヤの表情が明るく弾ける。
一瞬で、何ワットも跳ね上がる明るさだ。
そらしていた目さえ、ひきつけられる瞬間。
「ヲタクは、すぐ道具に女の名前をつけたがるな!」
即座に邪魔に入る直樹に、すべて台無しにされるのだ。
我関せず。
グレムリンこと、『アイアイ』だけが、サヤの胸から逃れようと、もがいているのだった。
-- 終 --




