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楽しいヒキコモリ

 そうだ。


 あの手袋は、霊の探査や消去に使われる特殊なものだ。


 やわらかく見えても、中には小さなコンピュータのようなものが入っているのである。


 囮端末の目の前に、あんなものを突き出したら。


 命の危ないグレムリンが、大喜びで逃げ出すに決まっているではないか。


 しかも。


 直樹は立っている。


 床の端末から、立っている直樹の手袋に飛び移ると。


 サヤは、はっと上を見た。


 電気配線の走る、天井が近づく。


 逃げられる!?


 サヤは、天井からそのまま孝輔に視線を飛ばした。


 この瞬間。


 一番頼りになる人間は誰かと聞かれたら――サヤには、孝輔しか浮かばなかったのだ。


 だが。


 そんなわずかな時間さえ、電化製品に巣食う精霊には長すぎる。


 天井までの距離が足りているなら。


 もう。


 あの手袋に。


 グレムリンは。


「えっ」


 しかし、サヤはソレの存在を感じた。

 まだ、ソレは手袋の中にいたのだ。


 ぎりぎり、天井まで距離が足りないのだろうか。


 孝輔の口の端が――ニィっと上がった。


 あっ。


 サヤは心臓を跳ね上げながら、直樹の方を振り返ると――彼は、自分の左手をじっと見ていた。


 左の手のひら辺りだけが、勝手に波打つように動いている。


「捕獲完了」


 パチン。


 孝輔は、自分の持つ端末を閉じた。


 仕事終わり、という合図だ。


「え? え?」


 サヤは、まったく分からない。


 囮から手袋に飛び移ったグレムリンが、どうして大人しくあの中にとどまっているのか。


 しかも、自分の端末を抱えたまま、彼は兄の方へ向かって歩くのだ。


「をい」


 ぐにゃぐにゃ動く手袋の手を、直樹は弟の方へと突き出した。


「その手袋が電化製品だってことを、忘れてたのは自分だろ」


 兄弟喧嘩が勃発しそうな二人の元へ、サヤもあわてて近づく。


 その孝輔の唇が。


「それに」


 小さく小さくひそめた声を放った。


 近づいていなければ、きっと聞こえなかっただろう。


「それに…いいのか、依頼主に捕獲したって報告してこなくて」


 小さく小さく。


 兄の立場を引き立てる言葉。


 直後。


 直樹の胸は、ぐんと反り返った。


 もにょもにょと動く手袋をしたまま、ゴーストバスター・ナオキの顔で依頼主の方へと歩いていくのだ。


「無事捕獲成功です、この通り」


 うごめく手袋に、どよめく関係者。


 鼻高々の、直樹。


 もはや、孝輔は後ろの騒ぎには興味がなさそうに、囮端末を片付け始めている。


「あ、あの…」


 置いてけぼりのサヤは、やはり小さな声で彼に呼びかけた。


「ん?」


 片付けの手が止まる。


「あの…さっきのは…一体」


 手袋から出られないグレムリンの、からくりが分からないのだ。


 ああ、と。


 思い出したように、孝輔はにやっとする。、


「あのバカが、手袋を突き出すパフォーマンスをするのは分かってたから」


 斜め後ろの直樹を見やるような仕草をみせた後。


「手袋に、トラップ仕込んだ。S値が離れそうになったら、自動でE値を思い切り落としてやるってヤツ」


 E値。


 サヤが初めて参加した仕事で、発見された感情の強さの値だ。


「E値を落とすってことは…」


 強い感情が、しゅぅっとしぼんでいく映像が浮かんだ。


「そう、やる気がなくなる。どうでもよくなる。いわゆる、引きこもりの精神状態ができる」


 珍しく、孝輔が立て板に水の勢いで、セリフをまくし立てた。


 引きこもり、というものに、何か恨みでもあるかのように。


 一瞬だけ、心の傷が垣間見えた気がしたが、サヤは触れないほうがいいと感じた。


 だが、疑問もある。


「でも、何故ですか? E値を落とすより、S値を落とすほうが早いでしょうに」


 元々、彼らの仕事は消去だ。


 サヤと合う合わないは別にして。


 孝輔は、ふと唇を閉じて黙り込んだ。


 その唇が、ゆっくりと開く。


「機械好きなだけなら…悪ささえしなけりゃ…別に消さなくてもいいだろ」


 ぽつり、ぽつり。


 自分のそんな気持ちに、戸惑いが含まれるのを隠せない言葉。


 あ。


 しかし、それはサヤの心にあたたかく染み渡った。


 命、とは違う領域にある人外のものに、孝輔が見せた優しさが伝わるのだ。


「そーかそーか」


 そのあたたかい感情を、サヤがゆっくりかみ締めるより先に。


 孝輔の背後に、黒い影が落ちた。


 直樹が仁王立ちになりながら、手袋をゆっくり外す。


 その手袋は、まだうごめいていた。


「アニ…!」


 嫌な予感を感じてか、振り返ろうとした孝輔の首ねっこが掴まれる。


「そんなに好きなら、仲良くするがいい」


 シャツの襟を後ろにぐいっと引っ張り、直樹は弟の背中に手袋を投げ入れたのだ。


「……!!」


 目を白黒させ、孝輔は声にならない悲鳴をあげる。


 彼の背中で、手袋がぐにぐに動いているのだ。


「私をハメた罰は、こんなもんじゃすまんぞ!」


 ハッハッハッハ。


 直樹は――相当、ネに持っているのだ。



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