ナイトメア・オブ・デパート
「本当に、助かります」
事務所は、基本的に土日が休みだ。
「どーせ暇だったし」
休みの日の孝輔の行動と言えば、腐れ縁の友達と遊ぶか、部屋に引きこもってオタっぽいことに没頭するか。
彼女のいる時代なら、デートなんてこじゃれたものに行くこともあったが、最近はすっかりそっち方面も鳴かず飛ばずだ。
そんな、微妙に暇な孝輔は、日曜日にサヤの買い物に付き合うことにした。
インドから帰国したばかりの彼女は、最低限の生活用品しか持っていない。
ほとんどを、現在タイで修行中の兄の手元においてきたという。
買い物に行くにしても、大荷物になるだろう。
だから、孝輔は自分の車を出した。
これなら、少々かさばる荷物でも積み込める。
とりあえず、何でもそろってるようなデパートに行けばいいか。
事務所ビル前で待ち合わせをして、孝輔は車を出した。
「5年ぶりのデパートです」
楽園に到着したかのように、サヤは目を輝かせた。
霊能力者とはいえ、女性だ。買い物は嫌いではないらしい。
「さて、どっからいく?」
生活用品、電化製品──彼女は、案内板を食い入るように眺めている。
「とりあえず、服を…」
サヤは、自分の着ている衣装を引っ張って見せた。
これだと日本では、目立ちすぎると苦笑する。
「向こうは、普通の服とかねぇの?」
西洋化の現象は、インドには訪れていないのだろうか。そもそも過去の歴史を考えると、イギリスにちょっかいをかけられていたのだから、ありえない話ではないというのに。
「いえ…もちろん、普通の服もあります。ただこれは……兄の趣味で」
郷に入れば郷に従え、だそうです。
にこにこっ。
本人は、さして苦にしてはいないようだが、そのおかげで彼女は逆に日本生活用の衣類を持っていない、ということになったのだ。
どこの家でも、兄には苦労するのか。
「んじゃ、まず3階か」
近くにエスカレータがあるので、そこに向かって歩き出す。
流れ行くその階段に、無意識にタイミングを合わせて孝輔は足を踏み出そうとした。
瞬間。
ふっ。
デパートの照明が、突然落ちた。
同時に、エスカレータも止まる。
「うおっ」
孝輔は、タイミングを外してよろけそうになったが、とっさのところで手すりにつかまって踏みとどまった。
何だ何だ?
照明が落ちたといっても、一応昼間だ。
店内は薄暗くなっただけで、視界にはそう困りはしない。
しかし、華やかさで売っているデパートが、突然灰色の重苦しい景色に変わったのだ。ギャップがひどすぎた。
「停電?」
手すりに触れたまま、孝輔は顎を巡らせた。
客はざわざわと騒ぎ出していたが、店員たちは意外と驚いている様子はなかった。
「また、なの?」
苦々しい声が、どこからともなく彼の耳に届く。
初めて起きたことではないのか。
サヤは、不思議そうにあちこちを見回している。
孝輔の視線に気づいたのか、視線を戻してきた。
「ここには…いたずらっこがいるみたいですね」
にこにこー。
いや、そこは笑顔になるところじゃないし。
時々、サヤは表情を間違うところがある。
インドにいたせいで、性格がゆっくりになってしまったのか、はたまた元々そういう性格なのかは分からなかった。
が。
「いたずらっこ?」
ひっかかった言葉があった。
「はい、いたず……あ」
笑顔が言葉を続けようとした直後、店内には光が戻った。
「うわった!」
エスカレータも、もちろん動き出す。
半端な乗り方をして、手すりにつかまっていた孝輔は──したたか腰を打ち付けるハメとなったのだ。