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レシピ2:下準備は大切です

「あーもしもし久しぶり? 最近会ってないけど元気?」

『久しぶりだな、で、用件は何。ぶっちゃけお前が電話かけてくるとか超怖い』

「そんなこと言わないでよおにーさま。ところでこの絵、スカートはあとで描き直すんだよね?」

『……は?』

「私このおにーさんの絵気に入っちゃった。おばさんたちにも見せたいねえ」

『ななななななな』

「あ、フレンド申請送っといたから、認証よろしく。……スカート、ちゃんと描き足しておけよ」

 受話器の向こうからピロリン、という平和な音がする。

 数秒後、電話相手の悲鳴を聞いた私は勝利を確信し、ニヤリと笑った。




「………最低だ、オマエ」

「るっさい、最初に頼んできたのはあんただろーが」


 朝の教室で向山と二人っきり。字面だけを見れば青春真っ盛りなシチュエーションではあるが、生憎と現実はそうではない。幼馴染と男友達の恋愛のために犠牲になった、哀れなシスコン野郎の末路の話だ。


 重ねて言うが、向山はイケメンである。しかめた顔もそれなりにサマにはなるのだが、何故か私はそれほどときめかない。我ながら女として終わってる。顔だけでなく性格までイケメンな彼は、自分のために犠牲になったバカを心配する。


「宮の兄さんのネットのイラスト見つけて脅すとか、最低以外になんて呼べばいいんだよ。この年のネットの動きは絶対に親に見られたくないものナンバーワンだぞ」

「学校名でプロフ登録してるにーさんが悪いんだ。あ、ちなみに向山、あんたのも一発で出てきたから、気をつけたほうがいいよ。ストーカー女子二名、男子三名があんたのネットの足跡全部監視してるから」

「男もいんのかよっ!」


 思わず叫び立ち上がった向山に、私は無言で携帯の画面をスクロールさせてみせる。がっくりとした表情で、向山は椅子に崩れ落ちる。教室に差し込んでいるのは朝日なのだが、私にはそれが一瞬リング状の照明に見えた。燃え尽きたよ、真っ白にな、なんちゃって。


「まあ、ネットリテラシーの話は置いといて。とりあえずバカにーさんに宮が女の子らしくさせる、って約束はさせた。このままじゃアイツ、男に興味すら持たないと思う」

 

 だってアイツは女の子に認められればそれでいいって思ってるから、と補足する。

 アイツは急に男の子っぽくなったせいで、女子達に少なからず嫌がらせを受けた。多分、もともと可愛い子だったから向こうがこれを好機と見たのかもしれない。宮は気にもかけなかったし、そういった連中は私がしっかりシメておいた。その時主に使ったのもこのインターネットで―――。


 しまった、脱線した。

 宮は確かに気にもかけなかったが、それでもトラウマというものは残るものだ。

 無意識のうちに、加害者である「女子」に認められたがっているのではないか。


 ……これは自分の憶測なので、向山には話さないことにする。


「とりあえずね、まず宮を普通の女の子にしなきゃダメなの。少なくとも女の子にキャーキャー言われたほうがいい、なんて根性は修正してやらなきゃいけないの!」

 机をこぶしでドン!と叩き、力強く宣言する。

 ふと、昨日の宮を思い出す。あんな美少女が男の子にしか見えないって、絶対におかしいんだから!



 机をカバンでドン!と叩き、力強く叫ぶ。

「あのやろー、なんでいきなり僕のこと指図してくるわけ!?」


 宮は理不尽だ!と私に叫ぶ。ほっそりとした足を堂々と組んで、けれどやっぱり男前に怒りを撒き散らす。けどさ、私の席まで来て怒鳴り散らすのはやめてほしい。隣の席の向山が申し訳なさそうに見てくるから。あとクラスの女子の視線が気になります。


「今まで何にも言わなかったくせにさ! 僕はこっちのほうがいいんだ!」

「けどさ宮、そろそろその僕っこも卒業したほうがいいと思うんだ。向山もそう思うでしょ?」


 突然話を振られた向山は軽くパニックになりながらも答える。

「ああ、うん? 俺も女の子らしいほうが好きだけどな」

「君の個人的趣味なんて聞いてない!」

 まさに一刀両断。変わらずきゃんきゃんほえまくる宮の頭をよしよしと撫でてやる。こうやって取り乱すとき、少しだけ女の子らしいなって何故か思う。


 ぷいっと向山にそっぽを向いて、私に怒りを撒き散らす。視界の端っこにがっくりと肩を落とす向山の姿を捉える。今のはさすがに失言だったと思うよ、どんまい。


 散々叫ぶだけ叫んで、始業のベルが鳴ると同時にさっさと席に戻る宮。

 はあ、と溜息をつく。あのバカにーさんが最初からうまく誘導できるとは思っていなかったけど、正直ここまで使えないと思えなかった。手先は器用なのに人付き合いには何か欠陥があるんだよなぁ、あの人。若干責任を感じて、向山を励ましてやろうと視線を向ける。


「………やっべ、かわいい」

 やっぱり励ましはいらないか。

 宮の後ろ姿をまぶしそうに見つめて呟く彼に、なんだかアブナイ雰囲気を感じつつも次の作戦を考える私だった。




 

 





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