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レシピ1:ご注文を承ります

「話って何」

「俺さ、宮のこと好きなんだ」

 

 それは、初めての――


 「はあ?」

 恋愛相談だった。



 体育の時間にいつも通り女子にキャーキャー騒がれている親友を置いて一足先に教室で着替えていた私は、隣の席のイケメン君に唐突に告白されたのだ。


「で、何、あいつのどこがいいの?」


 ブラウスの上にセーターを着、緩めただけにしておいたネクタイを上からかぶる。 これで着替えは完了だ。

 女子高生なのに少しは気を使え、とよく言われるがほとんどの女子生徒はこうして着替えている。 そういうわけで私も全く気にしていない。


「可愛いだろ」

 少しは言い淀むと思ったのだが、さらりとそんな台詞を言ってのけるあたりイケメン。 それがこの向山とかいう男子生徒なのだ。

 

 まあ、今教室が私達以外誰もいないということもあるのだろうが。


「宮が可愛い、ねえ……」


 肩まで伸びたセミロングの黒髪をブラウスの下から出して、癖で毛先をいじる。


 件の宮――そう、置いてきた親友の宮百合香は女の子の可愛い、とは縁遠い容姿だ。 大変言い方が悪いとは思うが。


 顎周りで大雑把に切られた髪。

 健康的に日焼けした肌と、男の子みたいにくりっとしたアーモンド色の目。

 どちらかと言えば、あの子は可愛いというより――。


「宮さん今日もかっこよかったよー!」

「え、まじ?」

「ほんとほんと。 彼氏にしたいくらい」


 ちょうど教室に入ってきた本人とその取り巻きが、あの子の印象を端的に表してくれた。


 そう、彼が絶賛片思い中の相手、宮百合香はかなり男の子っぽい。

 本人も男の子と見てもらえるほうが嬉しいらしく、一人称を僕にしてみたり、女の子に優しくしてみたりするせいで、クラスの女子からは大人気。 


 立て付けの悪い引き戸を思いっきり開けたせいで、豪快な音がする。 そんな音に驚いた向山はそそくさと席に座ってしまう。 女々しいやつめ。


 そんな女々しいイケメン野郎とは裏腹に、惚れられた宮は豪快に取り巻き女子と話しながら豪快に着替えはじめた。

 宮の席は、廊下側の席の私の席とは対角線上の窓側先頭。


 住宅街に囲まれた私の高校では、窓からの景色も味気ない。 というのに宮はこの席に決まった時に大喜びしていた。 何でも日光に浴びると運動したくなる。 従ってやる気が出る、だそうだ。

  

「アレが、可愛いわけか」

「ま、まあな」

 

 隣に突っ伏した向山は、想い人のあられもない姿から目を逸らしたいらしく、わざわざこちらを向いて言ってくる。 頬が赤くて、なんか可愛い。


「んで頼みなんだけどさ、俺とあいつの仲取り持ってくれよー、アイス奢るからー」

「うーん、もう一声!」

 

 言うと、彼は少し思案するような顔をした後に言った。


「あー、じゃあ好きな映画の前売り買ってやる。 いつも通り一人で見るんだよな」

「よっしゃ乗った! 宮の大親友の私に任せなさい」


 胸を張って、そう軽く請け負った。

 窓際にいた宮が、何事かと首を傾げていたのが印象的だった。



 

 帰り道。

「ねー、お前今日向山と何しゃべってたの?」

「は?」 


 いきなり企みを看破されたような気がして、私は思わず妙な聞き返し方をしてしまった。


 私と宮は小さい頃から親友、俗に言う幼なじみというヤツで、小学校の頃から登下校は宮と、という暗黙の了解がある。


 うちの高校は女子生徒は絶対スカートと決まっているので、宮はかなり嫌そうにスカートを履いている。 しかし丈は意外に短く、細くてしなやかな筋肉の脚を包むハイソックスのおかげで、余計にボーイッシュ。 かっこいいのにどこか可愛いせいでクラスの女子には大人気である。


見慣れた閑静な住宅街を、興味なさそうに眺め、歩く宮にぶっきらぼうに返す。


「別に、大した話題じゃないからあんまり覚えてないや」

「ひでーなお前。 僕がアイツの立場だったら泣くよ?」

「だからその僕って一人称やめろっつーの。 無駄に爽やかイケメンになる。 あんた元はめちゃくちゃ女の子らしいんだしさ」


 言うと、彼女は少し黙ってしまう。

 会話の選択間違えたな、と思いつつ次の会話の糸口を探す。


「女の子らしくとか、僕の柄じゃないし。 それより女捨てて女の子にきゃーきゃー言われたほうが嬉しいし!」


 探しているうちにハイテンションで返してくる親友を、少し同情の目で見てしまった。 お前それレズかよ、と口でおもしろおかしく突っ込みつつ、私は内心でため息をついた。


 やっぱり、予想通りの嫌な展開。

 このままでは、向山の恋愛成就とかの問題ではなく、彼女がひとりの女の子として恋をすることが出来なくなってしまう。


 その懸念の原因を思い出して、段々と苛立ってくる。 大股で歩く、実に男の子っぽい女の子を見て思う。


 ――宮百合香が、男の真似をし始めた理由を。

 

 彼女には二人の兄がいて、端的に言えばそいつらが原因だ。 昔は花よ蝶よと可愛い妹を可愛がっていた連中だったが、さすがに思春期ともなると恥ずかしさが出てきたらしく、あまり遊んでくれなくなったらしい。 そこで当時小学生だった宮は、なんと男の子の真似をし始めたのだ。


「これでお兄ちゃんたちも恥ずかしくないでしょ!」


 そう自信満々に言い放った宮の顔を、私は今でも覚えている。 そういう大胆な行動に出るあたり、あの頃からまったく変わっていない。

 あの頃は服も口調も女の子そのものといった感じだったのに、もったいない。


 その後も子供というのは残酷なもので「出る杭は打て」精神で宮に対してたくさんの攻撃を仕掛けたのだが、本人にとっては気にするほどでもなかったのか、現在に至るまでこのスタイルを通している。 まあ、同じクラスの私が全力で守ったことも少し効果はあったと思いたい。


 そのことが宮に影響を与えたことといったら、本人がかえって意固地になって、もはや完全に男の子になってしまったことか。 せっかく百合香だなんて可愛い名前なのに、男の子でありたい親友は苗字で呼んでくれ、なんて言う。 私のしょっちゅう男と間違えられる名前と交換してくれ。


「おい、ちょっと聞いてんのかよ?」

 回想中の私を現実に引き戻したのは、他でもなく隣を歩く宮。


 綺麗なボーイソプラノと整った顔のどアップに少しどきっとした。

 悔しいことにこいつ、本当に仕草が男の子っぽい。 そんなのにいきなり急接近されたら、まともな女子高生なら誰だってまともな反応できなくなる。


 よし、決めた。

 私の精神衛生を守るため、そして何より前売り券のため。 

 この僕っ娘をまともな女の子に戻して、向山にくれてやろうじゃないか!

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