除霊した霊のクセが強かった話
小さな小説コンテスト一次落ちしたので供養。
人狼族の「おれ」とスペックだけは高い除霊師の「先輩」のバディコメディです。
BLは匂わせるだけ
今度の引越し先はどこだと思う?
意味深な含みを持たせた先輩の言葉に、おれは装備を弄っていた手を止めて眉を寄せ、頭一つ高い先輩の顔を仰ぎ見た。
視線の先には、既に支度を終え、ニヤニヤと口元を歪ませた整った面があって、内心ケッと悪態をついた。
「なぁ、どこだと思う?」
「何言ってんスか。どこでも無いですよ。アイツは今日消滅するんス。それともなんです? 取り逃がせとでも?」
ただでさえ目つきが悪いと不評の目元でギッと睨め付ければ、先輩はちっとも思っていない口振りで『おー怖』と首を竦めた。
「単なる軽口じゃん。だってさぁ、転々と出没場所を変えて来てるわけじゃん、アレ。それも規則性が無いから次どこに現れるかわかったもんじゃない。そんなアレの行く先を予測特定できたらスゲェじゃん?」
「じゃんじゃんうるせぇっス。まぁでも、そっスね、もしもに備えて予測が出来れば楽っちゃ楽っスけど、それよりも今日確実に仕留めるのが大事なんじゃないッスか?」
「ハハッ、そりゃそうだ」
ガチャン、とおれの装備、特別製のレーザー銃にバッテリーを装着して、目視で素早く最終確認を行うと、おれは鼻の上まで装束のマスクを引き上げて完了のハンドサインを送った。
途端、先輩の纏う雰囲気が後輩をおちょくるチャラ男から、荘厳なオーラを放つ除霊師へとガラリと変化した。
「さて、行きますよ」
心なしか口調も落ち着いたものとなった先輩の言葉に小さく頷くと、おれは背後に先輩を庇いながら、今回の仕事場である、町工場の築年数五十年を超える木造社員寮へと足を踏み入れた。
❖
今回の除霊対象は、今月に入って目撃情報が多く寄せられた女の霊だった。
ただし、外見的特徴は一致するものの、日によって目撃された場所が異なるのが厄介だった。
公園の木の陰、ホストクラブのキャスト控室、私立高校の部活棟、シェアハウスのキッチン、会員制パーソナルジムの壁から顔だけがぬっと現れた等々……
大抵は長くても三日ほどで姿を消しているようで、地縛霊の線は消えたのだが、いつ何処に現れるか解らないのは市民にとっては心が休まらないだろう。
転々と居付く場所を変えることから、そいつは便宜上『転勤族』と名付けられていた。
一歩踏み出す事に古い床材が重たくミシミシと音を立てる。
最新の目撃情報が昨日の夕方ということで、この機会を逃すわけには行かないと、こうして乗り込んで来たわけだが、家屋が古いだけで特に不気味であったり暗かったりはしていない。嫌な雰囲気も感じられない。
本当にこんなところに? と思わないでもないが、部屋の住人が顔面蒼白で事務所に駆け込み依頼してきたのだから、居るのは間違いないんだろう。
一応辺りを警戒しながら進んだ先、目的地の206室の前で立ち止まると、先輩は一つ頷いてスーツのポケットから鍵を取り出し、躊躇うことなく解錠しドアを引き開けた。
「お邪魔するよ」
小さな土間にブルーシートを広げ、両側に一口コンロの狭いキッチンとユニットバスを有する短い廊下にもシートを広げながら、土足で依頼者の私室へと向かう。
ドアの代わりに突っ張り棒と目隠しカーテンで仕切られた、そのカーテンを開けると、男の一人暮らしにしては綺麗に整った、六畳一間のこぢんまりとした部屋が現れた。
玄関からここまで、先輩が無反応ということは今はこの部屋には居ないんだろうか。
「ふぅん、綺麗にしているね」
「ッス。特に変わった所は…… あ?」
「どうした?」
マスクを少し下げ、直に部屋の空気を嗅いでみると、依頼者の部屋からは彼以外の人間の匂いが混じっていた。
「依頼者とは違う人間の匂いが混じってるッス。この匂いは男っすね」
「へぇ、私には何の匂いも感じられないけど、狼人族の血を引く君が言うならそうなんだろうね。ちなみに何人かわかるかい?」
「いくつか薄く混じってますけど、濃いのは一人ッス」
マスクを引き上げ直したおれに、先輩はそうかと頷くと、指を顎にやり軽く思案するように首を傾げた。
「確か依頼者は昨日は非番で、前日夜から友人と酒盛りをしていたと言っていたけど、酒の匂いはしたかい?」
「や、しないッスね。上がる時にチラッとキッチン周りも確認しましたけど、空き缶類もゴミ袋も無かったッスね。ここいらは昨日はプラごみで今日は燃えるゴミの日のはずッス」
「そのようだねぇ。ゴミ箱は空になっているし、飲み会は嘘だったのかな」
依頼者は、次の日が非番だったため友人と前夜から酒盛りをしていて、そのまま寝落ちて起きたのが昼過ぎだったと言っていた。そして夕方頃、友人が帰宅するのを玄関先から見送り、振り返ったら女が立っていたのだ、と。
「うーん、酒関連の所に出るのかと思ったけど、それだと違うようだし…… 共通点は何なんだろうね」
「まぁ、高校の部活棟に出た時点で違うッスね」
「わかんないよ? ヤンチャな子が隠れて飲んでたのかもしれないし」
「ならジムはどうなるんスか」
「だよねぇ」
そうしてまた『うーん』と首を傾げ立ち竦む先輩を置いて、おれは私室内と廊下、ユニットバスをぐるりと見て回った。
……その結果、おれは気づいてしまった。
女の匂いはしないのに、洗面所には寒色の色違いの歯ブラシが二本並んでいた。飲み会をしたと言う割に、キッチンのシンクに置かれていたのは二つの揃いのマグカップ。
自分の気づきを裏付けようと、ダメ押しでもう一度男の部屋を覗いてみれば、畳まれた布団には使い込まれたクッションが二つ置かれていた。特徴的な臭いがしないため、ここ暫くそういうことは無かったのだろうが、これでハッキリした。――この部屋の主には同性の恋人が居る。
そう考えると今までの出没場所も頷ける。
公園の木陰、そこは一部ではコアなデートスポットで有名な場所だった。夜に行くのはお勧めしないという時点でお察しだ。ホストクラブも男のみ、私立高校の部活棟は男子校だ。シェアハウスやジムは住人や会員を調べてみないと解らないが、出た時間帯には男しか居なかったはずだ。それもちょっといい雰囲気に見えそうな、だ。
「先輩」
「ん? なんだい?」
「変な感じは何もしないッスか?」
「そうだねぇ、今のところ少し揺らぎは感じるけれど、はっきりとは掴めないね。どうしたものか……」
男の部屋で気を巡らせながら、首を傾げる先輩に、おれは本当に嫌々ながら、これも仕事のためと一つ大きくため息をつくと、片手で先輩の肩を掴みぐいっと自分の方へと引き寄せた。
「へっ?」
「シッ、おれに合わせて」
マスクを下ろし、傾いだ先輩の耳元に口元を近づけ言付けた瞬間、視界の端に目を見開いた女の顔を捉えたおれは片手でレーザー銃をぶっ放した。
『アァアアアア!!』
蛍光色のレーザーが女の霊に巻き付き、バチバチと光を散らす。拘束された霊は必死に抜け出そうと藻掻いていたが、出力を上げてやれば、ただのもんどり打つ芋虫状態で転がるしかできないようだった。
「なんとまぁ、よく捕らえられたね」
「……まぁ、出没場所の共通点が分かれば釣れる条件も絞られたんで」
「え、何だったんだい? 私未だに解らないんだけど……」
本気で解らないのか、眉を下げほとほと困り果てた顔でおれを見つめる先輩に、心底疲れたため息を零すと、おれはモゾモゾとのたうち回りつつも目だけはギラギラとおれ達を見つめる霊に絶対零度の視線を投げつけ口を開いた。
「……コイツ、出歯亀だったんスよ。それも多分なんスけど秘めた男同士のイチャついてる所を見るのが好きな変態なんス。出没場所をよく考えてみてください、共通点あるでしょ?」
「……っ、あ! なるほど」
『ん?』と眉を寄せ視線を彷徨わせた先輩は、あっと声を上げると合点したように頷いた。
「だからわざわざ肩を抱いて私に耳打ちを」
「ッス」
「なるほどねぇ、って、待って、てことは依頼人は……」
「まぁ、そういう事ッス」
頷いて見せれば何とも言えない顔で先輩が頬を掻く。けれど、すぐに切り替えたのだろう、パンッと頬を両手で挟むと、先輩は仕事人の顔に戻り、転がる霊を見つめ眉を顰めた。
「いやはや、見ているだけで害は無いとは言え、気分がいいものではないね。さっさと成仏していただこうか」
懐から札を取り出す先輩を、念の為守るように背に庇いレーザー銃を握る手を構え直す。その瞬間、ざんばらで暖簾の様な前髪の奥の目がにたりと弓なりに細められ、唇の無い口元が音を形どった。
『従者攻め』
「滅!」
『アッ……!!』
「はぁ!?」
本来なら祝詞を唱え、成仏に導く所をこの先輩、滅しやがっただと…!?
小さく声を上げ、ジュッと蒸発する様に消えた霊と途切れたレーザーを認めたおれが戸惑う様に先輩を見上げれば、先輩は嫌そうな顔で霊を拘束していた場所を睨めつけていた。
「なんかイラっとした」
「……アンタなぁ」
❖
取り敢えず依頼は完了ということで、装備やブルーシートを片付け部屋から撤収したおれ達は、事務所への帰路へついていた。
その間、仕事モードを脱した先輩は、スマホであの霊の発言の意味を検索し、自分が所謂下に見られていたことにぶちぶちと文句を垂れていた。
「なんで俺が下なんだよ! 顔良しスタイル良しシゴデキ自社ビル持ちの金持ちと来れば俺はスパダリってやつじゃん! ここに書いてあるスーパー攻様ってやつじゃん! なのになんでお前がそっちなんだよクソっ」
「知らねッスよ。あの霊がそういう趣味だったんじゃねッスか。つか自分でスパダリだのなんだの痛々しいッス」
「納得いかねぇんだけど!? あーもう! アイツもっかい出てきてくんねぇかな!」
「消しちまったんで無理ッスね〜」
――尚、後日例の転勤族について当事者達に聴取をした所、面白いようにその当事者達の面がイケメンと強面ペアばかりな事に気づいたおれは、『マジでそういう趣味だったのかよ』と乾いた笑みを浮かべるしかできなかった。




