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異世界漫画のモブに転生しました――目鼻がないって、どういうこと!?

作者: 塩バジル
掲載日:2026/05/30

「怖い、怖い、怖い! もう、何なのよ、ここはー!」

 

 突然ですが、こんにちは。

 私は、プラムリバー子爵家の娘、マリー・プラムリバー。

 3日前に、日本の女子高生・梅川真理の前世を思い出し、現在、自室で絶賛引きこもり中です。


 なぜかって?

 のっぺらぼうの群れに囲まれたら、誰だってそうなりますよ!



 前日まで何の違和感もなく接していた家族や使用人たちが、突然、全員のっぺらぼうだと気がついた。

 いや、正確にいうと、口はあるんですよ。なんとなく。

 でも、怖いものは怖い!


 のぺっとした顔をこちらへ向けて、「お食事にしましょう」と話しかけられたときの恐怖ときたら!



――無理、無理、無理! もー、耐えらんない!!


 思わず、目の前の机を拳で叩くと、『ダンッ!』という鋭い書体の文字が空中へあらわれて、瞬時に消えていった・・・



 うん。多分。いや、絶対。

 ここは漫画の世界だね。

 そして、私はモブキャラ。

 作者が誰だか知らないけど、作画手抜きすんなよ、モブにも目鼻をくれー!(背景にあらわれる集中線)



――てな具合で。

 私は、ちょーっと、おかしくなっていたんだと思う。


 気づけば、衝動的にペンと鏡を使って自分の顔に“目”を描き込んでいた。



 じつは、梅川真理。

 漫画の多種多様なキャラの目を描き分けられるという、よくわからない特技の持ち主でした。


 あれは、真理が小学3年生のころ。

 仲良しのサトちゃんと、漫画を描こうと思い立ったのがきっかけで。

 キャラの描き分けって、やっぱ、目だよねー、と、結論づけ。

 “腹黒系イケメン”の目なら、これ――

 “おどおど系女子”なら、これ――

 と、謎の小学生パワーで盛り上がり。

 3ヵ月ほど描きに描きまくって、身についたのが、この特技。


 ちなみにその後、サトちゃんはアイドルへ、真理はスポーツクラブへと関心が移り、漫画を描くという目標はどこかへ消え失せました。



 と、おかしなテンションで描き込んだ目だったが――


「あれ? 定着した?」


 気づけば、鏡の中から、目尻がややつり気味の、くりんとした愛嬌のある茶色の目が、こちらをのぞき返していた。


 まばたきは――できる(『パチ、パチ』)。

 こすっても――落ちない(『ゴシ、ゴシ』)。

 眉毛も、まつ毛も、ちゃんと生えてる!


 どんな理屈だか知らないが、私に目ができたのだー!


 しかも、なぜだか、描いた覚えのない鼻までできている。


 くりんとした目と、丸っこい鼻、焦げ茶色のやや長めのボブの髪とあわせると、何だかタヌキのような雰囲気に見えなくもないが、この際、贅沢は言いません!


 脱・のっぺらぼう、バンザイ!




 だが、しかし。

 私一人に目鼻がついても、問題の解決には至らないわけで。



 意を決して部屋を出ると、


「あら。風邪はもう、よくなったの?」


と、言いながら、ベージュのドレスを着たのっぺらぼうが近づいてきた。



「うん。前にどこかで教わった“おまじない”を試したら、すっかりよくなったわ」


と、できるだけ相手の顔を見ないようにして笑顔を浮かべてみた。


 そして、間髪を入れずに、

――この“おまじない”、とっても元気が出るのよ。頭もスッキリ。何なら若返るかも――と、半ばやけくそで、


「こうやって、“元気の目を”描くの!」


と、母と思われるのっぺらぼうに、目を描き込んだ(『グリグリ』の擬音、見づらい、邪魔だ、消えろ!)。



 すると。あーら、不思議!

 目の前で、私とそっくりな形の、くりんとした青い目が、定着したのだ。


 続けて、『しゅるん!』と、鼻が誕生。

 気づけば、やや驚いた様子の、上品な貴族の奥様の顔がそこにあった。


 え、鼻筋が通った、美人さんなんですけど。

 なんか、ちょっと、ズルくね?



「――あら? なんだか、本当に頭がスッキリしたわ」


 『パチ、パチ』とまばたきをしながら、不思議そうに笑う美人母。

 よしよし。副作用的なものは、ないようだ。




 勢いづいた私は、父と兄、使用人たちにも、次々と目を描き込んでいった。


 母と私が、ややつり目気味だから、父は、タレ目がちの、優しそうなタヌキ顔に。

 兄は、考えるのが面倒なので、タヌキ2号にしてみた。が――


「あれー?」


 そこにあらわれた兄の顔は、母にそっくりの、ノリがよさそうなイケメン君だった。



 『ムムムム・・・』という擬音を頭に浮かべて、しばし考えた結果。


 私の“目を描く”という行為は、多色のシーリングスタンプを押すようなもので。

 こちらの意図したとおりに色や模様(顔)が出ることもあれば、ワックス自体が持つ粘度や、温度、色の混ざり具合などの条件によって、予想とはちょっとズレた結果になることもある――と、結論づけた。



 ふふん、我ながら、おしゃれな例えじゃない――と、満足する私の周りで、


「元気になったのはいいけど、マリー。夏休みの課題は終えたの?」


「俺は、とっくに終わったぜー! 手伝ってほしけりゃ、デザートのアイス、よこせ」


「ジョン、そんなにアイスを食べたら、おなかを壊すよ。君は僕に似て、おなかが冷えやすいんだから・・・」


と、元のっぺらぼうたちが、やかましい。


 うーん。顔がついたら、キャラも濃くなるのか?

 まぁ、理屈はよくわかんないけど、これで心の平安が保てるぞ。


 プラムリバー家、脱・のっぺらぼう、バンザイ!



「マリー。あなた、この間の連休の課題も、ギリギリで仕上げたでしょ。

 来週から、新学期が始まるのよ。本当に大丈夫なんでしょうね?」



――しまった! のっぺらぼうの巣窟が、まだ残っていた。




 と、いうわけで。

 夏休み明けの学園へ登校すると、私のクラス1年B組は、案の定、のっぺらぼうの巣窟でした。

 まぁ、通学中にすれ違った街の人たちも、みんなのっぺらぼうだったからね。覚悟はしていたよ。


 ただ、学園内を観察すると、最上級生である3年A組の、一部の面々には、ちゃんと顔がついていた。


 そのメンツは、というと――


 サラサラの金髪と立ち居振る舞いが美しい、第一王子殿下。

 その側近で、親しみやすい笑顔が魅力の侯爵家のご子息様。

 剣の腕が立ち、生真面目な気質の、騎士団団長のご子息様。

 成績学年トップで、切れ者と評判の、宰相閣下のご子息様。

 どこか儚げな、陰のある美貌の持ち主である、教皇の甥御様。

 そして、男爵家の養女で、ピンク髪が愛らしい聖女様。と、その他数名だ。


 ・・・あー、つまり、ここは、聖女様をヒロインとした、乙女ゲームが舞台の漫画、って感じですか。

 で。学年もクラスも違うモブには顔がない・・・、と。

 ・・・なんか、ムカつくな。



 だが、しかし!

 私、マリー・プラムリバーは、この状況に甘んじるつもりはないのである!


 なので、“おまじない”作戦をクラスでも決行しました。



 『グリグリ』と、顔にペンを当ててるところを見られたら、ドン引きされそうだから、

「“元気の目”は、描いているとこを人に見られると、効果がなくなっちゃうの」

とか、言いながら。


 隣の席のキャンディさん。斜め前の席のアリスさん・・・と、ちまちまと描き広めた。


 何人かに試してわかったけど、顔ができると、キャラだけでなく、髪色も際立つのね。

 キャンディ、あなたがそんなにきれいな赤毛の持ち主とは、知らなかったわ。

 意志の強そうなグリーンの瞳と、よく合っている。



 そんな感じで。

 クラスの女子、全員の顔を描き終えたころ――



「みんなの顔を作ったの、君だよね!?」


 廊下で、男子生徒の制服を着たのっぺらぼうに、私は『ガシッ!』と肩をつかまれた。



「ちょっと、何するんですか!」


 驚いて固まる私の代わりに、叫んでくれたキャンディの声で、我に返ったのか、のっぺらぼう男子は


「ごめん! また、あとで」


と、立ち去って行った。



――「あとで」とか言うけど、あんた、誰よ。

 みんな同じのっぺら(以下略)だから、こっちは、見分けつかないわよ。


 だが、向こうは当然、見分けがついたようで。


 その日の下校時間に、私は校門で、のっぺら男子に待ち伏せをされていた。




「さっきは、いきなり、ごめんね」


 意外と紳士的な、のっぺら男子あらため、ケン・ブルマン君。

 彼は、我が兄・ジョンと同じ2年B組の生徒で、子爵家嫡男でした。


 そして。

 顔を作った云々のセリフで察してはいたが。

 彼もまた、日本人の前世の記憶を持つ、転生者でした。

 


 学園のティールームで、お茶とお菓子をごちそうになりながら話を聞くと――


 彼の前世は、青山健という大学生。

 前世の記憶を思い出したのは、3年前。

 以来、極力、人と顔を合わせないよう、引きこもり生活を送っていたという。

 貴族の子女の義務である学園入学後も、進級ギリギリの出席日数を維持しながら、寮の部屋に引きこもっていたらしい。


 肩を落としながら話すケン・ブルマン君の背後に、異様に薄暗い闇が迫っている。


 あー、落ち込んだときの背景だ。

 リアルで見ると、これもヤバイな。



 しかし、先日。久しぶりにクラスへ顔を出したケン君。我が兄・ジョンに顔がついているのに気がついた。


「あのときは、ジョンの顔が輝いて見えたよ!

 休暇中に何があったと問い詰めたら、君に“おまじない”をしてもらった、って言うから・・・」



 そして、『カバッ!』という効果音とともに、ケン君がテーブル近くまで頭を下げる。


「その“おまじない”が何だかわからないけど。頼む! 俺にも、顔を作ってください!」



 もちろん、描きますよ。

 て、いうか。このイカレた世界で、よく3年も耐えたね、この人は。


 そこで早速、私はケン君の顔へ、“ひ弱に見えるけど、じつは忍耐強い目”を描き込んだ。



――おお、ほぼイメージ通りの目が定着した。


 そこに現れたのは。

 少しクセのある黒髪と黒目の、顔面偏差値・中の上くらいの男子学生だ。



 窓に映った自分の顔を見て、「こんなに、簡単に・・・!」と、感激するケン君。

 確かめるように、何度も『すりすり』と顔をさすっている。


 チッ、チッ、チッ。

 この程度で満足しちゃあ、いけませんぜ、旦那。

 真の安寧を得るために、俺たちの戦いは、これからだ!(『ビシッ!』と虚空を指さすと、背景にあらわれる集中線)




 次の休日。

 私は、兄・ジョンとともに、ケン君の実家を訪問した。


 ブルマン領は、王都のすぐそばにあるが、通学するにはやや距離があるため、ケン君は、ふだんは学園の寮で過ごし、月に一度、帰宅するらしい。

 その帰宅日に私も同行し、ケン君のご両親たちの顔を描こうという作戦だ。



「その“カレー”ってのは、そんなにうまいのか?」


 『ゴトゴト』と、辻馬車で揺られながら、能天気な声でジョンがケン君に問いかけた。


 じつは、ケン君。引きこもっていた間、現実逃避のために、カレーの再現を試みていたのだとか。


 ブルマン領は薬草の産地で、さまざまな薬草・ハーブが簡単に入手できるらしい。

 

 前世の味は恋しいが、この世界には、米も味噌も醤油もない。

 ならば、カレーだ! とのめり込んだ結果、まずまずの味を再現できたそうだ。


 今日は、そのカレーをご馳走になるという建前で、訪問するのである。




「遠いところを、ようこそ」

と、快く迎えてくれた、ブルマンのっぺら夫妻。


 だが、私たちがカレーをご馳走になりに来たと告げると、「あの泥汁を・・・!?」と、目に見えてうろたえだした。


 いま、“泥汁”って言った!?



 そんな微妙な空気のなか、

「じゃあ、俺、用意してくるから。二人は、お茶でも飲みながら待っていて」


と、ケン君はさっさと自室(簡易キッチン付き)へ引っ込んだ。


 ・・・うん。

 今日の真の目的は、カレーじゃない。顔だ!




 ブルマン夫妻にお茶をご馳走になりながら、私はさりげなく“おまじない”の話をした。

 そして、


「不思議と、元気が出るんですよー」

「頭がスッキリしたって、母も喜んで」

「ぜひ、お二人とも、試してみてください!」


と、半ば強引に、ブルマン夫妻に目を描き込んだ。


 お父様は、ケン君と似た感じで――

 お母様は、“一見おっとり。じつはたくましい系”で――


――おお、今回も、イメージ通りに定着したぞ。



 我ながらいい仕事ですねーと、自己満足にひたる私の前で、


「おや? たしかに、頭がスッキリした」

「本当に。あら。何だか、楽しくなってきたわ」


と、ブルマン夫妻の反応も上々だ。



「顔面を通して、脳のマッサージになるんですかねー?」

などとテキトーに話していたら、


「お待たせ」

と、ケン君が、鍋を抱えて戻ってきた。


 お。ご両親の顔を見て、喜んでる。よかった、よかった。



 けど。

 何だ、その鍋の中身。ヤバそうな色じゃね?

 緑がかった紫で、『ボコッ・・・、ボコッ・・・』って泡が立ってるんですけど!?



 器に盛られ、パンを添えて出されたソレを前に、引きつった顔の私とブルマン夫妻。

 その横で。我が兄ジョンは


「おおー。これが“カレー”かぁ!」

と、楽しそう。


 そして、

「いただきまーす!」

と、躊躇なく口に入れやがりましたよ、コイツ!


「・・・お! うまい!」

「鶏の、濃いうま味のあとに、ガツンとくる辛みがあって・・・!」

「初めての味だけど、イケる!」


と、どんどん食べ進めるジョン。


 え? イケるの? これが? マジで!?



「・・・まぁ、元が薬効の弱い薬草だし。毒性は、ないはず、だけど・・・」

「無理して食べなくても、いいからね」


などと、戸惑うブルマン夫妻に、


「いや、全然アリですよ! うまいっス!」


と、口一杯に頬張りながら笑うジョン。


 アリなんだーと、私も、おそるおそる、ひと匙すくって口に入れてみた。


 ・・・うん。まずくは、ない。

 と、いうか。おいしい?

 匂いも、なんとなくカレーっぽい。

 舌にちょっと残る、渋味が気になるけど。



「――そうなんだよねー。でも、その渋味をとっちゃうと、香りが弱くなっちゃうし」


 そのあたり、改良しないとね! と、上機嫌のケン君。


 いや。まず改良すべきは、この毒々しい色だと思うよ!?




 しかし。

 何はともあれ、当初の目的は達成した。

 夕刻にはブルマン邸を辞したけど、それまでに使用人さんたちの目も描き上げたしね!



「ここ数年、反抗期なのか、ケンったら、目も合わせてくれなかったのに。今日はお友達まで連れてきてくれて。

 本当に楽しかったわ。ありがとう」


と、別れ際には、少しふくよかなお顔のブルマン夫人に、お礼まで言われた。



 ブルマン家、脱・のっぺら、バンザイ!




 だが。

 学園内には、まだまだ大勢の、のっぺら達がいるわけで――

 


「それなんだけど。来月の学園祭を利用したら、どうかな?」


 すっかり引きこもり生活から脱却したケン君が、何やら提案をしてきた。



 学園祭では、個人も申請をすれば催し物を開くことができる。

 そこで、お客さん一人だけが入れる小さなブースを作り、“おまじないの部屋”を出してはどうか、というのだ。



「・・・あー。黒い布で覆われた狭い部屋で、顔をベールで隠した占い師が、水晶玉を使って占ったりする、アレ的な・・・」


「そうそう。あんな感じの奴で」


「やるのはいいですけど、お客さん、来ますかね?」


「じつは、必殺の“宣伝文句”も考えた」


 そう言いながら、ケン君は、自信満々の顔で『シャッ』と、内ポケットからメモをとり出した。



 そこに書かれていたのは――


 “頭、スッキリ! 心、晴れやか! 成績向上! 恋愛成就!

 3年生の「あの彼女」も体験済み!”



「この“彼女”って。ひょっとして、ひょっとしなくても、聖女様ですよね?」


 じつは、この世界の推定ヒロインである聖女様。

 第一王子殿下のハートをガッチリつかんだと、いまや評判なのだ。


 第一王子殿下には公爵令嬢の婚約者がいるのだが、現在、聖女様との“真実の愛”は、周囲に温かく見守られているという――



「こう書けば、みんなそう思うよねー。

 でも、この文句は、誰とはハッキリと明言していない」


「いや、マズイでしょ!? “聖女を利用するな!”って、お偉いトコからクレームが来ますよ!」


「そのときは、“まさか、聖女様が、おまじないごときに頼るはず、ないじゃないですかー。守秘義務があるので、本当は誰とは言えませんがー”と、すっ惚ければいい」


 ・・・この人、ちょっと下がり眉のくせに、なかなか悪どいことを考えるな。


「まぁ、万が一のときは、僕が責任をとるよ」

と、『へらり』と笑うケン君。


 ・・・むぅ。なんか、ちょっと格好よく見えてきたぞ。下がり眉のくせに。



「・・・越後屋。お主も、悪よのぅ」

照れ隠しも兼ねて、そう振ってみたら


「いえいえ。これも、お代官様の手腕があればこそ――」

と、返ってきた。


――ありゃ。顔のタッチがギャグ漫画調に変わったんですけど。



「クククッ・・・これで我らの安寧の日々に、また一歩、近づくのぅ」


と、笑って応じた私の顔も、いまはギャグ調なんだろうな。


 この世界、こういうとこも本当、イカレてると思うけど、ちょっと慣れてきたわ。




 で。その“おまじないの部屋”だが。


 結局、我が1年B組が主催する模擬喫茶の、コーナーとして出すことになった。

 いまや親友となったキャンディと、クラスの女子たちが、強力に後押ししてくれたんだよね。


「マリーに“おまじない”をしてもらってから、婚約者の彼が“君との会話は楽しい”って、よく笑ってくれるようになったの!」

と、キャンディ。


「私も、成績がかなり上がりました。頭のなかがクリアになった気がします」

と言うのは、じつは委員長タイプだったアリスさん。



 「気のせいじゃないのか」と、口をはさんできた男子には、チャンスとばかりに「試してみる?」と、目を描いてやる。


 ここは、出血大サービス。

 “好奇心旺盛な、ちょいイケメン”風の目を描いた――つもりだったが、できあがりは、思ったほど格好よくならなかった。


 ・・・うん。君の資質に、“イケメン”という要素がなかったんだね。




 そんな調子で出した“おまじないの部屋”だが、予想以上の大盛況だった。

 ケン君の宣伝文句もよかったんだろうが、クラスの女子たちの口コミが、相当きいたっぽい。


 模擬喫茶も、可愛いエプロン姿でいきいきと接客する女子たちのおかげで、大繁盛だ。


 “おまじないの部屋”は、ビーズやレースで派手にデコった黄色の布で仕切りました。

 そのなかで、私はガンガン目を描きまくった。


 どんな目にするのか、いちいち考えるのが面倒だったので、お客様にはまず、

「今の自分は、どんな性格だと思いますか?」

「どんな風になりたいですか?」

と、聞いてみた。


 のっぺら状態だとキャラは薄いんだけど、それでも、それなりに意思や望みはあるんだよね。

 それをもとに、『グリグリッ』と目を描く。

 

 脱のっぺらしたお客様は、みんな、スッキリした顔で帰っていったよ。



 そうそう。

 ケン君も、ジョンと、他数名の、のっぺら男子たちと一緒に来てくれました。

 もちろん彼らも脱・のっぺらして、お帰りいただきました。


 心配だった、聖女やメインキャラたちからのクレームはなし。よかった、よかった。



 くたびれて、利き手がえらいことになったけど。

 “おまじないの部屋”作戦、大成功! バンザイ!




 そんな感じで、盛り上がった学園祭の翌週。



「・・・あれ?」

 気のせいか、のっぺら学生の数が減ったような気がする。


 たしかに、学園祭では描きまくったけど。

 ここまで大勢に顔を作った覚えはないんだが?



 教室に入って、さらにビックリ。

 

 「僕は、興味ないから」とか言って最後まで“おまじない”を拒否ってた、のっぺら男子数名に、勝手に顔ができあがっていた。



――のっぺらが減るのは大歓迎だけど、なんで??



 戸惑い続けて、数日後。

 とうとう、教師を含めた学園の人間全員に顔がついた。


――学園、脱・のっぺら、バンザイ?




「これは、俺の勝手な推論だけど。

 世界が、“調整”を始めたんじゃないかな」


 少し涼しくなった公園のベンチに二人で腰かけながら、ケン君が分析する。



 たしかに、大勢の顔アリキャラのなかに少数ののっぺらがいたら、逆に目立つよね。

 それはもう、モブじゃない。“のっぺらぼう”という、キャラだ。


 じっさいに、街を歩くと、顔のある人たちが日に日に増えていくのがわかる。

 うまく言えないけど、街の雰囲気も、何だかいきいきとしてきた。


 たまに、怒ったり泣いたりしてる人も見かけるけど、ぬぼーっとのっぺらぼうたちが徘徊しているよりは、ずっとマシだ。



 世界のしくみとか理屈は、よく分からないけど。

 これは、これで、よし!



 だが。

 よし! と、いかなかった人たちも若干いて。

 聖女様と、第一王子殿下、その他数名のメインキャラたちだ。


 

 学園祭終了後。

 学園では、聖女様と第一王子殿下の“真実の愛”に疑問を抱く生徒たちが、少しずつ増え始めた。


 そりゃあ、そうだろうな。


 のっぺらモブのころは、盲目的に“真実の愛”を支持していたかもしれないが、脱・のっぺらしてキャラが立てば、それなりに思慮も深まるわけで。


 思慮が深まれば、「婚約者がいる相手と“真実の愛”を育むのは、おかしい」と気づくのは、自然だろう。


 周囲の冷ややかな目が影響したのか。

 聖女様は学園を去り、いまは大神殿の奥で修業三昧の日々を送っているという。


 第一王子殿下は、離宮で、“病気療養”という名目の謹慎中。

 他のメインキャラたちも、婚約破棄をしたり、卒業後の予定が変わったりと、あまりよろしくない結果に陥った。



――この世界の物語をぶち壊しちゃった気がするんだけど。

 これは、問題ないのかな?



「それなら、新しい恋の物語を作ればいいさ」


 そう言って、ケン君が、大きな手で私の両手をやさしく包み込んだ。


「君のおかげで、この世界は、あざやかに彩られた。

 一人で縮こまっていた俺も、君のおかげで変わることができた。

 君と一緒なら、俺は、この先、どんな困難でも乗り越えられそうな気がする。

 ・・・好きです!――俺と結婚してください!」


 私の描いたケン君の黒い目が、黒曜石のようにキラキラと輝いている。

 背景に、ゴージャスな花まで飛び出してきた。


 ――あー、なんか、ほっぺたが、熱い。



「いつか、君のために、最高にうまいカレーも作って見せるから!」

と、ケン君が、懐からリボンを結んだカレースプーンをとり出した。


――いや。そこは、花とか指輪とかじゃないのか?



「・・・カレーは、辛口で、オネガイシマス」

 『コクン』とうなずいて、婚約を了承してから、照れ隠しでそう言ってみた。


「わかった。でも、どうしよう。甘口になっちゃいそう」

 『ふにゃり』と、とろけた顔で、ケン君が言う。


 私たちの周りで、色とりどりの花が、恐ろしい勢いで咲き乱れている。

 ・・・あ。天使っぽい何かまで、飛んできた。



 つくづく、この世界はイカレてるなぁ。


 でも、きっと。

 二人なら、何とかなるでしょ!




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