キュベリアの龍姫
キュベリアの龍姫
「お前、まだ機体にパイルバンカー付けてるの?」
整備ハンガーに、ダニエルの呆れた声が響いた。
「あいつのこと引きずるの、やめろって言ってるだろ」
「勘違いするな」
装甲の焼け跡を指で叩いた。
「現地改修機だ。他にマシな武装が無いだけだ」
ハンガーの赤色灯が回転を始めた。
空気を震わせるような警報音。
『戦闘配備! 先発隊が交戦中。敵は識別不能!』
「おっと、出撃か。お前と出るのは久々だな」
「そうだな」
機体を見上げた。
パイルバンカーの焼けた杭が、鈍く光っていた。
「悪くない」
戦場には味方の残骸、生存者はいない。
「おい、これは…」
「敵を探す。」
青い光が後方から走った。
二機は反射的に飛び退く。
衝撃。地響き。焼けた木の匂い。
森を焼き払いながら、光が追尾してくる。
レーダーに敵影は無い。
「見ろ、上から来てる!誘導兵器だ!」
空中に浮かぶ、小型ビーム砲。
数は一つじゃない。
一斉に、撃ってくる。
交わしきれずダニエル機は、脚部が切断された。
敵の位置、森の奥か。
直感でしか無い、賭ける。
スラスターが爆音を上げ身体が重くなる。
景色が流れる。
ビームの弾幕を交わし振り切る。
(見えた)
翼状のアーマーのシルエット。
あれから誘導兵器が飛んでくる。
殺意を込め、パイルバンカーをコックピットであろう部位に突き立てる。
だが、ビームが迫る。
機体を捻り、紙一重でかわす。
こちらの一撃は少し狙いがはずれ、敵のコックピットをかすめた。
敵機は大きく傾き、そのまま沈黙した。
敵機を確認、コックピットの装甲が剥げている。
女?
機体を寄せ、降りる。
白い肌、金の髪、15歳くらいにみえる。
見たことのないパイロットスーツ。
意識はない。
近づき抱き寄せる。
その時、脳裏に映像がみえた。
実験施設、怪しい機械、自分にコードが複数ついている。
苦しい。痛い。
我に返る。
……この少女の記憶か?
「映像が見えた?なるほど…。普通じゃないな。」
軍医は少し考え、資料を見せてきた。
開発コード、キュベリアの龍姫。帝国の生体兵器。
「要するに人ではない…」
軍医は重苦しい表情。
少女はベッドで安らかに寝ている。
部屋を出る。
その時透き通る様な声がした。
「待ってください…」
エメラルドの瞳、こちらをすがる様な目で見ている。
「助けて…」
駆け寄る。
彼女の意思がわかる。連れて行かなくては。
目的地は、共和国研究所。
少女は夢中でパンを食べている。
「初めてか?」
「こんなに美味しいものがあるなんて!」
目は輝き、喜びに満ちた表情をしている。
ダニエルが、呆れた様子で話す。
「帝国ではパンもねえのか?まあ共和国につけばいくらでも食える。」
少女は、興奮気味に頷いた。
「しかし、これだけの戦力でたどり着くのは至難の技だけどな…」
「問題ない」
何故か確信があった。
暗いコックピット。
顔がレーダーモニターの光に照らされながら、敵を探す。
すぐ後ろの座席に少女が座る。
突貫工事で追加した複座は、コックピットを狭くしていた。
振動の度、背中に少女の体温が伝わる。
「います!」
声と同時に回避。
機体が揺れる。
さっきまでいた場所は、赤く溶け発光している。
少女は、目を閉じる。
機体の後方からビーム砲が飛翔し、撃ち返す。
敵のビーム砲が飛び交う。射撃の応酬。
敵にも同じ力。
少女の顔が歪む。
同胞を撃つのか。
スラスターをふかし、加速する。
「あの窪地です!」
少女は、敵の位置を示す。
「無理するな…」
敵に向かい、さらに加速する。
複数のビーム砲が迫る。
躱す。
少女が念じると、こちらのビーム砲が飛翔する。
飛び回る敵のビームを、次々と焼き払った。
照準を合わせて、大型ビーム砲を放った。
直撃ではない。
敵機のコックピットが外れ飛び去った。
「ありがとうございます…」
泣きそうな笑顔。
こう言う戦いも悪くない。
旅路の中間地点の町。
息抜きに歩く事にした。
飼い主に連れられて、小型犬が近づいてきた。
少女は目を輝かせる。
「これが犬!何故か胸が熱くなります。なんて表したら良いか…」
小さく呟く。
「かわいい…かな。」
犬は少女の周りを嬉しそうに走り回っている。
少女は戸惑いながらも、ぎこちなく頭を撫でた。
「柔らかい…」
少女は、少し頬を赤くして微笑んでいる。
そんな顔も出来るのか、と少し思った。
服屋の前。
少女の足が止まる。
「すいません。こういう場所初めてで…」
食い入るように見つめている。
「買ってやる。」
「え?いいんですか?しかし…」
気まずい顔をしている。
構わず店に入る。
何年ぶりか。
しばらく、遠慮していたが。
気になる物を試着させた。
恥ずかしそうにしながら見せてくる。
買い、そのまま店をでる。
「分からなかった、こんなに楽しいなんて。ここまで来れて本当に良かった。」
笑顔で笑いかけてくる。
いつぶりかもう分からない感情、悪くはない。
食事をとる。
向かいに座る少女は、困惑している。
メニューを見せる。
「こ、これが良いです…」
パンか。
他のものも頼んだ。
料理が来ると瞳が大きくなる。興奮を隠せない。
遠慮がちに食べていたが、少しずつ早くなる。
「ありがとうございます。こんなにいろんな食べ物がおいしいなんて。」
うっとりとして語る。
口の横に食べかすが付いている指摘すると、恥ずかしそうに拭っている。
雨が降る、傘が無いので、雨宿りする。
「私がいた場所は、いつも予定どうりの事しか起きませんでした。」
屋根の下。不思議そうに空を見ている。
「世の中。予想できない事が起きる。考えてませんでした。」
手に降りかかる雨粒すら、新鮮にみえるらしい。
雨がやんで歩き出すと、町の夜景がきれいだった。
暖かい電灯、家の明かり。
夜でも活気にあふれている。
少し高い丘の上から見渡す。
「きれいです…本当に。」
遠くの星空も相まって、少女は光の大群を目に入れて輝かせている。
「朝日はもっときれいだぞ。」
「見たいです、朝日。いつか、一緒に見ましょう!」
そういう彼女は、夜景より輝いて見える。
無数のコード。
脈動する光。
龍姫たちのデータが壁面に流れている。
皇帝は静かにモニターを見つめていた。
「失敗作が、随分と生き延びたものだ」
側近が震える声を出す。
「ですが陛下、あの龍姫の戦闘力は規格外です。このままでは——」
モニターの光に照らされた顔を歪ませ、静かに笑う。
「くだらない感情に流され、何も出来ない凡俗どもは、私にひれ伏すべきなのだ。
能力もないのに自由が欲しいだと?感情を満たしたい?下らん。力なきものにそんなものは必要ない。」
脈動するコードが青白く光る。
「龍姫の力を得て私は、人を超越した存在となるのだ。
そのための礎になれた者達は喜ぶべきだ。
私は、この世界の神になる!」
入り組んだ装甲、無数のビーム砲。
巨大な虫の様なシルエット、自機の何倍もある。
帝国の決戦兵器。
巨大な機体の何処にコックピットや動力があるのか…
無数のビーム砲が射出され、迫る。
スラスターをふかしながら躱し、こちらもビーム砲を射出する。
敵味方のビーム砲は螺旋を描きながら撃ち合う。
届く距離に近づき、大型ビーム砲を撃つ。
反動でアームが歪む。
直撃する前に光が乱反射し、ビームは消えていく。
巨大なボディには傷ひとつない。
接近し、さらに撃ち込む。
なお弾かれ、アームはひしゃげ、大型ビーム砲は焼けた。
無数の砲門がこちらを向きビームが輝き迫る。
かわしきれず、機体を掠める。
コックピットの前方に亀裂、部品が飛び散り、装甲が剥がれる。
破片が目に入り、視界が失われる。
勘で回避するが、持たないだろう。
少女は驚愕し、狼狽えたが。
すぐに、落ち着き。
「私が眼になります。」
少女が後ろから手を回して体を密着させる。
意識が流れ込んでくる。
温かい。
辺りの様子がわかる。
ビーム砲の位置、敵の気配。
まるで、機体そのものになったようだった。
敵機からどす黒い妄執を感じる、コックピットか。
燃料を使い切るようにスラスターを吹かす。
破損して剥き出しのコックピットに風が注ぎ込む。
警告音が鳴り響く、赤くなったモニターが点滅する。
少女は必死に背中へしがみついている。
ビームが飛び交う、自機のビーム砲が援護している。
パイルバンカーを構える。
バリアにぶつかる。
熱を発しながらバリアははじけ飛ぶ。
壊れた部品をまき散らし、進む。
接近、ゼロ距離。
装甲の奥に渦巻く黒い妄執へ、
パイルバンカーを撃ち込む。
さっきの被弾で亀裂の入ったパイルバンカーが、爆音を立てて敵のコックピットに突き刺さる。
杭が砕ける。
それでも、届いた。
巨体の奥で爆発が起きる。
離脱。
勝った。
「あの武器は貴方の大切な…」
申し訳無さそうに言う。
「過去にはもうこだわらない。」
納得したらしく、微笑みかけてくる。
「貴方に見せたい景色があります。」
共和国の都市に朝日が差す。美しい雲とコントラストを形成して、どこまでも景色は広がる。
戦場、敵を待つ。
乾いた空気。
後ろの座席は空。
データ通信の音。
ファイルを開く。
「また会える日を楽しみにしてます。」
「心配もしてますが、貴方なら大丈夫と信じてますから。」
犬と映る少女の笑顔。
スラスターが爆音を奏でる。
荒野を駆け抜ける機体は、青空の下、土煙をあげて進む。
また、会おう。
そう呟いた。




