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【短編】ホラー短編シリーズ

朝食は本格派の麻婆豆腐

作者: 烏川 ハル
掲載日:2026/03/23

   

 小さい頃は毎年、夏に母方(ははかた)の実家へ帰省していた。

 そちらのおじいちゃんは、僕が物心つく前には亡くなっており、おばあちゃんのひとり暮らし。泊まっている部屋の窓から砂浜が見えるような、海の近くの家だった。

 その砂浜は一応、海水浴場だったらしい。しかし高校生や大学生くらいの若者を時々見かけるくらいで、小学生や親子連れなどが泳ぐ姿は全くなかった。

「そろそろ海に近づいちゃ駄目な時期だからね」

 とおばあちゃんが言っていたのは、今思えば「お盆以降は海に入ってはいけない」という話だったのだろう。

 あの世から来た霊たちに海中で足を引っ張られるとか、秋が近くなって波が激しくなるといった理由に基づく習慣だ。

 当時の僕も、詳しい事情はわからないものの、それに素直に従っていた。ただ何となく「せっかく海辺の田舎まで来たのになあ」という気持ちはあり、惹かれるようによく海を眺めていたのだが……。


 あれは確か、小学校に上がった年だったと思う。

涼太(りょうた)のランドセル姿、おばあちゃんにも見せてあげようね!」

 と(かあ)さんが言い出して、夏休みだから必要ないのに、わざわざランドセル持参で帰省。

 実際、ランドセル背負った僕を見て、おばあちゃんは大いに喜んでくれたようだ。着いた日の夜は、例年以上に豪勢な料理でもてなされた。

 食べ過ぎてお(なが)が少し苦しくなるほどであり、そのため早めに部屋で休み始めた。

 (かあ)さんは居間でおばあちゃんと話に(ふけ)っており、僕は一人、布団に入ったのだが、目を閉じても眠くはならない。ならば少し夜風にでも当たろうと、窓を開けて外を眺めてみた。


 夜の海水浴場は、完全に無人。

 海も砂浜も黒々としているが、波の砕ける辺りは白く泡立っているおかげで、境目となる波打ち際ははっきりと見てとれた。

 そんな中、ほんの数十メートル沖合の海上に、淡く緑色に光る存在。見ようによっては手足が生えているようにも見えるし、あの距離ならばちょうど大きさは人間くらいだろう。

「人型の発光物体……? きっと宇宙人だ!」

 驚き(いさ)んで、(かあ)さんとおばあちゃんを呼びに行く。

 二人を連れて部屋に戻ってきても、緑の人型はまだ海の上に(とど)まっていた。

「ほら……!」

 と(かあ)さんの袖を引っ張るが、彼女は唖然と硬直。

 その隣では、おばあちゃんが両手を合わせて拝みながら、小声で呟いていた。

「ああ、正介(しょうすけ)さん……」


 僕の目に映ったのはぼんやりとした人型だったが、(かあ)さんとおばあちゃんには、違う姿で見えていたらしい。

 亡くなったおじいちゃんの姿であり、その名前が『正介(しょうすけ)』だった。

「おじいちゃんも、大きくなった涼太(りょうた)の様子を見に来たのね」

「さあ、正介(しょうすけ)さんにも見せておやり」

 (かあ)さんとおばあちゃんは盛り上がって、僕はまたランドセルを背負うことになった。

 窓の前でファッションモデルみたいに僕がくるりと一回転すると、それを見て本当に満足したのか、おじいちゃんの幽霊は消えていく。

 これでこの件は片付いたと思ったのだが……。


 翌日の朝食は麻婆豆腐になった。

 おじいちゃんの好物だったので、おじいちゃんを偲ぶ意味で、それを食べることになったらしい。

正介(しょうすけ)さんはハイカラでね。わざわざ本場から取り寄せた花椒(かしょう)を使って……」

 おばあちゃんが懐かしそうに説明した通り、本格的なスパイス使用の麻婆豆腐だ。

 今ならば珍しくない花椒(かしょう)だが、当時の日本――しかも田舎――では、入手困難なスパイスだったに違いない。

 色々な思い出が蘇るのか、(かあ)さんもおばあちゃんも泣きながら食べていた。僕も一緒になって涙を流したので、

涼太(りょうた)は優しい子だね。おじいちゃんのこと、覚えていないだろうに」

 と褒められたほどだが……。


 その場で否定できずに笑って誤魔化し、その言葉を受け入れてしまったのは、嘘をついたことになるのだろう。

 本当はおじいちゃんを思って泣いたのではない。本格派の麻婆豆腐は、朝から食べるにしては重たいメニューだったし、それに涙が出るほど(から)かったのだ。




(「朝食は本格派の麻婆豆腐」完)

   

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