30話 第零組の会議
夜の教室は、昼間より広く感じる。
窓の外は暗い。
学園の結界塔だけが淡く光っている。
第零組の教室。
机は円形に寄せられていた。
十人。
全員が揃っている。
俺は教壇に立ったまま、少しだけ息を吐く。
「話がある」
迅が椅子を後ろ向きに跨いだまま言う。
「理事長の話っすか」
「それもある」
俺は教室を見渡す。
「さっき、屋上で共鳴体が出た」
教室の空気が一瞬止まる。
陽菜が眉を上げる。
「共鳴体?」
透が静かに聞く。
「境界から発生する存在ですか」
「そうだ」
結月が黒板の前に立つ。
「異界共鳴の余波」
「小規模の裂け目なら発生する可能性があります」
俺は頷く。
「実際に裂けた」
黒斗が壁際から言う。
「大きさは」
「拳ほど」
迅が眉を寄せる。
「それで共鳴体か」
「共鳴は続いてる」
俺は黒板に図を描く。
円。
その中心に点。
そして外側に歪み。
「世界には境界がある」
結月が頷く。
「異界との境目です」
俺は中心の点を叩く。
「楔はその境界を固定する」
教室が静かになる。
凪は席に座っている。
胸元には包帯。
その下に刻まれているものを、ここにいる全員が知っている。
迅が腕を組む。
「つまり凪が」
言葉を止める。
「そうだ」
俺は答える。
「楔になりかけている」
陽菜が顔をしかめる。
「なりかけ?」
「完全じゃない」
俺は窓を指す。
「境界はまだ揺れている」
透が小さく言う。
「だから共鳴体が出た」
「そうだ」
黒斗が口を開く。
「放っておいたらどうなる」
俺は少しだけ言葉を選ぶ。
「楔が固定される」
結月がすぐ理解する。
「つまり凪の状態が確定する」
「そうだ」
乃愛が首を傾げる。
「それって悪いことなんですか?」
誰もすぐには答えない。
悠真が小さく言う。
「……楔って封印の核ですよね」
「そうだ」
「つまり」
悠真は言葉を探す。
「自由に生きられない」
教室が静かになる。
凪は俯いている。
怜奈が口を開く。
「軍はそれを知っていますか」
「知っている」
俺は短く答える。
「だから徴用しようとした」
迅が机を叩いた。
「ふざけんな」
陽菜も頷く。
「ほんとそれ」
透は静かに凪を見る。
結月は黒板の図を睨んでいる。
怜奈は腕を組み、考えている。
そして梓が言った。
「先生」
俺は梓を見る。
「方法は」
短い質問。
「二つある」
俺は黒板に線を二本引く。
左。
「楔を完成させる」
右。
「楔を壊す」
教室の空気が凍る。
迅が眉を上げる。
「壊せるんすか」
「理論上は」
俺は答える。
「ただし」
黒板を叩く。
「境界が崩れる」
結月がすぐ理解する。
「世界の安定が崩れる」
「そうだ」
悠真が言う。
「じゃあ……」
「どっちも最悪じゃないですか」
沈黙。
その時だった。
凪が小さく言った。
「俺が楔になればいい」
全員が凪を見る。
凪は顔を上げない。
「世界が安定するなら」
「それでいい」
迅が立ち上がった。
「バカ言うな」
凪は言う。
「俺が原因だ」
「違う」
迅が言う。
「共鳴は事故だろ」
凪は首を振る。
「でも起きた」
陽菜が机を叩く。
「それで人生終わりとか意味分かんないんだけど」
透が静かに言う。
「……まだ決まってない」
黒斗が言う。
「決めるのは俺たちだ」
結月が頷く。
「理論的にもまだ余地はあります」
悠真が言う。
「凪を犠牲にする前に出来ることがある」
乃愛が笑った。
「じゃあ簡単ですね」
みんなを見る。
「助ければいい」
怜奈が腕を組む。
「感情論ですが」
少し止まる。
「私は賛成です」
教室の視線が集まる。
梓がゆっくり立つ。
そして言った。
「決まりですね」
俺を見る。
「先生」
その目は真っ直ぐだ。
「第零組はどうするんですか」
教室が静かになる。
俺は全員を見る。
迅。
陽菜。
透。
悠真。
黒斗。
梓。
怜奈。
凪。
結月。
乃愛。
十人。
そして言う。
「決まってる」
黒板の楔の図を消す。
チョークの粉が落ちる。
「凪は犠牲にしない」
教室の空気が一瞬止まる。
そして迅が笑った。
「やっぱ先生だ」
陽菜が言う。
「それでこそ担任」
透が小さく頷く。
悠真が息を吐く。
黒斗が壁から離れる。
乃愛が笑う。
結月が黒板を見る。
怜奈が静かに言う。
「了解しました」
凪だけが動かない。
俺は凪を見る。
「ただし」
教室が静かになる。
「簡単じゃない」
空を見る。
境界はまだ揺れている。
「世界も守る」
「凪も守る」
迅が笑う。
「無茶言いますね」
俺は言う。
「教師の仕事だ」
そして思う。
これはもう。
一人の戦いじゃない。
第零組。
十人。
ここからが、本当の戦いだ。




