25話 観測者
夜の学園は静かだった。
つい数時間前まで戦闘が起きていたとは思えないほど、空気は落ち着いている。
窓の外には、月に照らされた訓練場が広がっていた。
石畳にはまだ焦げ跡が残っている。
砕けた石。
魔力の残滓。
つい先ほどまで、ここで戦闘が起きていた。
第零組。
転移者だけを集めた特別クラス。
部屋に戻った私は眼鏡をかけて窓際に立ったまま、その光景を見ていた。
「……思ったより強い」
小さく呟く。
戦闘の流れは、もう頭の中で整理できている。
雷で加速する前衛。
弾幕魔術。
精霊操作。
影を使った奇襲。
回復支援。
それぞれの動きは粗い。
だが。
「よくまとまってる」
あれは偶然ではない。
誰かが戦場を見ている。
そうでなければ、あの連携にはならない。
私は少し視線を上げた。
第零組の担任教師。
「……九条朔夜」
あの男は戦っていない。
広場の中央にも出ていない。
ただ、少し離れた場所から戦場を見ていた。
前衛。
弾幕。
制圧。
短い言葉だけで、戦場が動く。
「指揮型」
小さく呟く。
魔術師として戦うタイプではない。
部隊を動かす人間だ。
それなのに――
気配は、妙に静かだった。
普通、あれだけの戦場に立てば魔力が揺れる。
緊張もする。
だが、あの男は違った。
「慣れてる」
戦場に。
そう考える方が自然だった。
私は窓の外へ視線を戻す。
問題はもう一つある。
「楔」
小さく呟く。
医務棟の方向を見る。
御影凪。
第零組の生徒。
あの少年の胸に刻まれた紋様。
黒い線。
脈打つ刻印。
空間歪曲の中心に生まれた固定点。
世界の裂け目を縫い止めるもの。
楔。
私はゆっくりと息を吐いた。
あの瞬間の魔力波形は、まだ頭の中に残っている。
空間の歪み。
封印術式。
刻印。
間違いない。
楔共鳴。
この世界でも発生する現象。
そして――
「……先生」
小さく呟く。
九条朔夜。
あの男は、あの現象を見ても驚いていなかった。
むしろ。
知っている顔だった。
つまり。
「経験者」
楔を知っている。
それも理屈だけじゃない。
もっと近くで。
私は窓の外の夜空を見る。
裂け目はない。
歪みもない。
だが、終わったわけではない。
楔は一度刻まれれば消えない。
安定するか。
それともまた開くか。
それだけだ。
そしてもし、また開いたら――
私は小さく息を吐いた。
机の上には、小さな魔導通信具が置かれている。
軍の観測装置。
報告を送ることもできる。
だが、私はそれに触れなかった。
まだ早い。
「もう少し見てから」
静かに呟く。
この任務の本当の対象は、まだ分からない。
楔か。
転移者か。
それとも――
私は窓の外を見た。
夜の学園は静かだった。
だがその静けさの奥で、確実に何かが動き始めている。
私は小さく呟いた。
「観測を継続する」




