24話 静かな夜
広場の石畳には、まだ戦闘の跡が残っていた。
魔玉の焦げ跡。
砕けた石。
剣の跡。
ついさっきまで戦場だった場所が、今は妙に静かだ。
夜風が吹き、煙の匂いをゆっくりと散らしていく。
「……疲れた」
陽菜がその場に座り込んだ。
「五十連ってやっぱきついわ」
透は広場の端で水精霊を消している。
淡い水の光が空気に溶け、静かに消えていく。
「魔力消費は大きかったはず」
結月が腕を組みながら言う。
陽菜が手を振った。
「まあでも楽しかった」
迅が笑う。
「お前ほんと戦闘好きだよな」
「迅に言われたくない」
そんなやり取りの中で、黒斗だけは広場の影を見ていた。
「……もう軍はいない」
短く言う。
気配を確認していたらしい。
悠真がほっと息を吐いた。
「怪我人はいません」
「軽い打撲くらいですね」
迅が肩を回す。
「いや結構痛い」
「それ軽いって言わない」
陽菜が笑う。
少しずつ、空気が緩んでいく。
戦闘の緊張が抜け始めていた。
だが――
梓だけは黙っていた。
広場の中央。
さっき迅と一緒に突っ込んだ場所を見ている。
俺はその横に立つ。
「何を見ている」
梓は視線を動かさない。
「……楔」
短い言葉だった。
俺は答えない。
梓は続ける。
「凪の胸に刻まれた紋様」
「さっきあれが少し動きました」
風が止まる。
遠くで迅たちの声が聞こえる。
だがこの場所だけ、妙に静かだった。
「見えたのか」
梓は小さく頷く。
「一瞬だけ」
「黒い線が、脈打っていました」
「心臓みたいに」
俺は息を吐く。
やはり完全には固定されていない。
楔は刻まれた。
だがまだ安定していない。
「……時間がない」
梓が言う。
俺は頷かない。
代わりに聞く。
「怖いか」
梓は少しだけ笑った。
「怖いですよ」
そのまま続ける。
「でも」
「もっと怖いのは」
少し間が空く。
そして小さく言った。
「先生が同じことをすることです」
胸の奥が少し軋む。
俺は空を見上げる。
夜空は静かだった。
亀裂もない。
歪みもない。
だが――
知っている。
あの感覚を。
空間が軋む前の、あの静かな違和感。
梓が言う。
「また楔が必要になったら」
声は落ち着いていた。
だが強い。
「先生、自分を使いますよね」
俺は答えない。
数秒の沈黙。
それから言う。
「教師は生徒を守る」
梓はため息をついた。
「それ、答えになってません」
少しだけ振り向く。
その目は、昔と同じだった。
地球の夜。
屋上。
兄が笑った夜。
梓は言う。
「一人で背負うのはやめてください。
それ、正しい選択じゃない」
俺は苦笑する。
「それはまだ分からない」
梓は首を振る。
「分かります」
その言葉は、強かった。
「だって」
小さく続ける。
「もう一回見てるから」
風が吹く。
広場の焦げ跡が、夜の闇に溶けていく。
遠くで迅が叫んだ。
「先生ー!帰らないんすか!」
陽菜の声も聞こえる。
「夜飯!」
透が小さく言う。
「……平和」
俺は小さく息を吐く。
そして歩き出す。
梓も横に並ぶ。
広場を出る直前、俺は一度だけ振り返った。
戦闘の跡が残る石畳。
その下で、わずかに魔力が揺れている。
楔。
世界を固定するもの。
そして――
いつかまた、誰かを選ぶもの。
俺は小さく呟いた。
「……まだ終わってない」
夜風だけが、それを聞いていた。




