23話 会話
広場に残っていた熱気が、ゆっくりと冷えていく。
さっきまで魔玉が爆ぜ、剣がぶつかり、雷と風が飛び交っていた場所とは思えないほど静かだった。
兵士たちは動かない。
第零組も動かない。
全員の視線が、広場の中央に立つ男へ向いていた。
グレイン。
王国軍の少佐。
鎧の隙間から覗く目は、戦場慣れした人間特有の落ち着きを持っている。さっきまでの戦闘を見ても、まったく慌てていない。
ただ静かに、状況を観察していた。
俺はゆっくり前に出る。
迅が小さく言った。
「先生」
「大丈夫だ」
短く返す。
グレインは数歩こちらへ歩いてきた。
兵士たちは道を開ける。
広場の中央で、俺とグレインが向き合う形になった。
数秒の沈黙。
先に口を開いたのはグレインだった。
「……教師」
声は低いが、威圧感はない。
ただ事実を確認するような調子だった。
「君のクラスは優秀だ」
俺は肩をすくめる。
「自慢の生徒だ」
グレインは広場を見渡す。
盾を構えたままの兵士。
魔力を維持している魔術兵。
そして第零組の連中。
迅はまだ剣を握り、梓は半歩前で構えを崩していない。
透の精霊は完全には消えていない。
黒斗はすでに影に半分溶けている。
戦闘は止まっているが、終わってはいない。
グレインはその空気を感じ取っている。
「もう一度やれば、こちらも本気で制圧する」
静かな声だった。
脅しではない。
事実だ。
俺は答えない。
代わりに質問する。
「徴用は取り消しか?」
グレインは少しだけ考えた。
「それは軍の決定だ」
「だが」
そこで言葉を区切る。
そしてゆっくり続けた。
「この状況で生徒を連れていくのは合理的ではない」
陽菜が小さく呟いた。
「やっぱり、まとも」
迅が肩をすくめる。
だが俺はまだ視線を外さない。
「理由は」
グレインは俺を見る。
「戦力評価が変わった」
そう言って、広場のあちこちを見る。
陽菜の焦げ跡。
透の水膜。
兵士の剣を弾いた石畳の破片。
そして迅と梓。
「十人で部隊を崩した」
短く言う。
「これは戦力だ」
迅が少し誇らしそうに笑った。
だがグレインの言葉はそこで終わらなかった。
「そして――」
視線がわずかに鋭くなる。
「制御できない戦力でもある」
その一言で空気が変わる。
兵士たちの緊張が戻る。
グレインは俺を見る。
「九条朔夜」
名前を呼ばれた。
「教師としての君の能力は理解した」
「だが軍は違う基準で動く」
俺は腕を組む。
「知ってる」
グレインは小さく頷く。
「なら話は早い」
そして一歩だけ近づいた。
声が少し低くなる。
「御影少年の件だ」
空気が止まる。
第零組の連中が一斉にこちらを見る。
グレインは続けた。
「楔」
誰も言っていない言葉だった。
だが、グレインは知っている。
俺は何も言わない。
グレインは視線を外さず言う。
「中央の方々は納得していない。」
だが私は現場で直接少年を見た」
広場の奥。
あの部屋の方向を一瞬だけ見る。
「空間歪曲。封印術式。そして刻印」
短く並べる。
迅が小さく息を呑む。
梓の視線が鋭くなる。
だがグレインはそれ以上追及しなかった。
代わりに言った。
「やはりこれは軍の任務ではない。学園の問題だ」
その言葉は、兵士たちにも意外だったらしい。
数人が顔を見合わせる。
俺は静かに言った。
「助かる」
グレインは小さく笑った。
「助けたつもりはない」
それから兵士たちを振り返る。
「撤収」
命令は短い。
兵士たちはすぐに動き始めた。
盾を上げ、隊列を整え、広場を離れていく。
戦闘は完全に終わった。
最後にグレインだけが残る。
広場の出口で足を止めた。
振り返る。
「九条朔夜」
俺を見る。
その目は、さっきより少しだけ真剣だった。
「次に動くのは再び軍となるか、それとも学園か。それとも君か……
軍も一枚岩ではないからな」
その言葉だけ残して、グレインは広場を出ていった。
足音が遠ざかる。
完全に静かになった広場で、迅が大きく息を吐いた。
「……なんだったんだあいつ」
陽菜が笑う。
「敵なの?味方なの?」
透は静かに言う。
「……軍人」
結月が小さく頷く。
「合理で動く人」
俺は広場を見渡す。
砕けた石畳。
焦げ跡。
まだ残っている魔力の残滓。
そして第零組。
さっきまでバラバラだった十人が、今は同じ方向を見ている。
俺は小さく言った。
「今日は終わりだ」
迅が笑う。
「先生」
「勝ちました?」
俺は少し考える。
そして答えた。
「……まだだ」
本当の戦いは、これからだ。




