12話 拘束
朝の空気は、妙に冷たかった。
訓練場に向かう途中で、俺はそれに気づいた。
人の気配が多い。
それも、生徒の気配じゃない。
金属の擦れる音。
鎧。
規律のある足音。
……軍だ。
嫌な予感は、だいたい当たる。
訓練場の入口に着いた時には、もう第零組の連中が集まっていた。
迅が腕を組んで立っている。
「先生、軍っす」
見れば分かる。
訓練場の中央に、十人ほどの兵士が立っていた。
昨日より明らかに多い。
その中央にいるのは――
グレイン。
あの男は、相変わらず感情のない顔をしている。
俺が近づくと、兵士たちの視線が一斉にこちらへ向いた。
……威圧のつもりか。
意味はない。
「朝から騒がしいな」
俺は言う。
グレインは淡々と答えた。
「徴用対象の回収に来た」
その言葉で、空気が一瞬固まる。
凪の肩が、わずかに動いた。
迅が一歩前に出る。
「回収ってなんだよ」
兵士の一人が言う。
「国家命令だ」
迅の顔が険しくなる。
「だからって――」
「迅」
俺が止める。
迅は歯を食いしばるが、下がった。
グレインは紙を取り出す。
「御影凪」
「前へ」
凪は動かなかった。
数秒。
静かな風が吹く。
そして、凪はゆっくり歩き出した。
俺の横を通る。
顔は落ち着いている。
だが、胸の奥の魔力が揺れている。
……まだ安定していない。
グレインが言う。
「抵抗の意思は?」
凪は小さく首を振る。
「ありません」
兵士が手錠のような魔導具を取り出す。
魔力封鎖具。
俺は眉をひそめた。
「そこまでやる必要があるのか」
グレインが答える。
「共鳴値が高い」
「万が一に備える」
凪が手を差し出す。
その瞬間だった。
「待ってください」
鋭い声が響く。
梓だ。
一直線に歩いてくる。
兵士が少し身構える。
梓は凪の前に立った。
「必要ありません」
グレインが眉を動かす。
「理由は」
「凪は危険じゃない」
梓は迷いなく言う。
「ここにいればいい。
学園で訓練すればいい」
グレインの声は冷たい。
「判断するのは軍だ」
梓は睨む。
「人を道具みたいに――」
「梓」
俺が言う。
梓の肩が止まる。
「……下がれ」
数秒。
梓は唇を噛む。
だが、凪の横から離れない。
凪が小さく言う。
「神代さん、俺は大丈夫」
梓は振り返らない。
「大丈夫じゃない」
凪は少し笑う。
「俺が決めた」
その言葉に、梓が一瞬黙る。
グレインが兵士に目配せする。
兵士が封鎖具を凪の手首に装着する。
金属音。
魔力が遮断される。
その瞬間。
凪の胸の奥の魔力が、ほんの一瞬だけ震えた。
俺はそれを見逃さない。
……まずい。
あの揺れ方。
あの感覚。
胸の奥が嫌な記憶を呼び起こす。
夜。
結界。
黒い紋様。
「……」
凪は兵士に囲まれ、歩き出す。
出口へ。
梓が拳を握る。
迅が低く言う。
「これで終わりっすか」
俺は答えない。
兵士たちは凪を連れて訓練場を出ていく。
その背中を見ながら、俺はゆっくり息を吐いた。
……違う。
あの揺れ方は。
あれは。
ただの魔力不安定じゃない。
楔共鳴。
風が吹く。
訓練場の空気が、ほんのわずかに歪んだ気がした。
俺は小さく呟く。
「間に合え」
誰に言ったのかは、自分でも分からなかった。




