11話 夜の訓練場
夜の訓練場は、昼とは別の場所みたいに静かだ。
昼間は剣の音や魔玉の破裂音が絶えないが、今は風の音しか聞こえない。
砂地の上に、月の光が白く落ちている。
俺はゆっくりと歩きながら、中央の標的の前で止まった。
昼間の焦げ跡がまだ残っている。
迅の火。
陽菜の弾幕。
そして凪の闇。
……あの闇は、嫌な感触だった。
静かすぎる。
深すぎる。
あの夜に近い。
「先生」
後ろから声がした。
振り向くと、凪が立っていた。
夜風で髪が少し揺れている。
「こんな時間に何してる」
「……練習です」
手を前に出す。
闇の魔力が集まる。
小さな球が生まれる。
だがすぐに形が崩れる。
凪は小さく舌打ちした。
「安定しません」
「昼よりマシだ」
「慰めですか」
「事実だ」
凪は少し黙る。
それから言った。
「俺、選ばれましたね」
「そうだな」
「兵士に」
俺は答えない。
凪は空を見る。
「正直、怖いです」
「そりゃそうだ」
「でも」
凪は拳を握る。
「逃げるのも違う気がする」
その言葉に、胸の奥が少しだけ重くなる。
あの夜と同じだ。
同じ目。同じ声。
俺は砂を軽く蹴る。
「一つ聞く」
凪がこちらを見る。
「もし」
言葉を選ぶ。
「もし、お前がいないと世界が壊れると言われたら」
凪は少し驚いた顔をした。
「極端ですね」
「仮定だ」
凪は少し考える。
風が吹く。
数秒。
それから、静かに言った。
「……分かりません」
「そうか」
「でも」
凪は続ける。
「もし俺しか出来ないなら」
言葉が止まる。
凪は目を伏せる。
「その時に考えます」
俺は小さく息を吐く。
「今考えろ」
凪は苦笑した。
「先生って、結構厳しいですよね」
「教師だからな」
凪はもう一度魔力を集める。
闇が集まる。
今度は球が少し長く維持される。
一発。
闇の魔玉が標的へ飛ぶ。
鈍い音。
木板に深くめり込む。
凪は少しだけ笑った。
「……出来ました」
「まだ遅い」
「分かってます」
沈黙。
夜の空気が静かに流れる。
凪がぽつりと言った。
「先生」
「なんだ」
「先生って」
少し迷ってから続ける。
「昔、誰かを助けられなかったことあります?」
心臓が、わずかに止まる。
月の光が砂を照らしている。
遠くで夜鳥が鳴いた。
俺は少し考えてから答える。
「ある」
凪はそれ以上聞かなかった。
ただ頷く。
「……やっぱり」
その言葉の意味は分からない。
だが凪の胸の奥の魔力が、ほんの少しだけ揺れた。
俺はそれを見ている。
……近い。
嫌なほどに。
あの夜に。
凪はもう一度魔玉を作ろうとする。
だが今度は闇が少し濃くなりすぎた。
空気が、ほんの一瞬だけ歪む。
俺はすぐに手を伸ばし、凪の手首を掴んだ。
魔力を流し、循環を止める。
闇が霧のように消える。
凪が驚いた顔をする。
「……今の」
「集中しすぎだ。暴走しかけた」
凪は黙る。
少しだけ顔色が悪い。
俺は手を離す。
「今日は終わりだ」
「寝ろ」
凪は頷く。
「はい」
歩き出す。
途中で止まり、振り返る。
「先生」
「なんだ」
「俺、逃げません」
その言葉を残して、凪は寮の方へ歩いていった。
俺はしばらくその背中を見ていた。
夜風が吹く。
静かな訓練場。
だが空気の奥で、何かが軋んでいる気がする。
俺は小さく呟く。
「……来るな」
願いみたいな言葉だった。




