とある学生
「迅速な怪人討伐、被害は最小限。」ニュースはそれだけを告げて物語がめくられていく。
誰もモブ達なんかを見ていない。
とある漫画の中で、僕は怪人に捕まった。
周りには倒れて動かない人が何人もいた。
誰も声を出さない。出せない。
僕も同じになるのだと思った。喉がひくりと鳴って、それきり音は消えた。
そのとき、歓声が上がった。
ヒーローが来たらしい。
空気が変わった。
さっきまで支配していた恐怖が、嘘みたいに後ろへ押しやられていく。
怪人は次々と倒れ、時間にしてほんの数分だったと思う。
騒ぎは終わった。
街は、救われた。
ニュースはこう伝えた。
「被害は最小限。犠牲者は4人」
それだけだった。
ヒーローは次の怪人を倒しに行き、
ページは次へ、次へとめくられていく。
僕たちのことを、誰も見ていないまま。
だから勝手に話す。
その日、犠牲になった僕たちのことを。
――4人の、名もないモブの話を。
「1」 とある学生
朝、目が覚めて学校へ行く。
それを繰り返す毎日が、少しだけ息苦しかった。
嫌いなわけじゃない。
好きな給食もあるし、少し得意な教科もある。
ただ、全部が最初から用意された枠の中にあった。
自分は、背景なんじゃないか。
主役の後ろで、名前も呼ばれずに立っている存在。
そんなふうに思うと何故か自分がモノクロに思えた。
その日も、学校へ向かって歩き出した。
家を出て三分も経たないうちに、地面が割れた。
地震じゃない。
怪人だった。
気づいたときには、体が宙に浮いていた。
視界いっぱいに開いた口。
これで終わりだ、と頭が理解するより先に、体が固まった。
次の瞬間、衝撃。
怪人の体が吹き飛び、地面に叩きつけられた。
ヒーローだった。
強かった。
怖さも、悲鳴も、まとめて消し飛ばすみたいに怪人を倒した。
助かった。
そう思うまで、少し時間がかかった。
ヒーローが立ち去ろうとしたとき、
気づいたら僕は叫んでいた。
「僕も、あなたみたいになれますか」
ヒーローは足を止め、ほんの一瞬だけ考えるように間を置いてから、振り返った。
「なれるさ」
それだけだった。
でも、その背中はやけに大きく見えた。
こんなふうになればきっと世界が変わって見れる。
本気で、そう思ってしまった。
そして自分に、ほんの少し色がついた気がした。
その日から、僕は体を鍛え始めた。
雨の日も、雪の日も走った。
手の皮がむけても、息が切れて倒れてもやめなかった。
途中で、小さな成功もあった。
転びそうになった子を支えた。
喧嘩を止められたこともあった。
「もしかしたら」
そんなように思えるようになっていった。
怪人が現れたら、次は自分が。
ヒーローが来るまでの時間くらい、稼げるはずだ。
そう信じて疑わなかった。
そして、その日は突然やってきた。
街で買い物をしていると、怪人が現れた。
悲鳴が上がり、人が散っていく。
考える前に、体が動いた。
殴った。
蹴った。
でも、何も起きなかった。
拳が痺れ、皮膚が裂けただけだった。
怪人は、こちらを見ようともしなかった。
まるで、そこに存在していないみたいに。
怪人の視線は、ずっと遠くを見ていた。
――ヒーローが来る方向を。
その瞬間、はっきり分かった。
僕は、物語の登場人物じゃない。
怖い、と思ったのはそのあとだった。
足が動かなくなり、息が浅くなる。
ヒーローは勝つ。
それが、この世界の決まりだ。
でも僕は、ヒーローじゃなかった。
捕まったとき、ようやく理解した。
自分の抵抗が、どれほど意味のないものだったか。
怪人が来たら倒す、なんて言っていた自分は、馬鹿だった。
これからどうなるんだろう。
そう考えたとき、胸の奥が熱くなった。
自分に、確かに色がついた気がした。
でもそれは、輝かしいものじゃなかった。
希望でも、憧れでもなかった。
それは、逃げ場のない、はっきりとした恐怖の色だった。
⋯⋯⋯




