犬の墓
今日、犬が死んでいるのを見つけた。
私は犬の死骸を確認し、視線を配り、誰もいないことを確認した。だが、ここは辺り一面に森の広がる山中で、誰もいないことは明らかだった。
私は安堵し、安堵した自分に気づいて怖気だった。
けれども案外簡単に冷静さを取り戻した。それから私は、犬の死骸のとなりでスコップを使い、穴を掘った。墓を作るのだ。
ふと、私はどうしてこんなところにスコップがあり、また犬の死骸が目の前にあって、そもそもなぜ私がこんな所にいるのか、皆目見当もつかなかったが、気にも留めなかった。
スコップを握りしめる右手の傷が痛んだ。
穴が完成すると、肉細工と化した白い雑種犬の塊を見つめ、心の底が震え上がった。
どうして僕はこの物体と化した、冷たい毛玉を恐れているのか、どうにも記憶が定かではなかった。
ただ一つ理解できることは、僕はこの、つい昨日まで生きていたはずであろう生命に対して憐憫を覚えていたし、同時に憎しみを持っていたのだ。だが、なぜこのような取るに足らない、人間にも及ばない下等な生物を憎むのか、憎む以上に恐れ、死んで動かなくなったことに安心し、安心の裏側で恐怖を覚えているのだろう。
俺は犬の死骸を穴の中に叩きつけ、スコップの重さを、一心に首元に加えた。
土を投げかけた。
足下にスコップを置き、右手の痛みさえ忘れながら、土を投げつけた。
何度も何度も何度も――
そいつが憎しみの対象であると俺自身に言い聞かせ、土を投げつけた。
・・・
私はそこに立ちすくんでいた。
心霊スポットを取材するテレビ番組のカメラマンとして、ある山を訪れた。
目の前には今をときめくタレントが、傷一つない、美しさを誇る作られた容姿を傘に立て、わざとらしい挙動で歩いている。
私はカメラを持つ右手の傷が疼いた。途端にカメラのレンズから顔を離し、私の美しい顔が目に入った。そこから我に返り、レンズ越しのタレントを捉える。
そこに立っていたのは、本当は俺だったのだ――
それから私は、タレントの足の先にある土の盛り上がりを見つけ、怪訝に思った。
やめろ。
そこに行くな。
俺の前に現れないでくれ。
頼む。
許してくれ。
無意識に――僕はそいつに懇願した。
「ここですね。犬の幽霊が出るという、噂の――」
タレントが言い、絶句した。
――かつて僕の手を噛んだ飼い犬の生首が、白い毛玉の中で充血させた目玉を、そいつに土を投げつけたあの日の俺のような眼で、土の上に置かれているのだ。
私はこいつに傷をつけられたせいで、俳優としての道を断たれた。
右手が、蠢いた。
そして、もう一人の僕、ないし俺がしでかした罪を、今でも憎み続けていたのだ。
私は悪くない。なぜなら、あの日の前日まで平穏を装っていたこいつが、突然に私をかみつけ、同時に俺を生んだのが悪いのだ。
だが私は永遠に、こいつの幻影に苛まれる。そんな気がした。
他責思考な時って、ありますよね。




