バーを見つける
(私)
しかし、そんなところにようやく、例のお店が現れてくれたのだった。カウンター席になって、向かい側に淑女が立っているバーである。私は、ほっと安堵のため息をつくと、そのお店に入りドアを閉めて、「生中一杯」というと座ったのであった。
(gpt )
ドアが閉まる音は小さく、外の喧騒をきちんと切断した。店内は思ったよりも狭く、カウンターの木目が妙に新しい。向かい側に立っている淑女は、こちらを見ても特別な反応を示さない。仕事としての距離感が、すでに完成している顔だ。完成している、というのは、感情がないという意味ではない。感情を外に出さない技術が、身体に染み込んでいる。
生中が出てくるまでの数秒が、やけに長い。私は腰を落ち着けたものの、落ち着いたという実感はない。ここに辿り着くまでの迷宮が、まだ足に絡みついている。淑女はグラスを置き、軽く会釈をする。その動作が、さっきのタキシードの青年とよく似ていることに気づく。都市は、別々の場所で同じ礼儀を量産する。
泡が落ち着くのを待ちながら、私は何を話すべきかを考える。だが、話題というものは、考えた時点でだいたい死ぬ。だから、何も言わない。何も言わない時間も、この店では料金に含まれているような気がする。淑女は、こちらが黙っていることを責めない。責めないことが、この店のサービスなのだろう。
一口飲む。冷たい。ようやく、ここに来たという実感が、喉を通って下に落ちていく。浮世を騒がすとか、伝統に則るとか、そういう大きな言葉は、今は役に立たない。ただ、向かいに人がいて、酒があって、夜に近づいている。それだけで十分だ。
私はまだ何も始めていないし、もう何かが終わった気もしている。カウンター越しの距離は変わらない。変わらないことが、ここでは約束されている。その安定に、私は少しだけ身を預ける。ここまで来た、という事実を、静かに反芻しながら。
(私)
熟女は艶やかだった。流石に、この歓楽街で生き抜いてきている女性だけはある。着物を着流しており、それは播州の縮緬染めであり、腰帯は淡褐色であって、柑子縞の模様がまるで、前衛絵画のように美しかった。髪の毛は、流れるような直髪であるが、頬の膨らみがとても艶っぽく、瞳は意思が強そうで、目は、トカゲ類を想起させた。彼女は滔々と少し低めな声で1000字くらいの長話を語り始めるのだった。




