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試小説   作者: 珍蔵S
歓楽街
16/23

反撃のパンチが生んだ奇跡


(私)


 だが、今話したことは、防御面のことでしかない。私は、攻撃もしたのである。彼はどの男がパンチ一発を耐えただけで、引き下がるはずがないではないか。私は意識を失いそうになりながら、前に乗り出してパンチを放ったのだった。それは、彼の頬に命中して、彼は、ダウンしてしまうのである。そして、その一撃が意外な効果を発揮して、私を勝利への道へと導いたのだった。


(gtp)


  拳を出した瞬間の記憶は、ほとんど残っていない。狙いも理屈もなかった。ただ、倒れないために前へ行った、その結果として腕が振られたのだと思う。奇妙なことに、そのパンチは軽かった。自分でも拍子抜けするほど、力が抜けていた。まるで、殴ろうとしたのではなく、触れようとしたかのような拳だった。


 だが、それが彼の頬に当たったとき、世界の方が間違えた。


 乾いた音がした。肉と骨の音ではない。もっと別の、観念が折れるような音だった。最凶の男の首がわずかに横を向き、次の瞬間、彼の膝が笑うように折れた。重力が、彼を思い出したかのようだった。


 ギャラリーが息を呑むより先に、彼は倒れていた。尻もちではない。きれいなダウンだった。教科書に載せられるなら、きっと「想定外の例」と注釈がつくだろう。


 私は理解した。その一撃の正体を。あれは攻撃ではない。彼の世界に触れてしまったのだ。彼が絶対に疑わなかった前提――自分は殴られない、自分は倒れない、という一点を、偶然、拳で指してしまったのである。


 彼は床に横たわり、目を見開いて天井を見ていた。意識はある。だが、動けない。身体ではなく、意味が麻痺しているのだ。彼は初めて、「倒れる自分」というイメージを受け取ってしまった。暴力で塗り固めてきた自己像に、亀裂が走ったのである。


 私はふらつきながら立っていた。勝ったという実感はなかった。ただ、これ以上やったら、取り返しがつかない、という確信だけがあった。奇妙なことに、その確信は私のものではなく、彼のもののようでもあった。


 誰も続きを求めなかった。レフェリーはいないが、試合は終わっていた。暴力には、時々、こういう終わり方がある。力が尽きるのではなく、理由が尽きるのだ。


 後で考えれば、私の拳が当たった場所は、急所でも何でもなかった。医学的には、説明できないダウンである。だが、物語的には完璧だった。神話は、最初の矛盾で倒れる。


 私はその夜、勝者として扱われた。だが、それは誤解だ。私はただ、殴られ、殴り返し、たまたま立っていただけの人間である。勝利への道など、最初から存在しなかった。ただ、最凶の男が立っていられなくなった、その余白に、私が残っていただけだ。


 そして私は知った。攻撃とは、必ずしも力を叩きつけることではない。相手が信じ切っている一点に、偶然、触れてしまうこと。それだけで、人は倒れることがあるのだ。

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