1話 何故だか気分が落ち込んでいます
キーンコーンカーンコーン
「やっとお昼休憩だ…」
勤める会社の昼を告げるチャイムが鳴り響き、私はパソコンを打つ手を止めて、大きく背伸びをした。
私が勤務するのは、そこそこ規模の大きな製造会社の事業所。
その中には複数の協力会社が入っており、そのひとつに勤める事務員。
席を立った私は、お弁当を手に取り、同じフロアで働く他社の事務員に声をかける。
「屋上、行こ!」
私に声をかけられ、笑顔でスッと立ち上がったのは水瀬奏音。
入社時期が同じで名前も似ている私達は、すぐに打ち解けて仲良くなった。
さらに、好きなアーティストやゲームの趣味も共通していたことで、親友と呼べるほどの絆が生まれていた。
いつものように屋上へ向かい、備え付けのテーブル席に腰を下ろす。
一口お茶を飲んだあと、お弁当の包みを開け始めると、奏音は満開の笑顔で話しかけた。
「もうすぐだね!Astyrの野外ライブ!ホテルも予約したし、家から行くよりゆっくりできそうだよね!」
「えっ?あ、そうだったね。Astyrの地元を挙げての野外ライブ…」
楽しげな奏音とは対照的に、私はそのイベントをすっかり忘れていて、思わずそっと視線を逸らした。
いつもなら同じテンションで盛り上がるのに、今日はどこか違う私に。奏音は首を傾げた。
「沙音、何かあった?今日、忙しかった?」
「え?そうでもないよ。ただね…」
奏音に心配され、ハッとしたように顔を上げた私は、
そのまま、胸の内に引っかかっていた感情を口にする。
「なんかさ、本当に行ってもいいのかなぁって。」
「なんでそんなこと思うの?いいに決まってるじゃない!
私たちファンだよ?しかも地元だし、行かない選択はないでしょ!」
「そうなんだけど…何て言えばいいんだろう。私なんかが行ってもいいのかなぁって。」
「うーん…。今日は沙音、疲れてるんだよ。そんな風にマイナスになるなんて!
お昼食べたら、一緒に動画観よ?面白い人見つけたんだよ!」
「…うん。ありがと、奏音。」
私の変化に気づいた奏音は、心配そうな表情で私を見つめながらも、
何かを察したように話題を切り替えて笑顔を見せた。
このよく分からない感情のせいで奏音を心配させてしまった私は、
考えるのをやめて奏音との会話に集中した。