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百物語が終わる迄  作者: 藤田 一十三
二日目終了後
99/143

長い夜の終わりに。

「もう少し水飲む?」

「お願いします」

 名前書きを羽生(はぶ)に任せた神谷に聞くと、あっさり頼まれる。森山に世話をされるのにも慣れてきたらしい。椅子の背もたれに背を預けて、ようやく息をついている感じだ。

 森山はコップを置きながら、

愚痴(ぐち)ならいくらでも聞くけど?」

と神谷に言ってみる。

「三時間くらい聞いてくれるなら言いますよ」

「うーん、また今度ね」

 神谷にそんな体力は残っていないだろう。さきほどはコップに半分以下で重そうだったが、少しは回復したかとコップ半分くらいの水の量にしてみた。神谷は、両手でしっかり持って頑張って持ち上げている。もう少し減らしておいてやればよかった。張り倒された頬は、少し腫れているようだ。

 羽生が五人の名前を書き、神谷が仕上げをしたところで、石井が姿を現した。

「ご準備がよろしければ、お帰りの皆様をお送りいたします」

 神谷がお札回収用のビニール袋を出す。各自新しい札をもらい、なんとなく全員背中を向けて古いお札を外した。

「うわー」

「きゃー」

 森山と岩田で、変な声を出してしまった。

 お札が、ボロボロになっていたのだ。

 白い新しい和紙だったはずが、赤茶色に縮れて(ふち)周りがところどころ破け、墨文字の周りに穴が開いたりしている。お札は仕事をしたらしい。

 神社までの大穴を開けた札が先に入っているビニール袋に入れたあと、皆して手を合わせてしまった。

「持って帰ったお札は神社でもお寺でもいいので古いお札置き場に出してください。お守りあったらその中に入れちゃって一緒に出してもいいですよ。岩田さん、うちのお祭り来るならうちの置き場に出してください」

 神谷は、神主の資格を持つというが、技術的には神社もお寺も祝詞も真言もなんでも一緒くたらしい。まあ、日本の歴史としては昔は神社もお寺もごっちゃだった時代があり、その後無理やり分離したり氏神様などの身近な神様も知れた名前の神様に置き換えたりといろいろなことをやっている。そもそも正月には神社でも寺でもいいから行くし七五三で神社に行ったかと思えば葬式はお坊さんを呼びクリスマスにはケーキを食べる日本人だ。神社も寺も、厳格なところももちろんあるのだろうけれど、その前提でもあるのだろう。

「さっきの電話の亜希さんって、何者?」

 岩田が、興味深々に尋ねる。

冬一(ふゆいち)さんて七縛りのお医者さんの奥さんです。防衛大卒の元自衛官。お子さんは七縛り二人。今は相談役代理ってことでいろいろ仕切ってます。冬沙(ふゆさ)さんてのは冬一さんの妹で家長(かちょう)の嫁。亜希さんは冬沙さんの天敵」

 冬沙というのは明日やってくる予定の、家長の子を中学生の時に生んだ女性だという。二人の子がいるが、中学の途中から子育てに専念しており、本家の相談役候補だったが今は亜希が候補どころか事実上の相談役になっているのだという。冬沙の第二子と亜希の第一子が同じ年なので、いろいろ対立があるらしいが、亜希はまったく気にしていないという。

「冬一さん冬沙さん兄妹は田中さんのお母さんのいとこで、森山さんだと、はとこかな。冬沙さんはまだ三十歳くらいなんですけどね、家長以外の七縛りの子供を産みたいらしくて、七縛りの男性陣は狙われているんですよ。明日来る冬太(ふゆた)さんと塔の地下にいる冬尚(ふゆなお)さんは除外してるようですが。そんなわけで、ヒコ兄と俺と甥っ子と、あと冬一さんが困ってます。ああそうだ、冬太さんは冬音(ふゆね)さんと冬治(ふゆじ)さんのお子さんです。森山さんの異父弟(おとうと)ですよ」

「ええ?」

 他人事(ひとごと)ながら大変だなあと思っていたら、いきなり、森山に話が回ってきた。明日は兄弟の初対面になるらしい。二、三歳下だったと思う。酔っぱらった祖父が、その弟が原因で離婚したと言っていた気がする。

「ええと、ユータさんて言われてた?」

「そうです。みんな「冬」がつくんで、「ふ」とか「ふゆ」をカットして呼ぶことが多いんです」

「それで神谷さんもユキちゃんなんだ?」

「そうです。冬彦叔父さんはヒコだけ。冬太さんは奈々谷津系列の総合病院の事務長さんで、看護師さんと結婚してお子さんが一人。祭りに一人で来るだけなんであまり話はしたことありませんけどね、事務的に祭りの仕事もこなして、すっと来てすっと帰っちゃう。七年祭(しちねんさい)も日帰りの人。亜希さんの扱い方からすると、いい人なんじゃないですかね」

 オホン、と石井が咳払いをした。早くしろということらしい。

「私は泊まりたいわ。真里亜ちゃんとまた話したいんですけど」

「承知いたしました。お部屋はすべて本日清掃済みですので、お好きなお部屋をお使いください」

「私は帰るかな。気になるけど。ていうか、明日仕事さぼり扱いなのかしら。ヤバ」

「そちらにつきましては、明日はこちらの休憩所に直接いらしてください。百物語の文字起こしのチェックをお願いすると、社長が申しておりましたので」

「社長?」

「社長は奈々谷津ひかりと申します」

 ゴスロリは遊園地の社長だったのか。

「明日ここに来たらいいわよ。私もいるわ。連絡先教えて?」

「はいな」

 羽生と岩田が連絡先を交換している。森山は、寂しそうな田中に声をかけて一応連絡先を交換した。

「じゃあ、僕は、これで」

「私も明日出直して来るね」

「帰ったらお清めした方がいいわ。石井さん、二人にそこのお酒持たせていいかしら? 田中さんはお風呂に入れてね」

「どうぞ選んでお持ちください」

 岩田が目を輝かせた。羽生さん、いい仕事するなあと、森山は思う。そういえば、岩田は今夜狙っている酒があると言っていた。

「お三方は、廊下の反対側に四部屋シングルがございますので、お好きに割り振ってご利用ください。エレベーターの脇にランドリー室もありますのでご自由にご利用ください。飲食はこちらの部屋のものをご自由にどうぞ、朝食は七時頃にはご用意しておきますので、随時お召し上がりください。鍵はそちらでございます。では失礼いたします」

「田中さん、終わったら打ち上げするからね、夕飯食べに出ると思って参加するのよ? お風呂は追い焚きはしないで、掃除は早めにしっかりね」

 岩田が田中の分も酒を選んで持たせ、言いながら石井について出て行った。最後に、二人が手を振ってきたので、森山は羽生とともに手を振り返す。神谷は視線だけであいさつをしていた。

 森山が神谷にも連絡先を尋ねようと近づいたところで、テーブル上に放置されていた神谷のスマホが振動した。スマホには『こー』と表示が出た。神谷は、スマホが重いらしく、またもやスピーカーモードでそれを受ける。

『叔父さん仕事終わったの?』

 同居の甥っ子君らしい。

「一応。悪いけど今日は帰れない」

『こっちはいいけど、ちゃんとメシ食ってちゃんと寝ろよー?』

「今日は、ちゃんと二食食べたぞ。冷蔵庫の焼きそば食べたし。あとは寝るし」

『一食足りないだろ。それより、かちょーから電話来たんだけど、俺のとこに。叔父さんに電話つながらないからって。今』

「亜希さんと話してたからな」

『あー。なんかすぐ電話寄こせって伝えろとか言ってたよ。俺に電話するくらいだからよっぽどなんじゃないの? 一応言ったからね』

「わかったよ。明日の予定もわからない。家事は任せた」

『いいけどさあ。祭りは明後日行くの? 当日朝?』

「当日朝四時出発予定。念のため一泊準備」

『りょーかい。じゃあほどほどになー』

「知らない人部屋に入れるなよ?」

『知ってる人も入れたことない人は入れません。じゃーちゃんとメシ食えよ』

 通話はそれで終わった。そして、切れるなりまた振動する。忙しい。スマホ表示は『かちょー』だった。

 神谷はまたスピーカーモードで受ける。

『亜希から話は聞いた』

「俺は巻き込まれただけですからね」

 いきなりバトルかと、森山はちょっと身構える。

『残りも(かた)せるのか?』

「主役は俺には無理ですよ。ほかは努力しますけどね」

『じゃあなんでこんなこと始めたんだ』

「奈々谷津に言ってくださいよ。俺だって始まってから気づいたんだから。止めるには術者を殺すしかないけど、術者が(なお)さんなんだから、死なないでしょ? 止める(すべ)がないなら乗るしかないじゃないですか」

『危険は?』

「七縛りは死ねない。それだけですよ」

『亜希は無事に戻せよ』

「来るならできるだけ努力します。その代わり後はお任せします」

『・・・・・・わかった』

 手持ち無沙汰だった森山は、羽生とともに軽食をいただきながら話を聞いている。隠すような話ではないということなのだろうか? だいぶ物騒な話をしているのだが。

『ついでに訊くが。三尾(さんび)が、娘がお前と会ってるらしいと言っていたが?』

 なんか楽しい話になってきたか?

「まあ、会うことはあります」

 ごまかしモードか?

『会う頻度(ひんど)は?』

 鋭い質問。

月一(つきいち)あるかないかくらいですよ」

『中途半端だな』

 本当だ。

「増やそうかなとは思ってますよ」

 おお。

『前向きでいいんだな?』

「そっちの家に訊いてください」

『わかった』

 それで通話は切れた。どうも、一族の皆さんは一様に、始めも終わりもろくに挨拶をしない習慣が身についているらしい。

 そして、神谷は彼女ができるかどうか微妙な時期のようだが、先に相手の親にバレてもめるかと思ったら家同士が先に話を進めそう、という感じだ。ちょっとかわいそうになってきた。

「ユキ君や、サンドイッチとおにぎりあるよ? どっちがいい?」

「お茶()れようか?」

 羽生も同様の感想なのか、ツンデレのデレが出ている。

「いりません。胃は機能停止中です」

 斬新(ざんしん)な断り方だ。

「じゃあ水より白湯(さゆ)の方がいいわよ」

 羽生が立ち上がって、湯呑にお湯を入れる。ついでに、急須を出してお茶を煎れる。

 森山と自分にはお茶を、神谷には湯冷ましを運んでくれた。

「ありがとうございます」

「こちらこそ、守ってくれてありがとう」

 言いおいて、羽生は返しを待たずに席に戻る。

「あちらは、寝ないのかしらね、塔の方」

「あっちは丸三日寝ないでやるはずです。飲み食いもしないでしょう。水さえも口内を湿らせる程度でしょうね」

「えええ?」

 あちらは密教系呪術師だという。ハードなものだ。

「私は明日に備えないと持たないので、気にせず寝ますよ」

 神谷はさっきまで一人称が「俺」だったのだが、回復してきたせいか「私」に戻った。

「その方がいいわ、気にして最善策がとれなきゃ元も子もないもの」

 羽生の方も敬語を使わなくなってきた。霊能者のレベルとしては神谷の方が断然うえなのだろうが、年下でもあるし、仲間たちを守りつつ仕事をする働きっぷりは、無茶をする弟分という感じなのだろうか。

「私なんかあとは高みの見物よ。それにしても家長って人すごいわね、亜希さんの無事は指示してたけど、自分の奥さんのことは放置?」

「まあ、冬沙さんはいろいろ困った人なので。その点だけは気の毒だと思わないでもないです。家長は、神宮(かんみや)だったのがちょうど二十一から七年で若かったうえに相談役の婆さん方がほかの家と結託して女の子送り込みまくったもんだから、女性陣の評判がすごい悪いんですよ、次の神宮からは一切手を出さなくなっただけにね。人妻も送り込まれてたらしくて、男性陣も両極端な評判です。相談役の婆さんにけしかけられたんでしょうけどね。今は亜希さんに非常識具合を叩き直されて周囲の評判を理解したようですが、その分冬沙さんが自由になってそれはそれで評判下がってますね」

 とりあえず、森山は三人分の酒を酒器(しゅき)に注いでやる。

「まあ、一応清めましょうや。岩田さんにならって。乾杯って感じじゃないけど」

「まあ、献杯の方が近いでしょうかね」

「お疲れ様でいいんじゃない?」

 羽生の意見をとって、お疲れ様と発声して酒器を軽く合わせた。

 強めだが飲みやすいお酒だ。もしかしてものすごく単価の高いやつを開けてしまったかもしれない。明日、岩田にきいてみよう。

 三杯ずつ注いだところで、神谷はあとは寝ますと宣言し、白湯の入った湯呑を片手で持とうとし、両手で持ち直して飲んでいる。まだ力が戻らないらしい。

 羽生は、自分も風呂に入ってからそろそろひかりのところに行くということで解散になった。

 羽生が自分も日本酒風呂をやるというので、森山も岩田が田中に薦めていた小瓶をもらう。

「ユキ君は?」

「溺れるのでシャワーにしておきます。水一本ください」

 森山は神谷を一番手前の部屋まで送り、本人の要望でシャワーの蛇口をゆるめてやる。確かに、現在超非力の神谷にはひねることはできなかったかもしれない固さだった。ついでに、トイレと風呂の扉も開けておいてやることにした。水のペットボトルも口をゆるめておいてやる。

「困ったら呼んで」

 と、連絡先交換をする。有名なアプリではなく秘匿性の高いアプリを薦めてみたら、神谷も使っているというのでそちらで交換することにした。

 神谷は、念のため部屋の施錠をしっかりするように言う。

「まあ、森山さんのところにはいかないと思いますけどね」

 冬沙対策だという。明日のメンバーが不安で、森山は神谷の部屋を出たあと、自分が飲む分の酒を追加で取りに行き、安眠することにした。


 神谷は、なんとか無事シャワーを浴びてベッドに戻ると、水を飲んで一息ついてから、ベッドにスマホを放り出した。

 水のボトルが持てたくらいなので、スマホももうさほど重くはない。

 少しそれをそのまま眺めたあと、菜摘のアドレスを出す。

 アイコンは、何故かただの黒縁眼鏡のイラストだ。推しキャラが眼鏡キャラなのかもしれないが、理由を訊いたことはない。

 ぽちっと、通話ボタンを押す。

 ゆっくりと、スマホを手にして、耳元に運ぶ。コール音が続く。

 切ろうかな、と、耳から離そうとしかけたところで、通話がつながった。

『こんばんはです』

「・・・・・・こんばんは。遅くにごめん。今日は、ありがとう、助かった」

『お仕事は、もう、大丈夫ですか?』

「今日は終わり。そっちの勉強は?」

『へへ。順調ですよ、意外と』

「それは良かった」

 しばし、双方で沈黙する。

「・・・・・・さっき、別件で本家の家長から電話あったんだけど」

『はい』

「なんか、そちらの家長から、会ってる話きいたって」

『え。おとうさん、言っちゃったですか』

「そうだね。それで、多少話訊かれたけど」

『申し訳ないです。すみません。口止めはしてなかったです』

「いや、ちょうどいいっちゃいいし。一応、前向きってことで、そっちの家に内々で話が入るかもしれない」

『え。それ、言っといた方がいいやつですかね?』

「そうだね、その気が、あってもなくてもね」

『・・・・・・先輩、まだ心配ですか?』

「そうだね。まだ、断れるよ」

『断らないですよ』

「危ないよ。知ってるでしょ? うちにかかわったらどうなるか」

『知ってますよ。私は、一家心中の生き残りですよ? 突然何かが起こるってこと、よく知ってます』

 今日、菜摘の話をした。

 家の焼け跡に残る父親。『助けてくれ』という声と想いだけの、残滓。

 あれは、神谷なら簡単に消すことができる。

 けれど、そのままにしてある。

 菜摘が、唯一聞ける、家族の声だから。

『お父さんが、私を助けてくれって祈ってくれてたって、先輩、言ったじゃないですか』

「うん。そう言ってるよ、なみちゃんのお父さんは」

『私、それ、教えてもらって。そのあと、すごい、視界が開けたんですよ。ぱーって』

「うん」

『自分は生きてていいのかって、すごい思ってたから。ただ、毎日、授業受けて、宿題やって、ごはん食べて。三尾(さんび)の家族に心配かけないようにして。だけど、何も、考えられなかった。何も考えちゃいけないと思ってた』

「うん」

『自分の名前がすごく嫌だった。なつみって。『つみ』って。『罪』が、自分にあるって、思ってた』

 だから、みんなに「なみ」と呼ばせていたのか。

『でも、私、悪くなかったんですよね。生きてて良かったんですよね?』

「生きてていいんだよ。なみちゃんは何も悪くない」

『なつみって、呼んでください』

「呼び方?」

『そう。先輩は「菜摘」って、私のこと呼んでください』

「なつみ」

『・・・・・・私が悪くないって、言ってもらってる気になれます』

「うん。菜摘。何も悪くないよ。生きてくれよ、ずっと。俺より長生きしてよ」

『それはどうかな。私も、先輩に長生きしてほしいですよ。でも、一緒でもいいですよ。残されるのは、いやだから』

「それは、ダメだよ」

『先輩だって、残されたらいやでしょう?』

「いやだけどね」

『わざとじゃないですよ。そういうこともあるならってことですよ。だから、断ったりしないですよ。私は、先輩と、生きたいです』

「・・・・・・わかった」

 先のことなど、明日のことだって、わからないのだけれど。

「わかったよ。そう、三尾の親に、言っていいよ。あとは、そっちの親がやっぱりって可能性もなくはないよ?」

『あ、それはないです、全然。危ないかもとは一応言ってましたけど、あとは本人同士良ければ、本家さんに頼むからって言ってました。根回しが早かったですけど』

「そっか。まあ、うちの家長もどうするかわかんないけど。多分、大丈夫だと思う」

『あ、それで、私はなんて呼びましょう? 先輩呼びじゃないやつ。いろいろ考えても、いいの思いつかないし。冬を使うとそちらのおうち冬がつく人ばっかだし。私の呼び方私が決めたから、先輩の呼び方、先輩が決めてくださいよ』

「はは、そうだな。まあ、身内は「ユキ」って呼んでるし、それでいいんじゃないかな」

『ユキ先輩』

「だから先輩はやめようって」

『ユキ、さん、かな?』

「さんもいらないけど」

『それは、慣れたら、考えます』

「わかったよ。・・・・・・菜摘」

『はい。ユキさん』

 神谷は、自然に笑んだ。久しぶりにまともに笑った気がする。

「お祭りで、会えたらいいね」

『はい。あ、私、神楽(かぐら)稚児舞(ちごまい)のお世話してますんで。終わったら食事処の方』

「わかった。じゃあ、明日もちょっとハードなんで、寝るよ。おやすみ」

『おやすみなさい、ユキさん』

「おやすみ、菜摘」

 ゆっくりと、通話を切った。

 明日が、どれだけハードな仕事になるか。

 七縛りは死なない。

 保障は、それだけだ。

 植物状態で次の七年祭の年まで生きた七縛りもいたという。

 明日は、最低でも今日くらいは働くことになるだろう。それ以上だと思った方がいい。そうすると、また、ろくに身動きできない状態になってしまう可能性が高い。

 何かあっても、自力では逃げられない。

 なんのために通話をしたのだろうかと思う。

 あんな話をして。

 明日、自分が生ける(しかばね)になるかもしれないのに。

 神谷は、大きく息を吐く。

 ごめん。

 心のうちで、菜摘に深く謝った。本当に悪いと思った。自分のためだけの通話だったと思う。ひどい奴だと思う。

 でも、それくらい、希望がないと。とても、明日に向き合うことができないのだ。

 ごめん。

 神谷は目元をこする。(またた)きしても視界が透明に濁ってしまう。深く息を吸う。

 明後日をちゃんと迎えられたなら、幸せにできるようがんばるよ。

 だから、ごめん。

 スマホを充電ケーブルにつなげる。時間が経って消えかけた画面が光り、黒縁眼鏡のアイコンが浮かぶ。それをしばし眺めたあと、神谷はスマホを枕もとの棚に置いた。


次は三日目開始前三話です。その後、百物語を再開します。

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