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百物語が終わる迄  作者: 藤田 一十三
二日目終了後
98/143

休憩所でもひと騒ぎ。

 森山は、明日も参加することにした。

 羽生(はぶ)は、明日は不参加と決めた。手に負えるレベルではない。そう、判断した。

 神谷がぶっ倒れたあと、すぐに石井が廊下から入って来た。穴が閉じて封印が解けたのだろう。廊下で待ちぼうけしていたらしい。

 そこで、羽生が翌日の不参加を申し立て、森山は続けると言った。

 結果、石井は、自分は羽生と岩田を一階出口から案内するので、森山に神谷を連れて昨日のルートをたどって休憩所に行けと言う。

 駐車場に向かわずにまっすぐ行けばドアがある。そこを抜ければエレベーターがある。それで三階に行き、目の前の部屋へ行け、と。

 神谷は、ぶっ倒れてはいたが声をかければちゃんと返事はするし、まったく動けないわけでもなかった。しかし、体はがたがたと震えていて、自由が利かないようだった。呼吸も不安定で時々咳き込んでいる。

 森山は、少し落ち着かせてから連れて行くと言い、石井は、羽生と岩田を連れて先に廊下に出て行った。二人も、外回りで一旦休憩所に行くという。先に、田中も行っているはずだ。

 両親とも、森山にほぼ気づかなかった。父親はまだ一応首をかしげていたが、母親は一顧(いっこ)だにしなかった。

 今日、出て来た中では、森山の母親がダントツで恐ろしかった。

 むくむくと、赤いワンピースで妖艶に笑む美女の姿のまま大きくなっていった。

 神谷にじわじわと襲い掛かっていく様子を、凍り付いたように見ているしかなかった。

脇で見ていただけでもあれほどに怖かったのだ。いくら場数を踏んでいようが技術があろうが、怖くなかったはずはない。

 英雄だとかヒーローだとか無敵だとか、そんなものはアニメや漫画にはいくらでも出てくる。しかし、現実にはどんな強い奴でも恐怖というものは感じるし、そのうえで戦っているものだと、四十にもなれば知っている。

 神谷も特に隠して格好をつけようとはしていない。

 強がりも言い訳もしないし、泣き言も言わない。

 どうねぎらうべきかと思いつつ、森山は断って神谷の荷物をまとめたあと、神谷を起こして座らせる。すぐには立たせない方がよさそうだったので、少し時間をおこうと言い、ぼんやり脇に座って壁を眺める。

 あの壁の向こうに開いた場所。

 あれは、神谷の実家の神社なのだろう。岩田の元彼も相当だ。しかし、あちらは神様が体にいるのだそうだし、みんなして平伏していたので問題なくどういう風にか良いようにしているのだろう。簡単とまでは言わなくとも、たいして負担なく。

 身一つで大勢の霊と対峙(たいじ)した神谷は、そもそも百物語を語るだけと言われてやってきたはずなのにこんなことに巻き込まれて。でも、文句らしいことは言わない。状況を読んで自分がなすべきことを粛々(しゅくしゅく)とする。なんというか。

 森山は、ちょっと笑いそうになる。

 気配を察知して、怪訝(けげん)そうに神谷が森山をうかがってくる。森山は、にやりと笑ってやる。

「神谷さんさあ、会社がブラックなんじゃなくて、神谷さんがブラック気質なんだねえ」

「・・・・・・」

 不本意だったのか、いやそうな顔をした。愛想笑いでも無表情でも真面目顔でもない、()の表情。

「立てそうかい?」

 森山は立ち上がりながら言う。神谷は下からにらむようにして森山を見る。

「・・・・・・はい」

 はいと言いつつ、両手を上げている。素直でよろしい。


 休憩所の三階につくと、エレベーターの向かいの部屋の見えるところに、先に羽生・岩田・田中の三人がテーブルについて待っていた。

「お疲れ様」

 みんなでねぎらってくれる。

 手近な席に神谷を座らせ、森山の分もお手拭きを持ってきてくれる。森山にも、霊がショートして出た黒い(ちり)のようなものが、神谷にさわったためにあちこちについてしまっていた。

 飲食店にあるようなお手拭きケースがソフトドリンクなどと一緒に置かれていた。温冷があるらしいが、岩田が熱い方をお盆に載せて大量に持って来た。

 森山は自分で拭いたが、神谷は三人によってたかって拭かれている。岩田が顔やら首やらを拭き、羽生と田中が片腕ずつ担当している。神谷は困っているらしいが、抵抗もできないらしい。

 森山は拭き終わると、とりあえず水を二人分持ってくる。解放されて「ありがとうございます」と力なく言っている神谷の前に、コップを置いてやった。

「持てる?」

「はい、まあ、これくらいは。ありがとうございます」

 これくらいと言いつつ、ゆっくり丁寧に両手で持ち上げている。ペットボトルの箱が持てないと言っていたが、今は五百ミリリットルのペットボトル一本も持てないかもしれない。水の量をコップ半分以下にしておいて正解だった。

 神谷は、水を飲んで一息つくと

「帰宅用のお札、作りますね」

と言う。ブラック極まりない。

 そこに、エレベーターから人が降りて来た。うわさのゴスロリだ。森山は初めて会う。

 ぐいっと持ち上げられた胸の谷間に真っ先に目がいってしまうのは反射なので許して欲しいと思う。赤いヘアバンドには赤いバラ。同じバラが首元にも飾られている。唇も鮮やかな赤。艶やかな黒髪はトップでまとめられ、細い複数の縦ロールとなっておろされている。くっきりと描かれた眉に、マスカラと、付けまつげなのか長くはっきりしたまつげ。谷間を強調した黒白のドレスのスカートは、パニエで広げられ丈は太もも半分まで。ひざ下までの黒いブーツはかかとが高い。見事なゴスロリだ。

 ある意味見とれているうちに、女は無言で早足に接近してくる。あれ? もしかして怒ってるのかなこの人? と思った時には、女は座っている神谷の(えり)をガシッっとつかみ上げ、容赦なく頬を張り倒した。ちょうど一段落して、皆が神谷から微妙に離れていたところだったことが災いした。

真里亜(まりあ)ちゃんっ!」

 羽生が女にしがみつき、森山と田中で二人を引き剥がす。剥がされた勢いで椅子から落ちそうになる神谷を岩田が押さえ、その前に森山が入った。

 三人がかりで止めなければ、女は更に何発でも殴る勢いだった。

「何やってんのよっ、真里亜ちゃん!」

 羽生が前から抱き留めて止めている。女は怒りが収まらない様子でいたが、介入者が多いことから叩くのは諦めたらしい。息は荒いが前進はやめた。

 強烈な平手をくらった神谷は痛そうではあるが、それだけだ。岩田が支え役を田中にまかせ、お手拭きを取りにいく。冷たい方をとって戻って来た。

「もう、滅茶苦茶じゃないの! せっかく集めた完璧な人員を!」

 女が何を言っているのかわからない。

 集めた人員とは、自分たちのことだろうか。

「あの、すみません、約束守れなくて!」

 真っ先に理解したのか、田中が叫ぶように言う。

「真里亜ちゃん・・・・・・」

 リタイアするのは田中だけではない。羽生と岩田もだ。だが、この二人は今謝るのは違うと思ったのだろう。岩田は、冷えた手拭きを神谷の頬にあてる。神谷は、テーブルに肘をついてなんとか自分で手拭きを押さえた。

「みなさんが去ることは止めません。各自、自分の身の安全を守る権利があります。けれど、それをそそのかしていたのはその男です。みなさんを責める権利は私にはありませんが、その子を責める権利はありますよっ」

 神谷が安全のために帰ることを(うなが)していたのは事実だ。だが、そそのかすという言い方はこの場合そぐわないだろう。

「真里亜ちゃん、あなたが一生懸命、目的のために私たちを集めたのは理解するわ。大変だったでしょう。でも、彼を責めるのは違うわ」

 女を抱きとめる腕の力は緩めないまま、羽生が言う。頭同士がふれそうなほど近くで。

「私はあの場に居続けられるほど強くない。私の弱さを責めるのは構わないわ。仕事を果たせないのは悔しい。でも、私は自分で決めたのよ。彼は自分のすべきことをしている。私のことは私を責めてちょうだい。無責任だと言われても受けるわよ」

「晴花ちゃんは悪くないわ。確かにこのままだと晴花ちゃんを守りきれないかもしれない。巻き込んでごめんなさい。責めるなんてしない。巻き込んだ私を責めていい。でも、それとこれとは違うのよ」

「・・・・・・ひかりさんが、怒ってるのは」

 神谷が、ゴスロリを見て言う。特に表情はない。

「人員補充に、神谷の本家に頭下げなきゃいけないからでしょう?」

 図星らしく、ゴスロリが顔を引きつらせた。

「森山さんを含め、今回のメンバーを餌に釣れるものはもう釣れた。俺以外はね。続けるなら、餌が必要だけど彼らにはもうその価値はない。彼らを残す意味はないでしょう? そもそも、最初から本家に声かければ、うちの連中が餌になれたんだ」

 うちの連中、とは、神谷の血縁者たちのことか? 確かに、相川が関係する二年前のメンバーは、田中の母を含め釣られて来た。三十年前の森山の両親もだ。消えた相川はもちろん、森山も田中も、もはや餌の価値はない。霊能者として参加した羽生と神宮の元恋人として引き込まれた岩田は、そもそも最初から餌の価値を持たないのだ。神谷の血縁者たちに森山の父を引っ張れたのかはわからないが、母を引っ張れば釣れたのかもしれない。

「あんたは、わざわざ呼ばなくてもいい人たちを餌にして危険にさらしたんだよ。俺を怒るのはただの八つ当たりだ」

「八つ当たりなもんですかっ!!」

 羽生はまた真里亜に強く抱き着く。ひかりは、羽生をひきずりそうな勢いで前に出ようとしながら叫んでいる。

「あんたが、二年前に止めなかったんじゃないのっ!」

 二年前の事件。相川の後、犯人は神谷の姉夫婦を襲った。神谷も現場にいた。そのあと、神社で田中の母を含む親族たちを殺した。その現場にも、神谷はいたという。

「何が七縛(ななしば)りよ! なんで私が七縛りなのよ! あんな、目の前で、あんな・・・・・・っ!」

 彼女も、神社にいたという。目の前で、田中の母たちが殺された。

「何年も修業してきたんでしょう!? あの怨霊(おんりょう)を倒すために! なのに何してたのよ! 甥っ子一人助けただけっ。その脇で何人死んだと思ってんのよっ! 昌子(まさこ)ばあさんは血をまき散らしながらあいつの一蹴(ひとけ)りでふっとんでいった。冬子(とうこ)さんは私の目の前で、滅多刺しにされた。あの音、あの声、傷口が、血が、そこら中、血だらけで・・・・・・。静かになった時には、あいつが、目の前に転げてて。目が、あたしの前で、目が、死んでった。血が、水路に流れ落ちてきた。あたしは、水路の中でただ見てるだけだった。あいつはあたしのことなんて、全然。最期だけ、あたしを見てた」

 ひかりは、目の周りを真っ黒にしながら、泣いていた。足を踏ん張っているが、震えているのがわかる。羽生が、ぎゅっとひかりを抱いて、背中を撫でてやっている。

「いやだった、行きたくなかった、なのに、無理やり跳ばされて。水路に跳ばされたのは、私と、冬子さんと、冬治(ふゆじ)。前日に三人も殺した男が、七縛りだからって、殺したい相手が山ほどいる場所に跳ばされてくるとか、馬鹿もいいとこだわっ! 七縛りの何がいいっていうのよっ!?」

「いいことなんて何もないよ」

 神谷が言う。

「誰が、あんな馬鹿げた行事ありがたがる連中に、頭下げるなんてことできるもんかっ!」

亜希(あき)さんあたりに頼めばうまくやってくれただろ」

 かなりハードな話をしているが、話自体にダメージを受けていないかのように神谷は会話を続けている。必死に助けた甥っ子。その結果、あれほどのことができる修業の成果は出せず、大勢が殺されたのか。

「あんな部外者と話なんかしないわよ」

「部外者だからいいんだろ。家長を一般常識でねじ伏せるなんてあの人しかできないんだから」

 言いながら、神谷はリュックから自分のスマートフォンを出す。

「とりあえず、何人か寄こさせればいいんでしょ? 森山さんと二人じゃ餌不足だし」

「誰にかけるのよ」

「通じれば家長(かちょう)だね。あっちも混乱してるだろうから通じるかわからないけど」

 案の定、いくらコールしてもつながらないらしい。

「あれだけ送り込んだんだから、神官(しんかん)連中は大騒ぎだろう」

 神谷は通話を切り、また誰かにコールする。

「やっぱ亜希さんだろうな、ここは」

 言いながら、神谷は何故か岩田を見る。

「重い」

 呟いて、神谷はスマホをテーブルに置いてスピーカーモードにした。

 ぷつっと音がして、いきなり大音声(だいおんじょう)が部屋に響きだした。

『ユキちゃーんっ! なんか神殿がすごいことになったみたいなんだけど、君の仕業(しわざ)かねっ? みんなぶっとんでるよーっ!』

 ものすごくハイテンションに楽しそうな女の声だ。

「文句は奈々谷津に言ってください。俺は巻き込まれたの。二年前三十年前四十四年前の十四人を送ったから」

『一人()んなくない?』

「一人は自力で手間なく」

『へー。それにしてもおっぱじめるとはねえ。でも、時期としては悪くないね。三年目に入るところで神宮様も絶好調だし、今回全部はダメでも弱らせておけば七年目の脅威は減るもんね。で、どこでやってたの』

「奈々谷津の遊園地」

『残りもまだやんの?』

「明日ね。それで、残りの分の記録と手伝いが欲しいんだけど」

『記録は最低何知りたい? 人手はどんなのをどれだけ?』

「記録は最低でも犠牲者のフルネームとだいたいの死んだ順番と年頃。人手はできれば七縛りを一人以上で、関係者四人が理想。最低でも二人寄こして、奈々谷津の遊園地で明日十八時開始。記録は読む時間が欲しいな」

「今日は誰がいたの?」

「昨日からやってんだけどね、夜だけ、六人で。トーコさんの息子さんと冬音さんの一人目の息子さんがいる。あと、一人で上がってった二年前の犠牲者が一人と、ヒコ兄の彼女と霊能者の羽生晴花さん。俺と冬音さんの息子さん以外は今日でリタイア。百物語を明日の晩、あと三十四話やる」

『あらあら楽しそうなイベントやってんのねえ。じゃあとりあえずユータさんは第一候補かなー? お祭り前だからねえ、ユサさんがちょうどいいか』

「その人は勘弁して」

『お祭り前なんだからこっちこそ勘弁よー、ちょうど邪魔だったのよね。あれでも確実に七縛りだからさ? あとはみんなお祭り準備で忙しいからなあ。コーちゃんはダメなの?』

「危ないから子供はダメ」

『そうねえ。あとは自衛できない人は送りたくないしなあ。まあ最悪私が行くわよ、私が行くとユサさんのご機嫌が斜めになりそうだけど、ユキちゃんいるなら喜んで行くでしょ。ヤバそうなら私はとっとと途中で逃げるけどいいよね?』

「いいですよ」

『じゃあ、とりあえず遊園地隣りの奈々谷津の別宅での受け入れ態勢よろしく。じゃねー』

 速やかに話はまとまり、ぶっつりと通話が切れた。

 相手の女性がやり手だということはよくわかった。一を聞いて十を知り百を想定するタイプだ。

 神谷も必要な情報を端的(たんてき)に折り込んでいるし、わずかな情報で相手の女性は状況を読んで必要な問いをし決定をしていった。部外者を巻き込むだ巻き込まないだとやっていたはずの人員派遣が、わずか一分でまとまった。

 森山は、岩田をちらりと見る。なんだか楽しそうな顔になっている。お友達になれそうな感じだった。

「祭り前だから、こんなもんでしょ? あとはお札作るけど」

 神谷はひかりを見たが、相手はいやそうな顔をするばかりだ。神谷もこれ以上かまう気はないようで、今度はリュックからまたお札作りの板を引っ張り出そうとしている。しかし、うまく出せない。

「どれ」

 ぶっ倒れていた神谷の代わりに荷物をしまったのは森山だ。特に引っかかるようなしまい方をした覚えはないが、力が足りないのだろう。森山が手を出して板をテーブルに出してやった。

「羽生さん、みんなの名前を書いてもらってもいいですか? これ、五枚」

 板のポケットにある札を指さし、神谷が頼む。夕方の名前メモも入っている。羽生はまだひかりに抱き着いていたが、様子を見てひかりから離れた。そこに岩田が温手拭きを持ってきてひかりの手に握らせる。

「真里亜ちゃん、後でまた話そうね」

 真里亜は、羽生が離れると、手拭きで顔を押さえながらゆっくりと回れ右をして部屋を出て行った。悪いが、ゴスロリメイクがすごいことになっていた。美女が台無しだ。


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