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百物語が終わる迄  作者: 藤田 一十三
第十二巡 哀れ
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第六十五話 岩田 防波堤の絵

 職場の飲み会で聞いた話です。

 津波の被害を防ぐ防波堤、ありますよね。海側が整備された公園になっていたりする、街を高波から守る、すごく高いあの壁。

 あれって、よく落書きされてるじゃないですか? 最初から、小学校の児童とかに書かせることもあるけど、あれって、コンクリが傷むって聞いたことあります。 でも、消しても結局イタチゴッコだし、よほど変なのか気にする場所にない限り、放っておかれるみたいですね。

 商店街や学校、電車なんかに書いちゃう不届き者はともかく、その話をしてくれたTさんの地元にあった防波堤の絵は、人気があったんだそうです。

 許可されていたのかどうなのか、数メートルおきに それぞれ違う人が描いていて、たまには夜、描いているところを見かけることもあったそうです。

 そんなある日、防波堤にあがって上の方を描いていた絵描きの一人があやまって転落して、救急車で病院に運ばれたけど、描きかけの絵を残したまま亡くなられたんだそうです。

Tさんは新聞で事故を知って、その時は重体だってことだったんです。けど、数日後に防波堤を通りかかったら、描きかけの絵の下に、新しいペンキや刷毛ハケ、お花がいくつも置かれていたんだそうです。防波堤の絵描き仲間たちが、供養のために置いたんだろうってことでした。

 次に通りかかった時、驚いたことに、絵が完成していたんだそうです。きっと、仲間たちが思い残すことがないようにって、仕上げたんだろうとTさんはその時思ったと言っていました。

 絵の下には、蓋を開けて閉めたペンキ缶と、ペンキが固まった刷毛があったんだそうです。

 それから一ヶ月ほどたった日、またTさんがそこを通りかかると、新しい絵に描きかえられていたんだそうです。もう世代交代か・・・・・・と思ったけれど、絵が、前の人にそっくりな感じだったんだそうです。

 更に一ヶ月ほどたったら、また絵が描きかえられていた。

 それからまた更に一ヶ月後のこと。 近所の飲み屋さんで、防波堤の幽霊の話を聞かされたのだそうです。

 防波堤から転落して死んだ男が、絵を描いている、と。

 まあ、死人が出れば幽霊話が出るってのはよくあることですから、まさか、と思ってTさんは聞き流していたそうなんです。けど、一緒にいた知人が近所なら、現場を見たいって言い出したんですね。

 それで、二軒目に流れる前に、酔い覚ましもかねて、防波堤に行ったのだそうです。

 行ってみると、防波堤が見渡せる場所に、三人の若い男が座り込んでいて。

 見れば、着るものにペンキがついていたり、ペンキ缶を椅子がわりにしていたりで、一目でここで絵を描いている人たちだな、ってわかったそうです。

 で、何を見てるのかな、と、見たら。

 月明かりの中、ペンキ缶を片手に、もう一方に刷毛を握って、防波堤の前に立っている男がいたのだそうです。

 じっと、絵を見上げていて。構図を見ていたんでしょうね。

 そう、亡くなられた方の定位置の、絵の前です。

 彼はやがて、絵を描きはじめました。

 仲間たちも、立ち上がってそれぞれの場所に描きに行ってしまいました。

 防波堤の幽霊は、本当にいたんです。

 死んだことを知らず、前と同じように絵を描きつづけていたんです。

 後でわかったことですが、仲間たちはやはり、最初供養のために花と一緒にペンキや刷毛を置いたのだそうです。それが、数日後にそのペンキと刷毛を使って絵が完成されていた。

 誰かがやったんだろうと、彼らも思っていたらしいんですね。

 そろそろ亡くなって一ヶ月だな、という頃に、仲間たちが彼の話をしていて、絵を完成させた人間が仲間のうちにいないことがわかったんです。

 それで、彼の月命日に、新しいペンキときれいに洗った刷毛を供えておいたんだそうです。

 すると、しばらくして、彼が現れて絵を描き始めた。

 驚いたものの、仲間たちも絵を描いて。けど、数時間後、悲鳴と、地面に人が叩きつけられる音が聞こえたんだそうです。

 絵は、また描きかけのまま止まってしまった。今度は、体はなく、代わりにペンキがたっぷりとついた刷毛が落ちていたそうです。

仲間たちは、ペンキに蓋をして、刷毛を洗ってそのまま下に置いておいた。けれど、またある日、 彼が現れて、残りを描きあげた。

 次の月命日にも、お供えをしておいたら彼が現れ、描き始め、転落し、数日後に描きあげた。この繰り返し。

 Tさんは転勤で今の土地に来たんですけど、実家は向こうにあるので。実家に帰ったついでに、数年ぶりにその防波堤を見に行ったんだそうです。

 そこには、相変わらず色とりどりの絵が描かれていました。

 そして、死んだ男の定位置の絵は、風雨にさられて、剥げてしまっていたそうです。

 絵の下には、ペンキ缶も刷毛も、花もなくなっていたそうです。

 彼は、成仏したのでしょうか?

 それとも、忘れられてしまったんでしょうかね?


 語り終えると、語り部は一本の蝋燭の火を消した。


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