自己紹介やりましょうよ
自己紹介です。
次から百物語です。
「とりあえず、自己紹介やりませんか? それとも私が来る前に済んでます?」
隣りの席で、神谷がにこやかに進行を始めた。
二十分遅刻の神谷に対し、田中は四十分前に着いた。遊園地に着いたのは一時間前だったので、会場の遠さに、早めに来てよかったと思う。
石井と名乗った燕尾服の男性は、こちらが会場です、とこの部屋の扉の前まで案内してくれた。田中が扉を開くと、すでに相川が今の席に座っていた。
すぐに森山が来て、男ばっかりってことないよね、と動揺していた。
三十分ほど三人きりだったので、この三人の間での自己紹介は済んでいるが、羽生が時間ちょうどに、岩田がやはり遅刻で神谷の十分前に到着した。
岩田を案内してきた石井が、今回の説明と施設の案内をしてくれて、あとおひとりいらしたら始めてください、と言って去った。そうしてすぐ、神谷がやってきたのだ。
会場の遠さを皆知っているので、格別神谷にどうこう言うつもりはない。まあ、自分は一時間待ちだが。
「まだですよ、多分。ちなみに私もついさっき着いたの」
にこにこと岩田が自首をする。続いて発言するものがいないので、遅刻は二名と神谷は理解したようだった。
田中は、森山が今の席に着席するまで立っていたため、なんとなく等間隔に離れた今の席に着席した。羽生は田中と相川の間に座り、遅れてきた岩田は扉前の空席に座り、最後に余った席に神谷が座り、この席順になった。
「じゃあ自己紹介、着いた順でいいですか? 私が一番乗りですんで」
どうぞどうぞと促され、扉の前に座る相川が話し始めた。
「相川芳生です。五十過ぎのおじさんですので、この中では最年長ですかね。卸売り会社で経理やってます。まあ、若い子が仕事してくれるので、ほぼ座ってるだけですけどね。最近駅近くのマンションに引っ越しましてね、妻と娘が喜んでます。家族は妻と娘一人です。よろしくお願いします」
疲れていそうだが愛想が良いので、なんとなく営業職なのかなと思っていたのだが、どうやら窓際族だったらしい。座っているだけなら疲れなそうなのにな、と田中なんぞは思ってしまうのだが、それはそれで大変なのだろうか。というか、次は自分ではないか。
相川が座ったままだったので、田中もそのまま話すことにする。
「田中篤です。えーと、この春高校卒業しまして、現在浪人生です。近所の薬学部目指してます。家族は、父と二人暮らしです。母が二年前亡くなった? ので。よろしくお願いします」
母が亡くなったことをわざわざ言わなくてもよかっただろうか。両親の仲は良かったので、離婚したとは思われたくない。そもそも家族構成を言わなくても良かったのだ。相川につられてしまった。
「次に着いたのは俺、じゃない、私ですね。森山昴です。年は、三十代じゃなくなったとこです。食品加工会社で事務やってます。名刺には総務副部長って書いてあるんですけど、部長が社長の奥さんでおまけに下が誰もいないというね。社長が営業部長兼で。製造部はたくさん人がいるんで、楽しく仕事してます。大学進学した時から一人暮らしをしています。大学生の途中で育ててくれた祖父が亡くなったので、結婚しない限り一人暮らしかな。ちなみに結婚願望はあって合コンは年中出てるんですけど、恋人未満でいつも終わっちゃうんですよね。恋人はいつも募集中です。どうぞよろしくお願いします」
森山が、どこに「よろしく」をかけたのかわからない自己紹介をする。田中が母のことを言ったから、家族のことを話してくれたのかもしれない。祖父より先に、両親を失っているのだろう。優しい人なのかなと、田中は好印象を持った。ただし、紹介できるほど女性に知り合いはいない。
「次は私ですね。羽生晴花です。本名です。自称霊能者です。書類関係では仕事は個人事業主とか自営業にチェックしています。両親と、私のマネージャーをやっている叔母と暮らしています。年は二十代後半です。よろしくお願いします」
羽生が、棒読みで自己紹介をした。自己紹介をしたくなかったのがよくわかる。
それにしても、きれいな人だなあと田中は自己紹介の間だけじっくりと顔を拝ませてもらった。無表情に白い肌、赤い唇に黒いつややかな髪。来た時の姿もスタイルは良いし姿勢も良く、歩く姿も美しかった。芸能人は違うなあと思いつつ、仲良くはできそうにないなとも思う。
「はい、じゃ次は私で。遅刻してごめんなさい、岩田知世です。薬品関係の会社に勤めてます。年は三十代前半ですね、まだ四捨五入を許せる年です。嗅覚と味覚がいいのを就職の面接でしゃべったら採用してもらえたようで、入社後こんなのあるよ、て勧められて利き酒大会に出たら、県大会突破して全国3位まで行けました。お酒は大好きです。仕事は社員の福利厚生業務と宴会部長です。一人暮らしです。ちなみに四年付き合った彼氏は二年前に酒の修行の旅に出ると言いおいて消えたので、一応フリーです。一緒に車で酒造めぐりができるお酒が好きだけど飲めない人か、私よりお酒に強い彼氏を募集しています。よろしくお願いします」
岩田の自己紹介に、なんとなくみんな微笑んでいる。酒が飲めない酒好きも、利き酒大会で入賞する酒好きより酒が強い男も、ほぼいないだろう。なんだかんだ、元彼が酒の修行から帰るのを待っているのかもしれない。
「えー、遅刻して申し訳ありません。神谷冬季と申します。不動産とホテルコンサルタント会社で管理の仕事をしています。ちなみに昨日の朝から今日の昼間まで仕事していましたが、明後日まではこの仕事しかない、はず、なので、一応、ブラック企業ではないと思います。就職一年目の二十代前半です。高校生の甥っ子と二人暮らししています。よろしくお願いいたします」
神谷が、薄い笑みを浮かべつつ丁寧にあいさつをした。なんか、大企業の人って感じがする。田中は、不動産で何十億とかを扱っているのか、ホテルで品の良さを感じさせるスキルを発揮しているのか? と考えてみるが、でも管理ってことはメンテナンスか? といろんな制服の神谷を脳内に飛ばした。ホテルのロビー辺りでぴしっとスーツを決めているのが一番似合う。
しかし、なんとなく、その一番似合うと思う姿が詐欺師に見えた。完璧っぽさがあるのに遅刻してきているし。年が近いのだが、あまりお友達になれそうな感じはしない。それにしても、甥っ子と二人暮らしというのは何か事情があるのだろうか。話さないということは話したくないということなのだろうが。
神谷は、来た時よりも親しみやすさが薄らいでいる気がする。まあ、変な部屋だし、知らない人ばかりなのだから気が張るのは当たり前だ、自分もそうだし、と田中は思う。
あとは、森山が石井の説明を聞いていない神谷に聞いた話をする。始めたら基本的に表の扉からは出ないこと。休憩時には扉の外に軽食等を用意しておく。次のテーマのメモはそこに入れておく。トイレは非常口を出て三階と地下から出た外にある、など。
「非常口?」
神谷が一応ぐるりと室内を見回している。
「なんか、そっちの壁にあるんですよ。面白いから休憩時間にね」
森山が、田中と羽生の後ろの壁を指して言う。
少し、休憩時間が楽しみになった。
大変おまたせいたしました。
次から百物語を始めます。
神谷の就職歴を二年目から一年目に修正しました。
23歳って設定好きなんですよねえ。百物語時点での神谷の年は誕生日前の22歳です。
23歳設定好きで年齢計算を間違えました。
就職2年目を優先するとすべての設定が一年ずれる(´;ω;`)