第五十五話 神谷 火事場の声
十年ほど前、実家の近所で火事がありました。全焼して、一家五人のうち四人が死亡。末っ子の小六の女の子だけ助かりました。
その後の調べで、火事は父親による無理心中とわかりました。
二階で、長男長女と奥さんが殺されていました。
助かった子だけは、どうしても観たいテレビがあったとかで、一階にいたんだそうです。父親は二階で三人を殺して灯油を撒き、火をつけてから下におりました。
階段や廊下、空いている部屋に灯油を撒きながら、彼は娘のいるリビングに向かったんです。
助かった彼女は、中学の時の部活の後輩でして。私が二年の時一年だったんです。
彼女が生き残りだということは有名でした。一学年一クラスしかないような学校ですからね。
中学は全員必ず部活に入らないといけなかったので、私は天文部に入っていました。年に三回、天体観測会をやるだけの部活でした。
一年生が入ってすぐに観測会があって、学校の校門の辺りでやるんですけどね。通りかかりの生徒に望遠鏡で月とか惑星を見せるんです。あと、星座を教えたりね。
暗くなってからなのでほとんどの生徒は帰宅しているし、遅くまでやってる部活の子は早く帰りたいしで、まあ、暇なんですよ。それで待ちぼうけしつついろいろ話してるうちに、いつのまにか怪談話になっちゃって。その時、彼女が自分から、その時の話をしてくれました。
彼女は、大好きなアニメを満喫するために、ヘッドフォンで音声を聴いていて、家で一番大きなテレビがあるリビングにいた。小学校の卒業式も終わっていたので、夜中のテレビを許可されたんだと言っていましたね。事態に気づいた時には、背中側にあたるガラス戸の向こうにある台所が、赤々と燃えていたんだそうです。その明かりで、火事に気づいたんだという話でした。
慌ててヘッドフォンを外して立ち上がったところで、廊下側の引き戸が開いた。そこにはガラスが入っていなくて、開かれると同時に火が飛び込んで来て、あっと言う間にリビングの中に火が広がったんだそうです。
戸を開けたのは父親で、すでに、衣服や髪に火をまとわせて立っていたんだそうです。その体から火が噴きだしたかのように、戸からリビングに火が走ったんだそうですよ。
火は彼女の服にも一瞬でついた。彼女は反射的に火をたたき消しながら、父親を呼んだ。その時に、火にまとわりつかれた父親の服が、赤黒い血にまみれているのに気付いたそうです。
ずっと夫婦喧嘩が続いていて、 家中すっかり険悪になっていたので、彼女は父親が何をしたのか、見た瞬間に悟ったと言っていました。
彼女は、居間の窓から外に逃げ出しました。父親がその後を追おうとするのを見たそうです。けれど、外まではついて来ませんでした。でも、追ってくる声を聞いたんだそうです。
「助けてくれ」
そう、叫ぶ声を。
父親は、リビングで焼死体でみつかりました。そばには、包丁や金づちがあったそうです。二階にいた三人は、 全員、絶命してから焼かれていたそうです。
その家の跡は、半月くらいで更地になりました。彼女はすぐに同じ地域の家の養女になることが決まって、中学にはそこから通って来ていました。けど、その家から中学校へ通う通学路上に、元の家の跡地があるんです。たいていは避けて通るそうですが、何せ田舎なので避けると人気がまったくないうえに街灯もろくにない。なので、暗くなってしまったときは諦めてその跡地の前を通るそうなんですが、そうすると、声が聞こえるんだと言うんです。
「助けてくれ」と。
最期に聞いた、父親の声が聞こえるんだと、彼女は部員たちに話しました。
観測会のあと、何人か同じ方向の部員で、その道を通りました。
私も、その子もいました。
確かに、そこにはいるんです。彼女のお父さんがいるんです。私は知っていました。
けど、声を聞いたことはなかったんです。
でも、その晩は聞こえました。
「助けてくれ」って。
彼女は、声だけを聞きました。他の部員は何も。私には、姿も視えていました。
彼女は、私にも聞こえるということで、幻聴じゃないんだ、 家族を殺したとはいえ自分が見捨てて逃げたことを、父親が恨んでいるんじゃないかって、泣き出しちゃって。
けど、そういう意味の「助けてくれ」じゃなかったんです、私が聞いて視たのは。
父親は「助けてくれ」って、彼女に頼んだんじゃない。
彼女を「助けてくれ」って、頼んでいたんです。
どういう心理だったのかは知りませんけど、最期の最期になって、彼女だけは助かって 欲しいと思ったみたいで。
「助けてくれ」って、祈ったんです。
その言葉と祈りが、ずっとその場所に残っていたんです。
彼女は、私が言うことを一応は信じてくれました。それで、自分は無事だから安らいでくれと伝えてくれと頼まれたんですけど、そういう必死なのって、周りが見えてないんですよね。私には何もできませんでした。
そこはその後、そのまま放置されています。もはや家があったこともわかりません。塀だけ残っていて、敷地も広かったしね、その内側は雑木林になりかけてます。
今もそこの前を通ると、声が聞こえる、と、彼女は言っていますね。
語り終えると、語り部は一本の蝋燭の火を消した。




