丸投げって知ってます?
「柴田冬奈」
力強く、神谷がその名を呼ぶ。
角の塊から剥がれて、女が現れた。
三十代くらいか。緑のブラウスに黒いジーンズ。その左側の頬と顎が削れ、首と肩の辺りから大量の血がブラウスを汚している。その両腕も、ひどい有様だ。
彼女は、ちらりとその場を見、神谷を見、開いた穴を見た。
そうして、するすると穴に向かい、境目を越えて行く。冬彦がいる奥の間の手前、広い板張りの間に、こちらに背を向けて留まる。
「柴田幸平」
神谷に呼ばれ、また塊から一人剥がれ現れる。次に現れたのは、五十くらいの男。部屋着らしいTシャツと膝丈のズボン。その胸には、深々と包丁が突き刺さっていた。前の女と同様に、両腕がぼろぼろになっている。
男は、きょとんと神谷を見る。神谷は、手指を印を組んだままだ。顎で穴の方を示すようにして男を誘導する。男は、穴に気づいて進み、先に入った女を確認すると、すぐに境を越えて行った。
「奈々谷津昌子」
次に、小さな老婆が剥がれ立った。大きく腰が曲がっているが、冬彦同様、白い着物に白い袴を身に着けていた。その首は、傾いていた。白い着物は、首からの血しぶきを浴びていた。
神谷が前と同じように穴を示すと、老婆はおとなしく穴を越えて行く。
「田中冬子」
神谷の後ろにいた田中の母は、もはや後ろを振り返ることはせず、境を越えて行った。
「外宮忠冬」
塊から、男が剥がれ落ちる。塊は、もはや人一人分しか残っていない。
剥がれた男は、六十くらいだろうか。白髪交じりで、体は大きい。ロマンスグレーのイケオジだ。白い着物に白い袴。その喉には、包丁が突き立っている。
男は、羽生たちの方を見た。田中の姿をみとめたようだった。田中の祖父なのだろう。
それから、神谷を見る。やさしい目をしていた。
促されるまでもなく、男は神谷の脇にある穴を抜けていく。
見れば、境を越えた四人は、手前の板の間に横並びに正座し、深く礼をしている。空いた場所に座ったイケオジは、同様に手をつき深く頭を下げ、動かなくなった。
奥で、神谷冬彦はただそこに立ち、彼らを見下ろしていた。
「神谷冬治」
神谷が、最後の名前を呼ぶ。
もはや人一人分の塊。
色があるわけではない。ただ、空間の歪みのように視えるそれは、するりと一人の男の姿になった。
相川をはじめする六人を殺め、自殺した男。
男は、一歩踏み出そうとして、止まった。
足は前に行っても、体はその場に背を貼り付けたように動けなかったのだ。
先ほどまでは彼ら自身で構成された塊が歪みだったが、今は冬治の背面に歪みができていた。
冬治は、前に進もうと手足を動かす。しかし一歩も進めない。代わりに、神谷が進んだ。
神谷が、伸ばされた冬治の腕をつかんだ途端。
冬治の背中側が、バシィッという大音声と共に真っ白に光った。派手にショートしたかのようだった。
光ったのは一瞬。空気が焦げた匂いが流れる。羽生が光に目を瞬かせて再び目をこらした時には、神谷は黒っぽくなって硬直している冬治を引きずって歩き出していた。
神谷は穴の脇まで行くと、勢いをつけて冬治を穴に放り込む。冬治は、板の間を滑って行って、ほかの四人の間に収まった。
神谷が、奥にいる冬彦と軽く挨拶を交わすような間を置いたあと、一音を発した。
一瞬で壁は元通りになり、貼られたはずの札がひらりと舞って落ちた。
「終わりました。あとは神宮様が治めてくれます」
凄腕霊能者と呼ばれる男。
圧倒的な能力だった。
「これで、神谷の家の怨霊が一回分だけパワーダウンしたはずです。ほかの呼ばれたモノたちはまだ地下と一階にいっぱいいますけどね」
神谷が、両の手のひらを上に向けて言う。
一般人にはすごすぎて、すぐに動き出すことができない。
羽生は、神谷の右手が黒く汚れているのに気付いた。
「神谷さん、手」
もう、背後の者たちを守る必要はない。羽生は、前に進んだ。言われて、神谷も自分の手を見る。冬治をつかんだ右手が、肘辺りまで黒くなっていた。
「ああ、大丈夫です。塵がかかっただけです」
派手にショートして焦げた匂いがした。あの時、実際に何かがショートして焦げたのだろう。冬治も黒っぽくなっていた。しかし、冬治も同様に塵がかかっただけであるなら、焦げ散った本体はいったいなんだったのか。
「手を洗ってきます」
非常口の方に向かった神谷は、いまだに固まっている三人と一匹に視線を向ける。彼らが非常口の前に立ち尽くしていたので、その前で立ち止まる。
「田中さん、どうします?」
田中は、まだショックから抜け切れず、まばたきを繰り返している。
「おじいさんとお母さんは、あなたがここにいたおかげで導かれて来ました。あとは、うちの神様が良いようにしてくれます。あなたの役割は、終わりましたよ」
六人のうち、二人を導くための餌のようなもの。ほかの四人のうち、最初の二人は、神谷の姉夫婦だろう。彼らと、同じ一族の二人には、神谷が餌のようなものだったのかもしれない。
田中の祖父と母は、神宮の元に送られた。つまり、餌の役割は終わったのだ。先ほど、本人も限界だと言っていた。神谷は、帰宅を勧めているのだ。
「通りますよ」
断って、神谷が隅に進んで壁を押す。森山が、ようやく田中の手を離して一緒に押し開けた。開いた隙間から、神谷が階段を上がって行く。
田中が、その場にへたりと座り込んだ。
手を握ったままだった岩田も、南瓜を抱いたまま座り込む。二人の脇に、森山がしゃがみ込む。羽生も、一緒にしゃがんだ。
「これが、まだ続くのかな」
岩田が言う。
「そういうことでしょうね」
羽生が返す。森山は、後頭部を手で掻いている。
森山も餌だ。今のが二年前の人たちなら、次は三十年前の人たちだ。森山は、三十年前に怨霊に憑かれた冬音の息子。彼の役割は、これからなのだ。
ぎいっと、廊下側の扉が開いた。
見れば、案内役の石井が入ってくる。
「恐れ入りますが、蝋燭がすべて消えるまで、お話を続けていただけますか。本日の予定話数を終わらせてください。これが、残りの蝋燭分のテーマです」
石井が、テーブルの上にメモを置く。
『⑫ 哀れ』
相川が途中で離脱したのを確認して用意して来たのか。さきほどの出来事を知っているのか知らないのか、何も言う気はないようだ。
「お帰りを希望される方はいらっしゃいますか」
皆が、田中に視線を送る。まだ呆然としているようだ。代わりに、岩田が手を挙げた。
「私、今日は最後までいるつもりですけど、明日はなしにしたいです。あと、田中さんはここで終わりにするのがいいと思います」
石井が、田中を見る。岩田につつかれて、慌ててうなずく。
「あ、その、はい、帰りたいです」
石井がゆっくりとうなずいた。
「では、相川様と田中様分、四話が欠けますね。ちょうど四人残られるので一話ずつよろしくお願いいたします。では、岩田様は本日いっぱいということで承知いたしました。田中様、お荷物を。一階の出口へご案内いたします。その後は休憩所へご案内させていただき、こちらが終わりましたら、私の方でご自宅までお送りいたします」
「は、はい。ありがとうございます」
田中が、上を気にしながら自席から荷物を取る。神谷が戻ってきていない。
「いったん休憩所だって。また後でね。神谷さんも終わったら連れて行くよ」
岩田がそう声をかける。
「すみません、私も今日泊まってもいいですか? 車が壊れて電車になっちゃいまして」
森山が現状を思い出して声をかける。車なら遠くはないが、電車だと帰り道がかなり面倒なのだ。
「本日は、明日もご参加の方はできる限りお泊りいただいた方がよろしいかと。お部屋は準備いたします。神谷様が戻られましたら、そのようにお伝えください」
石井は、田中が支度をしてくるとすぐに扉を開く。田中は「また後で。すみません」と言って、その後ろを追って出て行った。
石井は、階段の方に向かっていた。
二人は、一階を通って出るのだろう。
「はあ。俺も三階行ってきます。ていうか、団体行動の方がいいのかな? ここ大丈夫なんですかね?」
森山が羽生に尋ねてきた。
「まだ大丈夫だとは思いますけど、何度も言うようですが、私は視えるだけです。何かあっても守れるわけではありません」
「それはいいけど。じゃあ、全員で三階行かない? 団体行動の方がいいっしょ? 荷物心配なら上から見えるし」
森山も羽生に守られることは期待していなかったらしい。
「あ、でも、さっきはありがとうございました。俺らの前に出てくれたでしょ? 本当ありがたかった」
今更の言葉であるが、岩田が続く。
「本当、ありがとうございます。あんなん初めてだから、間に一人いるだけですごい助かりました。田中さん守んなきゃって、私なんもできないのに、やっぱ思ったのよね。本当、手を握ってただけだけど。羽生さんが前にいなかったら、それもできなかったわ」
岩田の横で、森山もうんうんとうなずいている。
何もできないなりに、できることはあるのだ。
羽生は、照れてにやけそうになったので、二人に背を向け、非常口に向かう。
「では、皆で、行きましょうか」
神谷がおりてこない。それも、気になってきた。
丸投げ。あとは叔父さんにお任せです。
分業制ですね。
地下で霊をかき集めまくってそれっぽいのを送り込んでいく奈々谷津冬尚。
神社までの道を開けたあと、送り込まれてくる霊から関係者をまとめて部屋に引っ張り込んで、神社に送り込むのが冬季。
送り込まれて来た過去の犠牲者たちを祀り上げるのが冬彦。
打合せなしwww
冬季の丸投げもひどいが、冬尚の丸投げがひどすぎるんだが、本人は自分が一番大変な役割してるしそんくらいやれや、という感じ。
そして、きっと後で一族のみなさまに怒られるのは神谷冬季ですwww




