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百物語が終わる迄  作者: 藤田 一十三
休憩中 第4回目
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近道を作りましょう。

ここから三話は『休憩中』となります。百物語のみをお楽しみのかたは、しばしお待ちくださいませ。

 森山の話が終わり、蝋燭が消されて室内の暗さが増す。語り部たちの前にある蝋燭立てには、それぞれ、まだ二本の蝋燭に火が灯っている。

 別に、人魂がふよふよしだすわけでもなければ、ラップ音が鳴り響くわけでもない。


「お疲れ様でした。二巡終わりましたので、休憩に入りましょう」

 神谷の言葉で、一同、緊張から解放された。


 すぐに、ガタン、と扉が音を立てた。

 森山は、今度はゆっくりと席を立つ。

 岩田が扉を開け、南瓜を抱っこして戻ってくるのと入れ違いに森山が扉の向こうに行き、ダンボールを抱えて戻るとテーブルに置き、開封する。

 一番うえには、いつもどおり一枚のメモがあり、それをまずテーブルに置く。


『御休憩用。

 南瓜にもおやつをあげてください。

 ゴミ等不要なものはダンボールに戻して

 南瓜と一緒に廊下に出してから

 再開してください。

 終了後 石井より 宿泊及び明日の

説明がありますので 待機してください。


                管理人』



 森山は、次に南瓜のおやつを出すと南瓜を抱いた岩田に渡す。岩田は、神妙に受け取った。

 続けて、人間用の二種のおやつをつかみだし、テーブルに載せる。そうして、一番底から二枚のメモをつかみ出し、両手に一枚ずつ持ち、みんなに見せる。

『⑩ 思い出』

『⑪ 人ではないもの』

 手を差し出した羽生に、メモを渡してくれる。羽生は、先に置いてあったメモに並べた。

『⑥ 悪い霊』

『⑦ 出るだけ』

『⑧ 幽霊が出ない話』

『⑨ ほのぼの』

『⑩ 思い出』

『⑪ 人ではないもの』

 羽生は、相川の席を見る。

 手を付けなかったお茶のペットボトルと、前半のおやつ。燭台には、二本の蝋燭が点いたままになっている。

 この二本は、このまま点けておいた方がいいのだろう。

「・・・・・・すみません、僕、限界です」

 自席から動けずにいた田中が、つぶやいた。

 その隣りで、神谷も自席についたままだ。リュックを引っ張り出して、お札を作る板などをテーブルの上に出している。

 羽生は、田中の足元を見る。

 彼の足に、女の両腕が絡んでいる。肩の辺りまで床から露出して、しがみつくように。これでは、立てないだろう。

 森山が二種のおやつを器用に片手に持ち、各自の前に二種類ずつ配り始めた。

「田中さん、足に絡んでいるのは、あなたを守ろうとしているのです。怖がらなくて大丈夫ですよ」

 羽生は、小刻みに震える田中に言った。

「お母さまですよ」

 田中の母、田中冬子。

「お、おふだ、は?」

 神谷のお札を、田中は襟につけている。相川がその札に触れたら一瞬で消滅すると、羽生自身が言ったのだ。田中はそれを覚えていたらしい。

「お母さまは、お札の力に拮抗しています。お札はそのままにしておいてください。ほかのモノからは守られていますから」

 田中は動けない。羽生は自席脇に立ったまま、様子をうかがう。岩田は南瓜を抱いたまま自席の前におり、おやつを配り終えた森山もその脇にいる。

「岩田さん、森山さん、こちらへ。私の後ろに」

 三角形の部屋。三角形のテーブル。

 扉がある辺と、非常口がある動く辺を結ぶテーブル面には、羽生と相川が座っていた。非常口がある動く辺と何もない辺を結ぶテーブル面には、田中と神谷。残る面に、岩田と森山の席がある。

 岩田と森山の席の背後の、部屋の角。

 神谷は、時々そちらに視線を送りながら、札づくりを始めている。

 相変わらず白く光っているが、羽生が慣れたのか、最初よりは本体が視えるようになってきた。

 神谷以外読めない記号や文字のようなものが札に描かれていく。

 今回、下半分は読める。『急急如律令』。

「田中さん、冬子さんとは、これでお別れになります。おじいさんの忠冬さんもです」

 そう言って、神谷が席を立つ。札を片手に、もう一方の手で田中を無理やり立たせた。

 田中は、足元を気にしながら、神谷に羽生の方に押しやられて来る。羽生は、岩田と森山がいる自分の背後に田中を入れる。軽く両手を広げるようにして、彼らの前に立った。

 何ができるわけでもない。

 ただ、この状況の中で、一番安全な場所を指示することくらいは、自分にもできるはずだ。

「相川さんが媒介になって、二年前の人たちがそろいました。彼らは、冬彦叔父さんのところに送ります。冬治さんもいるので、ちょっと荒っぽくなるかもしれませんが、羽生さんとお札を信じて、動かずにいてください。手を繋ぎあったりするといいですよ」

 言いながら、神谷はテーブル脇に出る。テーブルなどの障害物一切なしで、部屋の角と対峙する。

 岩田が南瓜を左腕で抱き、右手で田中の手を握る。森山が、田中の右手を同様に握る。羽生は、一人、前に立つ。

 部屋の角。位置的に、その向こうはエレベーターのはずだ。それが地下からのトンネルになったのか。

 今日来た時には、地下はすでに重苦しいものになっていた。その後、一階にもしみわたってきている。

しかし、一部が、エレベータールートから来た。相川という媒介に引かれた者たち。二年前の犠牲者たち。

 それらは、塊となってその角に、その向こうから染み出してきている。はっきりとは視えない、強い気配の塊だ。

「始めます」

 神谷が、まず、脇の壁にお札を貼り付ける。

 それから、手指を複雑に絡ませる。

 そうして、新たにその口から紡ぎだされる音は、淡々と対処していたこれまでと違い、力強い、部屋に響き渡る声だった。明らかに、その声や音には力がある。呪的な要素がたっぷりと混じっている。音の始まりから、その場は彼に支配されていた。

 手指の組み方は次々と変えられる。時に足で床を踏み鳴らす。すぐに、彼と羽生の間に、女がはっきりと姿を現した。

 緑と灰色の太いボーダーが斜めに入ったワンピース。その背中はボロボロになり、痛ましいたくさんの刺し傷を羽生たちにさらしていた。ざんばらに乱れた髪。首もちぎれそうに深く裂かれている。そんな彼女が、羽生たちの方に振り返った。

 後ろ姿に反して、その顔はきれいなままだった。

 髪は乱れていたけれど、強い意志と優しさを兼ね備えた眼が、羽生の背後で守られる息子を見る。そうして、哀しく、やわらかく、その目尻と口の端を動かした。

 神谷の口は、お札を作った時と同じように様々な音を紡ぎ出している。祝詞(のりと)かと思えば幾度か人の名を羅列(られつ)し、真言(しんごん)と唱えたかと思えば日本古来の神々の名を羅列する。そこに、音が紛れ込む。一音のみに多くの意を持たせている。

 神主の資格を持つというが、神道系の修験道の修行もしたという。神谷の中には、宗派を問わず歴史を問わず、ありとあらゆる呪的手段が入っているのだろう。そして、それを行使する。

急急(きゅうきゅう)如律令(にょりつりょう)

 最後のそれだけは、羽生にもはっきり聞き取れた。お札の下半分。ではその前の真言のような文言が上半分の謎の記号群を音にしたものなのだろうか。

 そう思う間に、壁のお札を中心に、場が開いた。

 壁に直径二メートルほどの穴が開いたかのように、別の場所につながった。

 強い、強い光が満ちていた。神谷の色と同じ、白銀の光。

 眩しすぎる。羽生は、視え方を調整する。オーラの類の光をセーブする。

 穴の向こうに、続く板張りの二間が見えた。

 ランプのようなものが方々に置かれているらしい。明暗の中に、広い板の間と、そのまま続く短い廊下が見える。そして、更に奥の間。

 そこに、白い着物に袴をつけた男性が、立っていた。

 さっき、神谷は『冬彦叔父さんのところに送ります』と言っていた。

 その男は、羽生が視方調整しているにも関わらず、まだ強い光をまとっていた。あの空間みっちりの光の光源はこの男だったのだ。

 では、あの男が、緒良田(おらだ)神社の神の器、当代の神宮(かんみや)、神谷冬彦なのか。

 なんの気構えもないように立つ、四十くらいの、やせた男だった。伸びた髪を後ろでくくっているらしい。(ひげ)が口の周りを覆っているが、無精ひげが伸びに伸びただけという風だ。

 岩田の元彼だというが、羽生に、岩田を振り返る余裕はない。


神谷はほぼ怨霊退治目的で修業に出されました。

修業に出た時点では、冬音事件から二十年ほど経っていましたが、怨霊が滅びても祀り上げられてもいないことは内部ではわかっていた。内部の者たちを異常な世界から出す手伝いをしていた忠冬(田中の祖父)も、その点は危惧していた。そこで、まだ中学生だった神谷に怨霊の始末を託したいと願い、神谷も姉と甥と叔父と自分を外に出してくれた忠冬には大きな恩を感じていたので、引き受けることにした。

そこで忠冬が紹介したのがとんでもない爺さんで、ほぼ仙人化したような修験道を極めた八十過ぎの男。

道場の長からも退き一人修業を続けていたが、忠冬とは昔、縁があり、その頼みを引き受けることにした。

怨霊退治が目的とわかっているので、極めつくした爺様はこれでもかこれでもかと冬季を鍛えあげまくります。一般の修験道者たちのような修業とは一線を画した邪道な教え方です。なので、冬季は技術力はとんでもなく身につけましたし、厳しい修行で心身を鍛えられはしましたが、人間として修行者として熟成したわけではありません。結構普通の若者。どっちかというと世間知らず。

その爺様が突然消滅して、自身も死にかけて、とりあえず実家に帰ったところ、神宮になっていた忠冬に今度は神主の資格をとれと命令された。

冬彦は薬剤師として働くかたわら、冬季の家庭教師をして勉強だけではなく社会勉強もさせ、その一環として不憫ふびんな甥をあちこち旅行にも連れて行ってやったりした結果、冬季にホテルのコンシェルジュという仕事へのあこがれが芽生えたのですが、進学後のホテルバイトでうっかり役立ってしまったために、最終的に就職先に騙されることになったわけです。

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