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ベニテングダケはメルヘンか?

ルールと会場内説明。

 全面真っ赤な三角形の部屋に、黒い重々しいテーブル。席についた男女が、合わせて五人。

 空席は、すでに一つしかなかった。

「自由席だそうですよ。もはや指定席だけど」

 三十前後だろう、やわらかい雰囲気の女性が、にぱっと笑って声を掛けてくれた。ノックした時に聞こえた声だ。扉のすぐ左側の席に座っていた。

「遅くなりまして申し訳ありません。神谷と申します」

 神谷はきっちりと一礼して詫びてから、空席のある奥へと向かう。

 分厚い、一枚板の重々しいテーブルも正三角形だ。ただし、それぞれの壁の真ん中に頂点を向けて設置されている。部屋は、テーブルの角を回り込むスペースにも十分余裕がある広さだ。一辺に二つずつ椅子が用意されており、背もたれが頭の上まである、ひじ掛けもある木製の椅子で、全員、同じものだ。

 座面と背もたれは革張りで、同じ革製のクッションが添えられている。長時間座ることを考慮してくれたのだろう。足もとには荷物入れ用の革製の籠があり、神谷はそこに荷物を入れてから、重い椅子に座った。

 椅子一脚で何十万か、百越えかもな。クッションだけで数万円。

 無粋だが、仕事で予算との戦いが繰り広げられる様を見ることがよくあるのだ。神谷自身は戦わないので、楽しく見学するのだが。

 ざっとみるに、やはり外観よりかなり狭い三角形だ。窓一つない空間に収納庫なりあるのだろう。しかし、扉はやはり今通ってきた扉しかない。

 テーブルの一辺は二メートル半くらい。部屋のサイズからすれば大きいとは言えないが、テーブルを拭く係は大変だろう。

 しかし、テーブル板と脚は別々に搬入して組み立てたものだろうが、まずあの階段からの搬入は無理だ。壁の向こうのどこかに、少なくともこのテーブルが入るサイズのエレベーターがあるのだろう。

 扉の対面の角、神谷の席の後ろには、梯子が床から上へと延びている。

 三階に相当する空間は吹き抜けになっており、三階の床にあたる高さには、一メートル足らずの幅でぐるりと床らしきものがあり、アクリル板と思われる透明な板の転落防止柵が囲っている。なんだか急にちゃんとして見えた。

 梯子はその床へつながっているが、丸く開いた穴の向こうには無情にも鋳鉄の格子が見える。下は単に部屋の床で、そこから下へ行く手段はない。

 ライトは、その三階の床でもあるわずかな天井部分の一辺に一つずつ取り付けられているだけだ。その床はどうやら、二階の廊下にあたる部分の上などの外周に接した空間とつながっているようで、三階に上がればそれほど狭くない床がこの二階の部屋をぐるりと囲ってあるのだろう。

 更に見れば、三角錐の赤い屋根を支える梁が丸見えだ。そこだけは塗装もされていない立派な丸太が複雑に急峻な屋根を支えている。三階に明かりがついているわけではないのに、それだけちゃんと見えるのは、三階に窓があるからだろう。外から見ていて、たしかに窓枠らしきものは三階あたりにたくさんあった。ただし、ガラスは黒かったが。

地下からつながっていた階段は、やはり三階直通なのだろう。このテーブルは三階までエレベーターで運び、この吹き抜けを下ろして搬入したのかもしれない。

そして、三階からこの部屋の展示物を見る仕様のようだ。

 今回は自分たちが展示物ということになるが。

 神谷の頭に、赤い三角形の傘のキノコが浮かぶ。キノコの軸は三角柱の黒。それが、傘の外周より一回り小さい黒い三角柱の中に、ポスッと放り込まれる。

神谷の頭の中で、ダークメルヘンな塔は、黒い三角柱容器入りの赤い三角キノコに進化した。

 神谷は、白い斑点が屋根にあれば完璧だったのになあ、とベニテングダケの三角バージョンを脳内に飛ばしつつ、椅子に腰を下ろした。

「さあて、順番決めなきゃなあ」

 神谷の右隣りの辺に座る、神谷の右隣の席の男が言った。その同じ辺に座る更に隣りが先ほどの女の席だ。男は仕立てのいいカジュアル服を着ていて、軽薄そうな雰囲気の割に落ち着きがある。見た目は若いが四十くらいだろうと予想しつつ、神谷はその男に尋ねる。

「勝手に決めていいんですか?」

「うん。準備はできているから、本日三十話よろしく、とだけ聞いたんだけどね、入口のじいさんに。俺、森山っての。よろしく」 

「よろしくお願いします、神谷です」

 各自の前に、六本に枝分かれした燭台が置かれている。うねっとしているだけで余分な装飾はないが、真鍮製の年代物に見えた。すでに、黒い蝋燭が五本刺さっている。あとは、ペットボトルのお茶が一本に紙コップと、小皿に載ったマッチ箱。箱は黒く、皿は赤い。お茶のペットボトルが妙な安心感を出している。

 あとは、正方形の白い紙に、黒々とした墨で文字が書かれたものが二枚、テーブルの中央に置かれていた。

『①悪い霊』

『②生きている霊』

「これは、話のテーマですか?」

「そうみたいだね。最初に悪霊で、次が生霊ってことかね。生きている霊ってすごい表現だよね」

 神谷の問いかけに、森山が答える。

「待っている間に、どう進めるかは五人でだいたい決めさせてもらいましたよ。私は相川(あいかわ)と言います。よろしく」

 よれたノーネクタイに白いワイシャツの中年男性が言う。扉からすぐ右側の席だ。五十過ぎくらいだろうか。顔は笑顔で中年太り気味なのだが、疲労感を漂わせたおじさんだった。

「蝋燭全部つけてから、一話ずつじゅんぐりに話して一本ずつ消していくってことに決まりました。あ、ぼくは田中です。で、今、一つ悩んでたとこなんですよ」

 神谷と同じ辺の左隣りの男が、気安げに言った。みれば、二十歳か、十代かという若い男だった。神谷は大学を出て勤め始めてまだ一年目。今日は服装もラフだ。大学生くらいに見えるのかもしれない。

 神谷にしても、一番年下かと覚悟していたので少し気が楽になった。

「何か問題が?」

「何を悩んでるんだかわからないようなことよ。このままならこのままだし、そうでないなら勝手になるでしょ」

 なぞなぞのようなセリフを吐いたのは、田中側の隣りの辺で、田中の隣りに座る女だった。同じ辺のその隣り席で、相川が微妙な笑みを見せる。神谷は女をよく見て目を見張る。知っている顔だったからだ。相手は、そんな反応には慣れているようで、表情も変えない。

「名乗る必要あるかしら?」

「いえ、知っています。羽生(はぶ)さんですよね」

 あまりテレビを見ない神谷でさえ知っている、芸能人だ。テレビでは着物のことが多いので、すぐに気づけなかった。無愛想なアイドルにして霊能者、そして、ツンデレと評される、芸能界でも独特の立ち位置にいる有名人だ。

 羽生晴花は神谷を正面から、わずかに目を細めて見る。そして、ふっと笑んだ。

 何か見えたんだろうかと、見られた方はドキドキする。

(これもツンデレワザか?)

 あまり関わらない方が良さそうだと、神谷は視線を巡らせた。

「いえねえ、灯りですよ灯り」

 最初に声をかけてくれた女が言う。

「灯り? ああ、蝋燭だから、照明を消すか、とか?」

「そうそう。ちなみに私は岩田です」

 神谷は、扉を見た。正確には、その脇の壁を。

「まあ、普通その辺だよなあ」

 森山が神谷の目線を追って言う。

 見当たらず、神谷はほかの壁を見る。が、ない。

「だから、このままで良いならこのままだし、違うってことなら、誰かが操作するでしょって言ってるの」

 三階の床部分の天井についているライトの、スイッチがない。リモコンも見当たらない。扉の外にもなかったはずだ。なるほど、こっちではどうするも何も、できないのだ。

「なんか、説明もろくにないし、なんかねえ。俺、合コンって聞いてたんですけど。まあ、三晩怪談しゃべってろとも言われたけど。あとは会場とバイト代と集合日時の話だけで。あ、男女数合わないかもとは言われましたね。なんか他に情報あります?」

 森山が首をめぐらせても、誰も新たな情報を語らない。首を振ったり小首をかしげるだけだ。神谷にしても同じだった。

「百物語の仕事だ、とは言われましたよ、会社で。僕は営業でもなんでもないんですけどね」

 神谷が言うのに、岩田がコクコクとうなづく。

「わたしも。よく会社の宴会でしゃべってたから、お前行けーって」

 相川も腕を組んでうなづく。

「体験談を語ってこいと。私はお客がいるんだと思ってましたよ。営業してこいと言われたので、ちょっと変わった接待だと。」

 田中も小首をかしげて言う。

「僕も気分転換にバイトしてこいって、親に。変なバイトだと思ったんですけど、ほぼ無理やりで」

 ツンデレアイドルがため息を落とす。

「適当だったらありゃしないわね。遊園地の夏企画で百物語をやると聞いたわ。生だと何しゃべるかわかんないから、録音して編集して人形座らせて本番で使うそうよ。途中、多少見学者が上に入るらしいけど。よくたったそれだけの話聞いて三晩も仕事来る気になるわね。信じらんない」

 正直者だなあと、神谷は苦笑いした。

「仕事と言われれば行けってだけで来ますよ、しがないサラリーマンです。準夜勤手当くれるっていうし」

 神谷も正直に言ってみた。

「えー、わたしは三日間仕事来なくていいからこっち行けってだけでしたよ、そんな手当出ない。戻ってきたら飲みに連れて行ってくれる約束ですけどね。ちょっといいお店って言ってたから、手当分いいの飲めるのかな?」

「おや、イケる口ですか」

 相川が嬉しそうに言う。

「あはは。お酒は好きですよ」

「これだけ雰囲気作ってあるんだから、赤ワインとか並んでてもいいのになあ」

 森山がお茶のペットボトルをつつく。

「仕事にお酒出るわけないでしょ」

 岩田がパチパチとまばたきしたのを、神谷はちょうど見てしまった。飲んで来たのか?

「まあ、仕事ですが。でも相川さんは接待だからお酒ないと物足りないんじゃないですか?」

「まあねえ。岩田さんほどじゃないけど」

 森山の返しに、相川が岩田を見る。相川も気づいたのかもしれない。

「百物語だから、日本酒でもいいなあ。一話につきおちょこ一杯とか?」

「ノンベエだねえ」

「終わったら打ち上げしましょうねえ」

 雑談はそろそろにして、あとは順番決めだね、と森山が言うのに、遅刻の罰に一番で仕切って貰いましょう、と羽生が神谷に視線を向ける。

 あっさり周囲が同意し、進行役もね、と役を追加されたが、遅刻した神谷に逃れるすべはなかった。


ーーーーーーー扉ーーーーーーー

    相川   岩田

  羽生   ▲   森山

     田中 神谷

       梯子


席順。黒い▲を大きくした感じのテーブルです。


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