第四十八話 森山 川の字
職場のおじさんに聞いた話。
その人、山田さんてことにしとくか、山田さんは千葉の南の方の出身だそうで、今は六十くらいかな。そのお年の人が小学生の頃の話。
千葉って、ほぼ真っ平じゃないですか。ちょっと高い山があるとお城とか古墳だったり、なんか大きなアンテナ立ってたりするらしいですね。で、学校もそういうところにある。標高数十メートルの小高い山の上。山田さんの通っていた小学校もそのほぼ山頂で、裏にちょこっとだけ手つかずの状態の山が残ってた。そこのことを、学校では『裏山』って呼んでいたんだそうです。
規模はたいしたことなくて、十分も歩けば抜けられるから迷子になるようなこともない。子供にとってはいい遊び場だったんだそうですけど、万が一のこともあるから、まあ、当然、立入禁止で。けど、別に柵も何もないし。どこの所有だったのか、 先生と一緒なら入ってよかったりもしたらしいです。理科の授業とかね。
なので禁止と言われていてもよく入り込む子供たちがいた。でも、山田さんのクラスの子がそこで漆にかぶれてひどい目にあって、一週間くらいすごい顔のまま登校してきてたんで、急に行く子が減ったんだそうですよ。
山田さんが言うには、隠れ家みたいなもんだから、裏山でほかの子に会うと急につまらなくなるんだそうで。だから、人が減ったからこそ行ったんだ、と。
夏休みになるとまた増えるだろうってことで、夏休みに入る少し前の時期に、友達と三人で裏山に遊びに行ったんだそうです。
そこ、クワガタとかカブトムシが採れるんだそうです。でも夏休み前は今ほど暑くないし、朝早く行かないといけない。でも、立入禁止のところに行くので当然親にも内緒なわけですから、やっぱり、学校が終わってからじゃないと行けない。
で、学校帰りに裏山に入ったはいいけど、結局、クワガタもカブトムシもみつけられなかったんだそうです。
で、諦めて帰ろうかって時に、いつもの道に戻る手前で、スーパーボールをみつけたんです。昔もあったんですね。今もお祭りの出店でスーパーボールすくいとかありますよね。いろんなサイズがあって、めちゃくちゃはずむやつ。その頃もはやってたんだそうですよ。でも、今よりは値段も高かった。学校の廊下で窓割った奴がいたから学校は持ち込み禁止だったってことですが。あれ、よく弾むから学校の廊下でやったら面白いでしょうねえ。力加減したらそれはそれで面白くないし。学校なら階段でやるといいんですよ、窓少ないしどこ跳んでくかわかんないから。
まあ、そんなわけで、当時の子どもとしてはうれしい発見だったんだそうです。卓球の球くらいの大きさの面白い柄のヤツがちょうど、三個落ちていた。山に落ちてたものだから汚れてはいたけど、ちょっとぬぐうときれいになったから、これはまだ新しいな、て。
で、当然のごとく、山田さんたち三人はそれを持って帰ったんです。ジャンケンでどれがいいか選んで。はずみ具合も問題なし。学校の校庭の水道で綺麗に洗って、昇降口に放置しておいたランドセルしょって、ご機嫌で家に帰ったわけですが。
その晩、変な夢を見たんだそうです。
暗い森の中で、寒い寒いって震えている夢。木に縛り付けられて動けない。虫はよってくるし小動物が動く音は聞こえるし、不安で 不安で泣きわめいて助けを求めている。自分がね。そんな夢ばかり、一晩中。
次の日、学校に行ったら、裏山に行った友達のうち一人は熱で休み。もう一人も、夢見が悪かったって具合悪そうにしていて、保健室行きになって早退したんだそうです。更に翌日にはちゃんと三人そろったんですけど、やっぱり三人とも夢見が悪くて調子が悪い。
で、互いに夢の内容を話しあってみたら、皆似たような夢を見ているとわかった。
暗い森の中で。山田さんは寒い、一人は痛い、もう一人は苦しい。
で、森の中のことでしょ?
山田さんは、寒い中、後ろ手に縛られてたけど、なんか手に握ってる感じがあったんだそうですよ。それが、多分スーパーボールだろうと。
だから、これのせいだろうってことになった。
幽霊なんて漫画やテレビの中の話だろうといって強がってる年頃なわけですけどね、逆にそんなもんいないって主張するほどの年でもないわけで。三人とも、夏休み前にすっきりしたくて、手掛かりはそれしかないし、それで、とりあえずボールを裏山に返して、もし夢見が変わらなかったら、そん時はまた次の手を考えようってことになったんだそうです。
で、一度家に帰ってから、ボールを持って裏山の入り口で待ち合わせをした。
いざ、入ろうってところで「こらーっ!」て、先生が二人走って来て。本来立入禁止ですからねー、みつかっちゃって、けど、山田さんたちも必死だし、しどろもどろながら先生たちに事情を話したわけです。そうしたら、それはちゃんと返さなくちゃいけないなあってことで、今後は勝手に入らないって約束させられて、その上で先生と一緒に裏山に入ることになったんだそうです。
先生のうち一人は帰って、一人だけついてきてくれたそうです。たまに観察会とかで入るところより少し奥まで。倒木を乗り越えて、積もった落ち葉を踏んで、コケに足を滑らせながら、ボールを拾った場所にたどりつきました。脚立が倒れて大量の葉っぱに埋もれているのが目印になっていたので、ここでまちがいないね、って、キノコだのコケだのが生えている木のそばの落ち葉の上に、ボールを置いて。先生に言われて、ごめんなさいって三人で、とりあえず木に向かって謝って。それからまたお説教されて。それで、じゃあ帰ろうってことになったんだそうです。
そうして、ぎりぎり、根元にボールを置いた木がわかるくらいの辺りで、大きな木の根を越えた。一応、すべって転びやすいところだったんで全員越えるのを待つ感じになったそうで、山田さん、待つ間に、ボールを置いた木の方をなんとなく、眺めたんだそうですよ。
それで、なんか、まっすぐなものをみつけて違和感を感じた。木の枝とか、それなりにうねってたり横向いてたりするわけじゃないですか。まっすぐなら根元までの一本の木なはずで、途中で途切れるまっすぐなものなんて普通ないわけですよ。何か、まっすぐなものが長さ違いで三本、ぶらさがっていた。
なんだろうって見てたら、みんなもなんだろうって見始めて。
ほぼ、みんな同時にそれが何かわかったんだそうです。
木の枝にぶらさがった、死体だって。
常緑樹の多い森だから、昼でも薄暗くて。真下からも枝葉が邪魔してよほど注意して見ないとわからない、大人の目線の高さより更に上にようやく足が下がってるような高さで。ちょうどその地点から振り返ったときだけ、それらが、モロに見えたんだそうです。
確かに、その木のそばには、脚立が倒れて落ち葉に埋もれていました。けど、まさか上にそんなものがあるとは気づかなかった。クワガタやカブトムシ探しだって、自分の手が届く範囲くらいしか見てなかったから、山田さんたちは真下にいても気づかなかったらしいです。
ちょうど『川』て漢字みたいに並んでぶら下がっていたそうです。両親と、子供の三つの死体が。
一つ下の学年の子が前の年に一家まるごといなくなった話があったんだそうです。まあ、夜逃げだろうと。ちゃんと、学校には急に転校するから今日中に必要書類くれって、手続きしてあったそうです。なので、いなくなっても夜逃げの噂だけで、特に探されることもなかったんだそうです。まあ、借金取りは探したと思うけども。
脚立も使って頑張ったおかげで動物にも襲われず、初冬に不明になったせいか腐り落ちもせず。何ヶ月も、ああしてぶら下がってたんですね。ちょうど雨不足だったし、台風だのも来てなかったのもあったのかなあって、山田さんは言ってました。
山田さんは、その騒ぎの後、また夢を見たんだそうです。一回だけ。他の二人は見なかったそうです。本当に見なかったのか、見ても覚えていなかったか、わかりませんけど。
夢で、山田さんは父親に連れられて裏山に入ったんだそうです。父親といっても、実際の自分の父親ではなくて、父親だと思う人、ですね。父親は背の高い脚立を一生懸命運んでいて、ところどころ運ぶのを手伝いながらのぼったそうです。そうして、大きな木の根を越えた先で、木に縛りつけられて、脚立と一緒に置いて行かれた。手に持っていた宝物のスーパーボールは、持ったままにしてくれた。それをお守りのように離さずに、泣きわめいて助けを求めて。あたりがすっかり暗くなって、疲れ果てた頃に人の気配がして、母親が来た。
その後ろからは、父親がやって来る。その父親に何かをわめきながら、母親が一生懸命縄をほどこうとする。
その母親の頭に、父親が大きな石を打ちつける。
頭を抱えてうめく母親の首に縄をかけて、父親が脚立を広げて木に寄り掛からせてのぼっていく。それから、持ってあがった縄の端を握って落ちてくる。代わりに、母親の体が吊り上げられていく。
多分、紐をかけた枝に何かすべりやすくなるものを巻いていたんだろうって、山田さんは言ってました。夢をよく覚えているみたいでしたね。母親はバタバタ暴れていたのに、結構スムーズに持ち上がって行ったんだと言っていました。
ずーっと上の方まで引き上げてから、父親がまた、脚立をのぼっていって、母親を吊った縄の端を上の方の枝にしばりつけて、新たに枝に縄を渡して両端を下ろしてから、子供のところに戻ってきた。
それから、泣き叫ぶ子供の首に縄をかけて、木に縛っていた縄を解いて、足が届くぎりぎりに突っ張らせた状態で父親はまた脚立をのぼって行って。
今度は、一気に、自分は引き上げられた。父親が逆に落ちて行くのを見た。
手から、三つのスーパーボールが落ちて散らばって。で、急に、あたりが静かになって。
つい、たった今まで泣きわめいていた声が消えて。ただ、森の音だけが聞こえて。
父親は、子供を吊った縄の端を握ったまま、しばらく、森の音を聞いていました。
山田さんは、高い木の上でぶら下がったまま、その状況を見て聞いていたそうです。
しばらくして、父親はまた脚立をのぼって、端を結んで。子供を挟んで、新たに縄を結んで、自分の首にかけて。脚立を蹴り倒して。
またしばらく、父親は木の上にじっとしていたそうです。そのうち、夜が明けてきた。
鳥の声が聞こえて。そのすぐあと、父親はよろめくように枝から落ちて、父親も吊り下がって、死んだようだって。
そういう夢を、はっきり覚えているんだそうです。
本当に、そのとおりのことがあったのかは、わかりませんけどね。
語り終えると、語り部は一本の蝋燭の火を消した。




