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百物語が終わる迄  作者: 藤田 一十三
第八巡 幽霊が出ない話
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第四十四話 田中 暴れん坊

 中学の時に、友達に聞いた話です。

 ある日、自宅のトイレにこもっていたんだそうです。

 彼の家は、玄関を入ると階段があって、その階段下にトイレがあるんだそうです。

 築二十年くらいたっている家で、親が結婚するときにその親が建ててくれた家だって言ってましたね。跡取りの家を庭に新築してお嫁さんを迎える風習があるところなんだそうです。

 なんでも、その日は家族が出払っていて、本を持ち込んで心置きなくこもっていたんだそうで、そうしたらいきなり、 だだだだだっと階段を駆けあがる足音が頭の上でして、何事かと見上げたけど、まあ、当然天井が見えるだけだし、あわてて立つわけにもいかなかった。

 で、落ち着いて今のはなんだろうかと考えたんだそうで。

 そもそも誰もいないはずだし、当時彼は中学生で、末っ子だったから弟妹もいない。重量のある自分の両親にはあんな勢いで駆け上がるなんてことはできるはずがない。

 ドアを開け閉めする音もしなかったし、冬だったから窓も開けていない。来客対応をしたくなかったので、鍵も閉めておいた。

 悩んだ末に、やむなく彼はくつろぎタイムを中止にして、玄関を確認した。ちゃんと戸も鍵も閉まってる。それで、本を片手に二階に上がってみたんだそうです。二階に自室があるし、ついでに本をかえようかなと暢気に上っていったら、二階で暴れる音がし始めた。それも、自分の部屋の中で。

 階段を上りきったところで、途方に暮れたそうですよ。彼、お化け屋敷で大笑いする人なんですけどね。

 怖いって感覚がないみたいなんです。

 部屋の中からは室内を縦横無尽に暴れ回る物音が続いているし、けど、ドアは閉まっているし、窓も鍵が閉まっていたはずだし。

 彼はまず、二階の他の部屋を見てみたそうです。残されている兄達の部屋と、狭い物入れ。

 不審なものはないし、いないし、窓も閉まっている。

 自分の部屋の前に戻ると、まだ何かが駆け回ってる。いったい何が楽しくて走り回ってるんだろうかと、のんびり考えたらしいです。

 部屋は六畳。ベッドと勉強机と本棚、チェストと家具があるんで、床はあまりスペースがない。

 どうも、物音からして、ベッドにのったり家具の上の物を落っことしたり体当たりしたりしながら駆け回っているみたい。

 何か動物が迷い込んで、器用なことに玄関も部屋のドアも全く彼が気付かないほど静かに開けられて、そして静かにしっかり閉められたのだろうと、彼は結論づけたそうです。玄関は内鍵までちゃんと閉めてね。どんなに不思議なことだろうと、現実に起きている以上、そういうことがあったのだろうって。

 遊んでいるのか、何かに襲われてパニックになっているのか、なんにせよ少し用心して入らないと怪我をしかねないなと思って、手にしていた文庫本をしっかり構えて、そうして、 彼は自室のドアに手をかけたそうです。

 内開きのドアを押し開けた途端に、物音は途絶えて。

 彼は壁に張り付いて手だけでドアを押し開けていたんですけど、恐る恐る中をのぞいてみた。

 予想通り、部屋はめちゃくちゃだったそうです。ベッドの布団は落ちてるは、カーテンは半分破けているは、チェストの上に置かされていた母親の自信作の趣味の陶器人形も落ちて割れていたし。

 そして、どういうわけか、天井から下がっていた電灯の傘が、大きく揺れていた。

 傘は床から二メートルくらい上にあるわけで、猫が暴れたって、そんな高さわざわざ飛び上がるとは思えない。

 ここにきて、ようやく、彼も「うわあ、やばいかも」と、思ったんだそうです。

 ざっと見ても、暴れん坊の正体は見あたらない。窓はやっぱり閉まっているし、鍵もかかっている。

 中にそっと入って、ドアの裏ものぞいてみたけど、チェストの上から落っこちた箱の中身が散らかっているだけで、何もいない。

 どこか隠れ場所は・・・・・・と思って見回して、ベッドの奥の隙間を思い出した。

 シーツを直したりするために、30センチくらい空けてあったんですね。

 そばに行くと、破けて垂れ下がったカーテンがその隙間にかかってて、なんか、盛り上がってる。

「ビンゴだ」とか思いながら、そーっと持ち上げてみたら。

 なんと、真っ黒いイノシシ。柴犬サイズだったって。

 いきなり自室で上目遣いのイノシシと目を合わせるってのも、なかなかオツな経験だよなあと、思ったそうです。

 のんきにカーテンよけて見てたら、バッとイノシシが跳ねて飛びかかってきて、彼はとっさによけた上に、反射的に持ってた文庫本ではたいちゃって。それがまた、イノシシの顎にヒットしちゃったんだそうです。

 それで、イノシシの勢いがおちて、一度下に落ちた。見れば、下半身は狐みたいな細い足と、ふさふさの尻尾だった。

 驚いているうちにそれは跳ね起きるなり再びベッドの上を跳びはねて、窓に飛び込んだんだそうです。

 窓の下は狭い庭で、ガラスが割れて、その破片と一緒に黒い生き物は落ちていった。

 彼があわてて窓を開けて下を見ても、破片しか落ちていなかったそうです。

 すぐ、庭に降りてみたけど、もうどこにもいなかったそうです。

 結局、それがなんだったのか、どこから入ってきてどこに消えたのか、なんで暴れ回っていたのか、なんにもわからない。上半身猪で下半身狐の柴犬サイズの生き物に、玄関の開け閉めやら鍵の開閉やら、部屋の戸の開け閉めやらできるはずもない。彼が部屋を出る前から部屋にいたとしたら、階段を駆けのぼったのはじゃあなんだ? てことになるし。

 その上、部屋をめちゃくちゃされて大掃除だし。ガラスと陶器の人形が割れたせいで母親にさんざん怒られるしで、彼自身は踏んだり蹴ったりだった。

 そういう意味で、彼は、超常現象はもうこりごりだって、よく言っていました。

 古い下町の住宅街で山も森もない、せいぜい公園と見通せる程度の林しか緑のない土地に、イノシシなんかいるわけないんです。しかも、上下別種の動物なんか。

 彼、その事件のあとイノシシ肉を食べる機会があって、それ以来好物になったと言っていました。まあ、近くじゃ取れないんで、めったに食べられないそうですけどね。


 語り終えると、語り部は一本の蝋燭の火を消した。


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