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やっぱり遅刻しました

ほぼ、会場の説明。

 集合時間の十八時を、すでに十分ほど過ぎてしまっている。

 神谷冬季(かみやふゆき)は、遊園地には集合時間の五分前に着いた。しかし、窓口で案内された会場の建物まで十五分もかかってしまったのだ。夏休みで混雑していたため、人混みを抜けるのも大変だったが、道がどれもゆるやかにカーブしていたり植え込みがあったりで現在地も目印もわかりにくいうえに、遊歩道が何本もあってどれがパンフレットにある地図の道なのかわからなくなったりで、時間がかかってしまった。

 一応、もっと早い電車に乗る予定ではあったのだ。

 仕事で朝帰り、というか昼帰りだった。完徹のまま夜間の仕事に行く気にはなれない。ちょっとだけ、のつもりが、スマートフォンに設定しておいた大量の目覚ましを無視しまくってしまった結果、最後の最後でギリ間に合う電車、としてチェックしておいた電車になってしまった。

 そもそも、三日間の準夜勤を入れておいて、直前に昼夜連勤を入れてくる方がおかしい。もっとも、昨日は本当は日勤の予定だった。しかし、急な残業になった。準夜勤や夜勤の者もいるし、どうせこんな時間までいたなら、いっそ朝まで仕事しちゃったら? と同僚に言われ、三日間会社の仕事ができず溜まることを思えば、手元の仕事を極力片付けておいた方が後が楽、と従った結果、朝方にトラブルに巻き込まれて昼まで仕事をするはめになったのだ。

 しかし、朝のトラブルは冬季の仕事の分掌だった。同じ仕事ができる者は同じ地域にはいない。自宅に帰っていても、冬季が呼び出されていただろう。

 足早に歩きつつ、楽しむ客達の様子を見る。幸せそうだ。

 若干名、やむを得ず朝からこの時間までつきあっているとおぼしき疲れ切った人々もいる。

 どちらかというと『かわいい』系の遊園地である。パステルカラーの建物群と白いお屋敷群。常緑樹に囲まれたレンガ敷の遊歩道。テーマはメルヘン。

 そこに、真っ黒い壁に、三角錐の赤い屋根が載った建物が現れる。異様だ。

 しかし、それもメルヘンの一部なのだろう。

 そして、そこが神谷の目指す建物でもある。

 向かっている間にもそれは常に見えていたのだが、間近で見ると異様さに拍車がかかっている。

 黒は黒でも「真っ黒」としか言いようがない、どっぷりと黒ペンキを分厚く塗った質感の壁と、これまただっぷりと真紅の粘度の高いペンキを上からかけたかのような屋根。瓦ではない。一見、べとべとした積み木のようだ。わずかに壁から張り出した軒から赤いドロドロが垂れ落ちていないのが不思議に思える。ベタ感でサイズ感までおかしくなってくる。人の頭サイズでペンキが垂れていそうである。実際には垂れているのかもしれないが、見えるサイズのはずはない。

 巨大積み木ではない証拠に、一応、屋根のすぐ下の階には窓があった。真っ黒なガラスだが。

 地図からすると、その建物は正三角柱らしい。

 建物っていうより、完全に塔だな。

 まるで、森の中で七人の小人たちと楽しく過ごす白雪姫の元へ、毒林檎を持ってやって来た、黒マントに赤い唇の継母のようだ。と神谷は思う。

 なるほど、メルヘンだ。

 ようやくついた。

 塔の入口は目の前にある。

 しかし一階分地下にあり、ぐるりとらせん状に半周下らなければその立派な扉にたどり着くことはできない。しかもその階段の始まりは塔の裏側だ。

 扉の前に、燕尾服の男が立っているのが見えた。

 白髪交じりの髪をきちんと七三に整え、口髭をも蓄えた初老の男。見たことがあるような気がする。

 そう思いつつ、神谷は塔の裏側へ向かって走る。遊園地の入り口から直線距離なら半分の時間でこれたと思う。どっちにしろ遅刻だが。

 最後まで、近くて遠いなあ。

 神谷は塔の真後ろの植え込みに囲まれた石段を駆け降り、塔の扉の前にたどり着いた。

 重厚な扉のその真ん前に立つ男性は、三段ほどの段差の上から不機嫌そうに神谷を見下ろしている。

「遅くなりまして申し訳ありません」

 遊歩道から下る石段から数歩の距離。神谷は、男の前に立つまでに姿勢や気配を整える。

「本日開催のお話会会場は、こちらでよろしいですか?」

 真夏に燕尾服の男は、遅刻についてはしれっと一言詫びてすまし、名乗りもせずにこやかに問いかける神谷をじろりと睨むと、二階へどうぞ、と扉を開いた。

 両開きの、重々しい扉の片側を引き、男は自らの身とともに下がる。

 開かれた扉の内。中には、誰もいなかった。

 神谷は数歩、中に踏み込む。ただ広いだけのホールがあり、階段が壁沿いにあった。三角形の二辺それぞれに。いずれも、壁を向いて右から左へと昇るようになっている。

 ここは一階ということで良いのだろうか、と考えつつ見回したところで、その背で無言のまま扉が閉められた。

 そこで、神谷は男を思い出した。扉を閉めた初老の燕尾服男。

 実家に行ったときに、遠い親戚にくっついていた男だ。いつも黒スーツだった。

 名乗らなかったのは正解だったな、と思う。男を誰だか気づいたうえで、あえて名乗らなかったように見えただろう。気づかなかったと思われるのはあまりよろしくない。セーフ。

 神谷の実家は、かなり普通ではない家だ。そこでは、年に一度、八月に一年祭という行事のために親戚が問答無用で集められる。あの男は神谷の曽祖父の弟のひ孫にくっついていた。

 この遊園地、あそこん家の関係か。

 親戚には『金持ち』が多い。

 塔を回り込むときに、植え込みでごまかした高い塀が見え、その向こうに塔と同じくらいの高さに見える洋風の建物の一部が見えていた。

 おそらく、神谷の七つ上のその遠い親戚の娘、たしか「ひかり」という名前だったが、彼女がこの遊園地を庭にしているのだろう。

 どうりで。

 年に一度しか会わないのだが、ひかりはここ数年、服装がいわゆるゴスロリなのだ。

 親戚達は、話ができないわけではないが、程度の差こそあれ気を許せる者はいない。同居する甥っ子のフォローも必要だし、年一回の集まりは非常にストレスのかかる行事だ。強烈な悪意を持つ者もいる。ひかりは、たまにこちらを見る様子はあるが、特に話しかけてもこないので服装の割りに印象が薄い。

 そういえば、いつもあの髭の男がついているのに、二年前だけは一人で来ていたように思うので、その時は問答無用で集められたのかもしれない。彼女も、集まりを良く思ってはいないのだろう。あの年は七年に一度のその名のとおり七年祭という一族にとって大きな祭事だった。

 七年に一度の祭事というより、七年に一度の惨事だよなあ、あれは。

 たびたび死者が出る。前回はひどかった。

 今年の一年祭は、この仕事のすぐ後にある。七年祭ではないので、日帰りでも良い。杞冬も連れて行かないといけないので、夏休みが終わるのを理由にすぐ帰るつもりでいるのだが。

 この仕事の日程を決めているのが彼女であるなら、わざわざ予定が続くようにしているのかもしれない。

 その親戚の趣味が反映していると思われる室内は、ほぼ正三角形のようだ。そして、赤い。壁も、床のカーペットも、天井も。

 神谷を入れて閉じられた扉さえも赤い。

 ただ、二方向にある天井から床まである鋳鉄製の手すりつきの柵と、それに一体化した階段だけは黒かった。

 どうやら、さらに地下もあるらしい。

 二方向、三角形の二辺の階段のうち、一つは地下からこのフロアに出入口を持たず、そのまま二階へ延びているように見える。天井から床までの柵には扉になっているところはないようだ。もしかしたらあるのかもしれないが、利用させる気はないのだろう、ぱっと見ではわからない。

近づいて下を見ると、降りきったところに外に向けた扉があり、扉の上には非常口を示す緑のパネルが見えた。今は照明のスイッチは入っておらず、階下は薄暗い。上を見ても角まで続く階段のみで、こちらには見える範囲に扉は見えない。

 一階の唯一の扉は今入って来たものだけだ。窓もない。

 赤味がかった、外開きの大扉。その両脇は、ただの広い真っ赤な壁。

 外壁や屋根の色と、中の扉や階段、カーペットや壁は、素材別で微妙に色合いは違うものの基本的に黒と赤の二色のみ。悪趣味だ、と本気で思う。

 自分がここに来ることになったのは、絶対の確率ではなかった。ひかりが誘い込んだのかもしれないが、あちらも来る可能性を作っておいた程度だろう。

 来る候補はほかにもいた。最後は二つの仕事のどっちを選ぶかで、神谷が自らこっちを選んだのだ。

 いや、あの二択なら絶対こっちだろ。

 やっぱり仕組まれていたのかもしれないが、自分で選んだ感があるだけに、気分は良くない。

 その気分を顔には出さず、神谷はもう一辺の階段を目指す。こちらは、一階から始まり二階で終わる階段だった。

 しかし、その一辺は地下からの一辺と同じく、一階の床から天井まで、手すり付きの柵が伸びている。

 一メートルほどの幅の柵が切れたところから階段の空間に入れるのだが、入り口はわずか二メートルほど上からやはり柵が天井に伸びている。その人が通れる分だけ柵がないことと、始点である角に一辺一メートル程度の踊り場が存在することだけが、もう一辺の地下からの階段との違いである。

 柵をくぐると、三角柱の角であるため、空間はかなり狭い。神谷はすぐに体を左にひねり、階段に足をかけた。

 階段幅は、もう一辺の地下からの階段と同じく、一メートルほどの幅だった。神谷は、鋳鉄製の黒い柵と赤く塗られた壁との間を昇っていく。階段は蹴り込みなしで鋳鉄製の板が壁と柵にくっついているだけだ。柵には溶接され、壁側は赤い壁に端が埋められている。壁から直接生えているように見えて強度が信用できず、体重を預けなくてはならないことが、かなり怖い。

 一階から二階までには気持ち程度の踊り場が一か所あるだけだ。壁と柵に囲まれていて窓もなく上下にしか逃げ場がない。つまずけばかなりの距離を転がり落ちることになる。人がすれ違える程度の幅はあるが、急病人などを担架で運ぶことなどはできないだろう。

 まあ、転んだら柵か踏み段にとっさにつかまるだろうから、下まで転がり落ちることはないだろうけど、高所恐怖症には無理な階段だな。

 アミューズメントパークでは、雰囲気は周囲に合わせてあるが関係者以外立入禁止の建物があるものだ。きっと、ここも扱いは倉庫などになっているのだろう。

 外から大扉を目指して塔を回り込んだ時見た限りでは、非常階段の類も見当たらなかった。扉のある辺だけは、二階が庇のように出ていたので、おそらく一階は正三角形ではないはずだ。それに、外観よりも内観の方が大幅に小さい三角形になっている。扉がある辺以外は、外壁とこの部屋の内壁との間に空間があるのだろう。

 おそらくはその中に、非常時に対応できる階段なりがあるのだろう。塔の裏側にはエアコンの室外機や諸々の配管なども見えた。おそらく、この塔は増設されたばかりで、まだ消防点検などをクリアしていない。地下の非常灯が消されていたように、消火器や非常口の案内はこれから追加するのだろう。

 メルヘンと消防法その他法律を成り立たせるのは大変そうだ。

 裏側を見ないと塔の扉の前に立てないということは、一般客をそのルートで招くつもりがないということでもある。その割に内装などは雰囲気を作る意図がある。たまにこの手の遊園地で噂にある、特別ゲストのみが入れる建物、というやつなのかもしれない。

 いろいろ思いつつ、足場も怖いし遅刻もしている。神谷は足早に階段を上りきる。

 二階に上がりきるなり、コーナーを急角度で曲がる。角が一階の床と同程度の踊り場になっていて、三階への階段はつながっておらず、次の辺は階段と同じ幅の通路が伸びているだけだった。

 その通路の真下は、地下から続く階段があった辺のはずだ。階段の高さの関係か、通路は長くない、階段の半分程度だ。行き止まりはただの壁。その向こうは、同じ高さを目指す階段があるのだろう。

 行き止まりのすぐ左側の壁に、片開きの扉がある。黒味を帯びた木の扉だ。外開きで、開口部はちゃんと階段側に開くようになっており、ちょっとだけ安心した。床と天井と外側の壁は真っ赤。内側の、木の扉側の壁は黒い。

 窓はない。

 外壁側の右の赤い壁にもシンプルな戸がある。『staf only』と赤い戸に、直に黒文字で書かれていた。こちらの戸は突き当たりぎりぎりにあり、内側で突き当たりの先に引き込まれる構造の引き戸になっているようだった。外壁側の引き戸と内壁側の外開き扉が干渉しないようにしてあるということだ。

 仕事柄、非常口や避難経路が気になってしまう。とりあえず、消火器も何も見当たらない現状で、火事や地震が起きないことを祈ろう。

 神谷は、諦めて左の黒い扉をノックしてみる。

 ノックに対し、若い女性の声が聞こえた。高価そうな一枚板でできた扉を引き開けると、見た目ほど重くなく、静かにそれは開いた。


建物は地下一階地上三階建て。黒い三角柱の上に赤い三角錐の屋根が載っている。

一階も二階も関係者用空間があり、一階も外観よりは狭い三角スペースで、二階は更に狭い三角スペースとなっている。

色は素材で色味は違うが基本は赤と黒の二色で構成されている。

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