勇敢は、強さだけじゃないですよ。
「ひかりさんの伯父さんにあたる人が管理人なんだと思います。密教系の修行をしたようで、名前だけ奈々谷津の会社の役員になってますけど、本業は呪術者なんですよ。冬尚さんていうんですけど、冬尚さんは、年一回の祭り以外は全く姿を見せないで、その怨霊を倒すために修行をしていると言われていました。多分、今回、その怨霊をここにおびき出して退治するつもりなんじゃないかと思います」
神谷が言うには、冬尚の父でありひかりの祖父である男が、やはり怨霊に憑依され、親族を殺しているのだという。七縛りは神様以外のモノを入れてしまうと、器になれなくなる。
怨霊の正体は既に割れている。冬尚の父、冬春が殺したのは実の父親とその兄である伯父。伯父の妻の恋人が、自身の子をその妻に産ませたが数か月で死んでしまった。殺されたのだと恨んで、多くの七縛りと神宮経験者を殺戮し、死んだという。五十年以上前の話で、まだ当時は世に話が出ないようにすることができた。捜査はされたが緘口令が敷かれ、ほぼ地元でしか知られていない大事件なのだという。そこで、愛人だった女を含む二十人以上が殺されたそうだ。その男が怨霊となり、殺しそびれた愛人の夫の血筋を滅ぼそうとしているとも、神ごと葬るために七縛りを全滅させようとしているとも言われているのだという。
「ひかりさんの曽祖父と、私の曽祖父が冬尚さんの父親の冬春さんに殺されたんですが。ひかりさんの奈々谷津系ではその人だけですね、憑依されたのは。私の曽祖父の系統は子供も孫も多かったので結構生き残って、憑依されたのは二人で三回。なんにせよ、その二系統しか残っていないんです、七縛りの家系は。冬尚さんが必死になる理由は私にはよくわかりませんけどね」
よくわからない。自分が殺されるのが怖ければ、わざわざこんなことはしないだろう。そうすると、姪のためなのだろうか。岩田はゴスロリひかりを思い出す。地味に頭にきたのだが、まあ、祭りで助けてくれるらしいので、勘弁してやろう。
「百物語をして霊が集まりやすい環境を作って、地下でそれを更に助長して。建物がもう、閉じ込めてますから、霊は出られない。地下からいずれ、うちの家系に憑いている怨霊を引っ張り出そうとしているんだと思います。おそらく、あの怨霊は憑依してきた三人や殺された人も巻き込んでパワーアップしていっているんだと思うので、それぞれを引きはがすために森山さんや田中さんを巻き込んでいるんでしょう。相川さんはそこから一時的に分離されているので、怨霊を釣るための餌みたいなものでしょう。私はその後の本命の餌ですね。私がやられているうちにまとめて退治するつもりなんじゃないかと思いますが、まあ、うまくいけばの話ですね」
あまり成功すると思っていない話し方だ。しかも『私がやられているうちに』とは、勝手に決められた本命の餌役を、どうするつもりで言っているのだろうか。
「えーと、それだと、私らはどうするのがいいのかな?」
岩田が訊いてみると、神谷は首を傾ける。
「まあ、乗る気があるなら、怪談話すだけですよ。あとは、身の安全のためにお札を離さないでくださいね。終わった後と明日始まる前に、また作り直します。今使っているのは交換で回収します。多分、地下で護摩壇作って火を使っているので、火事が怖いです。三階にシューターがありましたから、明日はまずよく点検して使い方を覚えておきましょう。明日はスカートはやめた方がいいですよ」
言われて、一同、上を見上げた。
塔なだけに、障害物なく細長い。高く感じる。三階分をシューターで降りるのは、かなり怖い。
「まあ、乗らないなら、このまま一階の扉から入って荷物を持って一階から出れば終わりです。一階を通って出るっていうのが、抜け方ですね、ここの場合は。それで縁が切れますから、簡単ですよ。人が減っても話の数さえ足りれば術は動くでしょうから問題ありません。お札はもよりの神社のお札置き場にでも出してもらって大丈夫ですよ。ちなみに私は七縛りなので、ここで何があっても死ぬことだけはないんです。でも、ほかの方々にはもしもの危険があります」
言って、神谷がポロシャツのボタンを外す。そうして、みんなに背を向けて、片手でポロシャツとフードを一緒に引き下ろし、もう一方の手で襟足の髪をかき上げた。
そこには、痛々しいたくさんの傷跡があった。
見える範囲で無事な皮膚は、広くても幅三センチくらいしかない。たくさんの縫われた傷と、削れた痕と、筋として残る傷。襟足にも傷は続いていて、手に隠れた後頭部にもつながっているのがわかる。更に向きを変えて、右肩の方が露出するように見せる。そちらも同様だった。
「背中の上半分くらいこんな感じですよ。傷一個でも痛いですよ? ここに残ったら、何が起こるかわかりません。お札は霊障を遮っているだけなので、物理攻撃には効きませんからね。帰るなら早ければ早いほどいいです。今すぐ帰れば遊園地の出口から出られますよ?」
傷一個でも。
それはそうだ。猫に引っかかれただけだって痛い。
縦横無尽に傷つけられたその背中は、どれほどに痛かったか。
岩田は、森山と一緒に動画を観た。
鉈のようなものでがんがん殴られていた。あの一発一発がこれらの傷をつけたのだろう。
神谷は、それらを一切防ぐことも逃げることもできなかった。両手で、甥っ子をつかんでいたから。防ぐためには、手を離すしかなかった。けれど、決してそれをしなかった。
隣りの部屋の人がベランダの境界を壊して入って来て、犯人が逃げて。下の人と協力して神谷と甥っ子を助けようとしてくれた。
けれど、二人を引き離すのに苦労していたのが動画でわかった。
神谷は、その手を離さないことが絶対だったのだろう。
なかなか手を離すことができなくて、結局協力者が増えて四人がかりで、指を一本ずつ引きはがすように時間をかけて二人を上下に引き離していた。
神谷から伝い落ちた血で甥っ子はどんどん血だらけになっていっていた。助けに入った人たちも。
「神谷さんは、結局、やさしいんだねえ」
思わず、岩田はつぶやいていた。
ポロシャツのボタンを留めなおした神谷が、まばたきを返す。
「自分は逃げないんだ。神谷さんが逃げれば計画はご破算じゃないの? 勝手に巻き込まれたのに、一番危ない役引き受けるつもりなんだ?」
「一番危ないのは冬尚さんですよ」
「じゃあ二番目か」
「始めた以上は、退治できる可能性があるなら、参加しますよ。少なくとも、弱体化できる可能性はありますし」
「で、私たちには逃げろって。やさしいねえ」
神谷は、表情を落としている。顔に出さないくせがついているのだろう。若いのにまあ。
「結局、人の心配が先なんだよね。うん、わかった、私は離脱するよ」
せめて、心配する相手の数を減らしてあげよう。
「でも、危ないのは明日でしょう? 今日はお札があれば大丈夫そうだし、いるよ。少しでもネタ提供していくわ」
意外だったのか、ほかの三人も目をぱちぱちさせている。
「私も痛いのは嫌だしね。お祭りは行こうと思うので、ひかりさんが怒ってたら、神谷さん責任とって会わせてよ?」
「・・・・・・私が無事なら、ちゃんと会わせますよ」
神谷が、ちょっとだけ笑みを見せた。
「私はできるだけいるわ。できれば最後まで。ダメだと思ったら逃げる。引き際くらいわかるつもりよ」
羽生が言う。
「俺も最後までいるつもりだけど、ヤバイとなったら逃げるよ。逃げられるうちにね」
森山も言う。
「僕も、一応。頼まれたし」
田中も、同様だ。途中離脱の可能性を口にするだけ、譲歩だろう。岩田が離脱宣言しなければ、それは言えなかったかもしれないのだから。
「いつでも、荷物持って表の扉から出て、逃げてください。明日は帰りに一階を通れるかわからないので、できれば今日中に決めた方がいいですよ」
神谷が言う。そうして、また塔を見上げた。上から、順に下へと、見えないはずの地下まで。
「そろそろ戻りましょうか」
何が視えているのだろうか。
「そだね。私トイレ寄ってから。待ってね」
「私も行くわ」
「俺も」
「僕も」
結局、神谷を置いて全員寄って行くことになった。
「ごめんね」
トイレで、外に出る前に岩田は羽生に言った。
羽生は、口の端を上げて笑みを見せる。
「引き際は人それぞれです。一番乗りは勇敢ですよ」
また、みんなでぞろぞろと地下に降りて行く。
並び順は行きと同じで、森山・羽生・岩田・田中・神谷の順だ。
聞いたことがある。一番前は二番目に強い人、以降は弱い人から順で、一番後ろが一番強い人というのが、逃げる効率のいい順番だと。
神谷は、自然と先頭に森山を送り、自分は最後になっていた。
羽生が二番手なのは、弱いからではなく視えるから。森山のサポート役で二人セットで先頭なのだろう。つまり、この中で一番弱いと見られているのは、岩田なのだ。
消火器訓練ならしたことはあるが、職場は非常階段があるため、高所からシューターで降りる訓練には参加したことがない。
きっと、全員を守りきろうと、最後に逃げるつもりの神谷は、無茶をするだろう。
最後をすべて神谷に押し付ける、勝手な作戦だ。
非常口からエレベーターまで走る。エレベーターは地下一階常駐らしく、すぐに全員を吞み込んでくれた。三階で降りて、下の会場を見下ろしてみると、相川が南瓜と戯れていた。幽霊には、まったくもって見えない。
あの猫も、何か変わったモノなのかもしれないと、岩田は思った。
予定外。岩田離脱宣言!
この方いないと雰囲気変わっちゃうんですよねえ。
キャラの予定外行動の補正方針は決まりましたが、まだ調整は必要です。
うーん、生きてきたわ。頑張る。




