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百物語が終わる迄  作者: 藤田 一十三
第七巡 出るだけ
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第四十一話 岩田 風呂

兄が一人暮らしをしていた時の話です。

今は実家で四人も子供がいるおじさんになっていますが、転勤で初めて実家を離れて暮らすことになって、それなりに解放感ある暮らしをしていたらしいですが、一つだけ、困ったことがあったそうです。

お風呂です。

兄が初めてアパートを借りた部屋。

引っ越したその晩、兄の部屋の給湯装置が壊れたんだそうです。

 大家に言ったら、翌月に全部屋給湯装置の入れ替えをする予定だから、ちょっと待ってくれって言われて。で、家賃減額で銭湯通いすることになったそうです。

 すぐ近所にあったし、春だったから行き来もそんな寒くなかったし、一日二日さぼってもまあそれほど困る季節じゃないし。何より、多少手間がかかっても、毎日銭湯に通ってお釣りがくるくらい、家賃を減額してもらえたそうなので、得したなーと、思ってたんだそうですよ、当初は。

 新しい通勤ルートにも慣れて、免許証の住所変更だのなんだのの面倒な手続きも全部終わった頃、仕事から帰ったら給湯設備が直っていた。予定通り、昼間、大家立会いで工事してくれたわけです。

 で、兄は張り切って、 お風呂を掃除してお湯を張って、引越し二ヶ月目にしてようやく、我が家の風呂に沈むことができたんだそうです。

 この兄、風呂好きで。長々と入っているのが好きなんですね。実家でもお風呂に入ったら一時間は出てこない。銭湯は出たり入ったりする人をぼんやり眺めて時間つぶしていたみたいですけど、ようやく自分の部屋のお風呂。しかも、家族にとっとと出てこいとせっつかれることもない。

 お気に入りの漫画や本を持って行って、風呂に身を沈めて、本が濡れないように風呂蓋を半分閉じて、そこで本を読む。それが兄のお風呂スタイルなんです。漫画なら一冊読み終わるまで出てこない。自宅では大変迷惑しておりました。

 一人暮らしならご自由になんですが、実家のお風呂は追い焚きできるんですが、単身者用の蛇口からどーっとお湯出すタイプのお風呂だったので、だんだん、お湯が冷めてくる。

 追い焚きできないから、お湯を足すしかない。で、栓を抜いて少しお湯を減らしてから、お湯を足すことにしたんだそうです。

 そうしたら途中で、なんか足に違う温度のものが触れた感じがしたんだそうだ。

 で、本のために半分閉じたままだった風呂蓋の下をのぞきこんで見ても、当然何もない。足をばたつかせてみたら、なくなった。温度の違うお湯が混じり合ってそんな感じになったんだろうと思って、読書を継続することにした。

 お湯を足し終えてじっくりと読んでいると、また、なんか足に触れる感じがした。

 ばたばた足を動かすと、消える。

 またちょっとすると、なんか触って、ばたばたすると消える。

 ばたばたすると少し水温が下がる感じがしたので、次の時はしばらく我慢したけど、ふくらはぎにまとわりつくようになって、我慢しきれずばたつこうとして、念のため、もう一回、風呂蓋の下をのぞいてみた。で、見ちゃった。

 のぞいてみたら、風呂蓋下の薄暗いお湯の中、自分のふくらはぎに、むきだしの手が貼り付いていた。

 風呂おけの壁から生えた、中年男の毛だらけのごつい手がね。

 それまで生きてきた中で、一番に慌てて混乱して暴れて風呂場を飛び出したそうです。

 手に触られてるって感触じゃあなかったけど、あれは確かに、中年のじじいの手だった、て言ってました。

 ちなみに、漫画は湯船の底に落ちてパア。

 いろーんな手続きしたばっかりで、敷金礼金払ってて、すぐに引っ越すわけにもいかない。

 結局、シャワーか銭湯で風呂を済ませて、二度とその湯船には入らなかったって話です。

 話を聞いたのは兄が年末に戻って来て自宅の風呂をたっぷり二時間も堪能しやがったときだったんですが。よくよく聞いたら、事故物件だったらしいです。前の住人が部屋で死んでいた。転勤で急に部屋を探して、風呂付でお値段もよくて残っていたので、どうせ幽霊なんているわけないしってことで借りたらしいです。どこで死んだのかははっきり聞いてなかったらしいですが、普段過ごす洋室の中ではないということだけは聞いていたらしいです。なので、お風呂、だったのかもしれませんね。まあ、前の住人とは限りませんが。

 私はこの話を聞いて以来、お風呂に入るときはお風呂の蓋は全部とっぱらうことにしています。


語り終えると、語り部は一本の蝋燭の火を消した。


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