森山 ツッコミどころが満載です。
次から百物語再開です。
情報が必要だ。
神谷にいろいろ話を聞かされたが、いろいろ疑問が湧いている。開始前に話をできればいいが、それほど長い時間は確保できないだろう。事前情報をどこかで得られた方がいい。
森山は、日中、会社の社長宅を訪ねてみた。
彼らは、森山実母の友人。そして、同じ地元の出身者なのだ。
何か、知っているかもしれない。
森山は会の報告をし、その会に、実母の実家が関わっているらしいことを説明してみた。
社長夫妻は、地元のことを良く知っているという。
それぞれが、神社の三家をサポートする七家の出身なのだという。
「まあ、村の者は三家か七家の者だからなあ。うちの商品だって、あっちの神社のとこにある合資会社に大半は卸してる。材料の仕入れもな。奈々谷津の病院にも納品してるしな」
会社は、食品加工会社である。レトルトや冷凍食品、フリーズドライ。それぞれの小規模な機械を導入していろんな物を作っている。機械は古いし各担当も数人ずつという小規模な工場の割に品数は多い。納品先が絞られているからこその多品目。得意先の八割の住所地名が同じ理由がよくわかった。なんだかんだ、旧村民はつながっているのだという。
神社自体は宗教法人で、商売っ気のあることは敷地内にある旧村民出資の合資会社を通す。ほかにも七家が複数の会社を経営しており、複雑につながって地域全体がその恩恵にあずかっているのだという。
「二年前の事件もなあ。ひどいもんだったってな。三十年前の冬音さんの事件は、あまり報道されなかったんだよ。外国の飛行機事故で日本人が乗ってたとかで、そっちのニュースが大きくて。五人も亡くなったとはいえ、犯人が死んで完結してたし、なんだかんだ身内ばっかりだったからね、犠牲者は。大きく扱わないように圧力もあったと思うよ、あの神社には大物がたくさん相談に来てるからね。よく高級車が来てたもんな。でも二年前は、冬奈ちゃんの旦那さんが有名な指揮者だって話で。冬治の会社の人も殺されてたしね。それでも三日くらいじゃないかな、ニュースになってたの」
「冬奈ちゃんのお子さんがマンションにぶら下がってる映像が撮られてたのよね。冬季さんがつかんでて、その横で冬季さんを冬治さんが何かで殴ってて、隣りの部屋から境界壊して助けが入って、下の階の人がお子さんを助けてって、一部始終をスマホで撮ってた人がいたのよ。それがテレビに出てね。あの画像も一晩くらいで、テレビも一局だけだったわ。ネットを探せばまだ出てくるかもしれないけど。規模の割には抑えたほうじゃないかしらね、報道」
報道規制が標準らしい。道理で、大事件のわりに、自分も言われれば思い出す程度なはずだ。社長夫妻も、当時は話題にしていなかった。森山を気遣ってのことだったのだろうが、森山は関係があるとさえ気づいていなかった。
「あそこん家の三家は神社の脇にまとめて住んでるのよね、地元にいる人たちは。七家の方も何組かは住み込み、ていうか敷地内に戸建てで住んでるのよ。集団生活に近いわね、個別に台所も一応あるけど、食堂で好き勝手に食べる感じらしいわよ。食堂は三家の宮内と七家の二屋の筋のもんがやってるのよね、うちも納品してるわよ。時間外に食べる人用にもおいてるって。カップ麺より人気があるそうよ」
「そうそう。そういや、二屋は家としては無くなったんだよなあ。今度は六家って言うのか?」
「七家は七家のままらしいわよ、三尾が二家分なんですって」
とりあえず、森山は相槌をうちつつ黙って夫婦の会話を聞くことにした。勝手に話してくれて楽だ。
「怨霊もねえ、長く平和だったのに、三十年近くたって復活するとは思ってなかったわよ、誰も。冬音さんの時に神宮様に滅されたと思われていたのに」
「まあ、ダメージはあったんだろうな、神宮様四人分は平和だったんだから」
「三人よ。四人目の終わりで出てきたんだから」
「二屋の一家心中は関係ないんだよな?」
「怨霊は関係ないけど、神宮様の入れ替わり直前だったから、やっぱり七年目はパワーが落ちるんだなって言われてたわ」
社長夫妻とはいえ、普段は人のいいおじさんおばさんだ。それが殺人だの怨霊だのペラペラしゃべっているのが不思議だ。こういう人たちだったのか・・・・・・。いや、自分に気を遣っていたのだろう。
「あのなあ、森山君。いや、昴君。あそこの村ではね、やらかしてるのは怨霊だってわかってるから、冬音さんとか、二年前の冬治とかな、村では被害者扱いなんだよ。殺された人より社会的に批判される分更に同情されるんだな。だから村のもんはね、冬音さんを悪く言ってる人はいないんだよ。だから私らもうちで仕事しなさいって普通に言える。冬音さんの日ごろの行いが悪かったわけでもなんでもないんだから。まあ、冬治の野郎はちょっと同情する気にならねえけどなあ」
「はあ」
森山としては、母の事件が怨霊に憑依されての犯行だった、などということ自体、認識していなかった。知っていたら怪談好きになどなっていない。
母は、森山が一歳の頃に家を出たという。もちろん、森山は覚えていない。次に会ったのは父を殺された十歳の時だ。父がその名を呼んでいて、後で警察や祖父にそれを伝えた結果、それが母だったとわかった。
父と二人で茶の間にいたら、縁側から突如乱入して、父に飛びついたのだ。押し倒される寸前に父が「ふゆね」と言ったのを確かに聞いた。あとは、双方のうめき声と咆哮だけだった。父の体に凶器を残したまま、女は縁側から駆け去った。その直後に物音で駆けつけた別室にいた祖父に、森山はすぐ自室に追い立てられた。父の生死もわからぬうちに。ほんの、一分ほどの間に起きた出来事だった。
あれでも母親に会ったことがあると言えるのかねえ。顔なんて、一瞬くらいしか見ていないのだが。
しかし、その一瞬の顔を、何年も夢に見て跳び起きた。今はもう、夢に見ても顔はあいまいだが。
「あそこん家にはね、冬沙さんてちょっと困ったお嫁さんがいるのよ。神谷の家長の奥さんだけど、あなたのハトコに当たるのかしら。家長さんとの間に小学生と、今高校生かしら? 二人お子さんがいるもんだから、外でママ友さんたちにいろんな話しゃべっててね。だから内情が村中に伝わってるのよね。納品だの契約だので会うと、それがこっちにも伝わってくるってわけよ。家長さんが神宮の時に冬沙さんが奥に上がって、中学生で子供産んだのよね。それで十六で家長の奥さんにおさまったけど、家長も頭痛いらしいわよ、今の神宮の奥にも上がってるらしいけど、その神宮に冬沙さんは奥に寄越すなと言われてるらしいわよ」
「中学生? 奥?」
「あらやだ。冬音さんの事件までに何回か怨霊の事件があって、一族の人間が減っちゃったのね。それで、今の家長さんが神宮様の時までわね、神宮様のところに身内の女の子を送り込んで力の強い子を産ませるってことをしていたのよ。今の神宮様と、先代先々代はそういうことしないけど、そういう時代があったから送り込まれてはいるらしいわね。率先してその冬沙さんが押し掛けてるらしいけど。まだ三十くらいじゃないかしら、冬沙さん。今の神宮様はそうすると三十七かしら。いい人よ、今の神宮様、冬彦さんね」
社長はもう黙って聞いている。だいぶ話題が偏っているが、まあ話させておこう。
「冬季君のお姉さんも冬沙さんと同じ年でね、やっぱり同じ年で子供産んだのよね。二年前ベランダから落とされて助けられた子。あの子も家長の子でしょうね。冬季君のお母さんがやっぱり神宮様の奥に通ってて、冬季君とお姉さんは別々の神宮様のお子さんよ。だからー、そう、冬季君、冬音さんの異母兄弟だわ」
森山は、ちょうど飲んでた茶を噴きかけた。気管に入った。
げほげほとせき込む森山に、社長が追い打ちをかける。
「そうだなあ。冬季君と今回一緒なんだっけな。つまり年下の叔父さんだよ」
なんてこった。
「まあ、あの一族はだから未婚の母が一時多かったんだよ。今はねえぞ、十五年くらいはそういうことなくなってるからな。法的に結婚できない範囲やら年やらだから、普通は母親の戸籍に載るんでな、血縁は母方で語るルールらしい。神宮様候補としては神宮様に近いかどうからしいけどな。なんでも、二代神宮にならないと候補から外れるらしいから。神宮様の子で『七縛り』なら確実に候補だから。候補を増やしたくてやってたらしい。狭い社会でぎゅうぎゅうで、そういう常識が無くなってたんだろうなあ。冬音さんの時まで七年祭の度に事件があって人が減ってく有様だったから、まともじゃいられなかったのかもしれんが」
「そうそう。それでも大学なんてあの辺ないから、進学した人たちがおかしい家だと気づきだしたってことらしいわよ。先代と先々代の神宮様もそうね。特に先代様は祭りに帰ってくるだけだったわよ。なのに感宮に選ばれて七年のお勤めで、終わるなり殺されちゃって。あの方に外に出してもらった人たちが結構いたのよね。今の神宮様や冬季君なんかもそう。まともな若い人たちが中心になってくれば、もっとよくなるんじゃないかしらね。今もだいぶよくなったようだしね」
冬季がいろいろ無茶苦茶な家から出ていながらブラック企業勤めなのは、恩人のおかげなのだろうか。おかげというかどうかはともかく、偏執的な一族出身のようには見えなかった。
結局、一時間以上しゃべり放題を聞かされた。中でも、冬季は今後の重要人物と思われているらしく、話の俎上にたびたび上がってきた。
曰く、高校は行っていないが大学に行って神主の資格を取ったらしい。修験道の修行に出ていたらしい。問題行動の多い冬沙に狙われている一人だ。甥っ子を神谷の本家に組み込まれないように頑張ったらしい。そして、彼の後頭部から背中、肩や腕などは何百針も縫われた傷だらけなのだ、と。
冬季は、今年二十三になるそうだ。
十七下の叔父さんか。
悩ましく思いつつ情報を整理しながら、森山は車に戻る。ここから直行で遊園地に行くか。時間があるからどっかで食べてから行こうかな、と、エンジンをかけようとして。
「あれ?」
キーをひねっても、うんともすんとも言わない。
「とうとう壊れたか?」
見送りに来た社長が、にやにやと言った。
いくらひねっても叩いてもエンジンはかからない。社長が修理屋呼んでおいてやるから、と、駅まで社長の車で送ってくれた。この車中古でだそうか? と言われたが、軽からベンツに乗り換えなんて冗談じゃない。丁重にお断りさせてもらった。
電車で遊園地の最寄り駅を目指す。茶菓子が出るとはいえ、開始が十八時なので早飯は必須だ。遊園地前と中は単価が高いので、乗り換え駅で降りて定食屋を探す。
少し胃に重くなるが、昼から休憩なしで営業していたとんかつ屋に入った。
「あ」
「あら」
岩田が瓶ビールを前に、とんかつを食べていた。
客は多くなかったが、テーブルに一人ずつついている状態でカウンターしか空いていない。ご一緒にどうですかと岩田が言ってくれたので、同席させてもらうことにした。
「やっぱり昨日も一杯ひっかけてから来たんでしょ?」
「へへへぇ、飲んだうちに入らないわよぅ、運転するなら飲まないけど」
そう言って、森山に食べ物メニューを渡し、自分はまた酒メニューを眺めている。
「車が壊れて急遽電車なんですよ。俺も一杯飲もうかなあ」
「いんじゃないですか? メニューどうぞ」
森山はウーロンハイととんかつ定食を頼み、岩田は熱燗を頼んだ。
「真夏なのに」
「今日は冷酒の予定だったんだけど、とんかつなんだもの。ビールでしょ? でも日本酒の口になってたし、熱燗なら許す」
論理がわからん。
「岩田さんは泊まったんですよね?」
「うん。日本酒が冷蔵庫にいっぱいで、ちょっとずつ味見したわよ全部! あ、開栓済みのだけよ? でも今夜はちょっと四合瓶一本いただいちゃおうかなって目ぇつけてるのがあるのよね」
話が酒豪だ。
「お部屋は個室でシンプルにビジネスホテルのシングルな感じ。集会室みたいなところがあって、そこに軽食とソフトドリンクと冷蔵庫にお酒があってね。相川さんはすぐ引っ込んじゃうし、羽生さんは適当にお盆に載せてお部屋行っちゃうし。しょうがないから未成年の田中さん相手にお酒の品評会よ。あ、飲ませてませんよ、もちろん」
ちゃんと聞きたかったことを話してくれているが、結局酒オチだ。
「あと、今朝、関係者の人にお祭りに誘われたわ。神谷さんの実家の神社。そこで、私の彼氏? 元彼? が、酒修行してるんですって。神社はお酒飲み放題って本当かしらね?」
どこまでいっても酒なのか。
「元彼から彼氏に再浮上したんですか?」
「あいまいなのよねえ。別に次が欲しいわけじゃないからいいのよ。あっちも次がつくれる環境じゃないんですって」
そこからは、双方情報交換となった。
岩田がゴスロリひかりに聞いた話。森山が神谷と社長夫妻から聞いた話。
社長夫人が言っていた動画も、電車での移動中にみつけていたので、音声なしで一緒に観る。距離もあるので画質はよくないが、人の動きはわかった。よくあれで手を離さなかったものだ。もっとも、犯人も落ち着いていたら、鉈だか包丁だかで何十回も殴りつけるより一緒に落としてしまった方が簡単だったと気づいただろう。神谷は両手で甥っ子をつかんでいて、かなり身を乗り出していたので、足を持ち上げればすぐ転落したと思われる。
岩田とは、最初のうちはぼかして話したりもしたが、岩田もどっぷり関係者でい続けることになるようだったので、諦めて洗いざらい話すことにした。なお、ウーロンハイは二杯目になった。
「うーん。衝撃の年下叔父さんか。おじいさん頑張ったのね」
「頑張る必要なかっただろそれ。いろいろ、女性陣の人権とかどうなってんの」
「神宮様の人権もないね。神様だからいいのかね」
「子供たちに罪はないったって、当人たちも複雑だろうに。神谷さんよくすねないで育ったよね」
「甥っ子が叔父さんの心配ですかあ。まあね、冬彦さんの甥っ子さんだしねえ、神谷さん。冬彦さんもいい人よ。ひどい目にさんざん遭って来た結果なんだろうね。さらっと説明されただけでなかなか壮絶だったもの。冬音さんの事件を目の当たりにしたみたい。四人死んで、うち二人はかわいがってくれてた双子のおばあちゃんだって言ってた。聞いた話だと、おかしかったのは二十年くらいの間だったみたいよ。怨霊に悩まされた時代から、それで神宮様のなり手が減って焦ってた間ね。今の十代半ばから三十代半ばくらいまでの人たちの生まれがややこしいって言ってたわ。冬彦さん辺りはギリセーフ」
「ずいぶん聞いてたんですね、いろいろ。俺は全然知らなかったよ。まあ聞く耳もなかったけど」
「縁遠い話すぎて、私の感想が面白くて話してくれたみたい。だって、常識なさすぎじゃない? 今時血を濃くするため的なことでぐちゃらぐちゃらと。終わってなかったらちょっとぶん殴りに行きたいレベルよね」
「はは。ごもっとも」
なかなか面白い人である。冬彦とやらがついついしゃべってしまったのもわかる。
「さて、そろそろ行かないと石井さんが怖いわね」
いつの間にやら、十七時近い。電車の本数はあるので間に合うだろうが、余裕はあった方がいいだろう。とんかつは食べ終わっている。二人とも、残る酒を飲み干した。会計はそれぞれとなった。
「話のネタが決まってると大変ー。幸い五番手だから考える時間あるけど、外の人の話も聞きたいしねえ。思ったより話が短くなっちゃったり、プレッシャーあるわね、一緒に語るのって」
「そだねえ。俺もあんまり真面目なネタないからなあ。受け狙いが多いから。ストックはあるけど使わないネタは記憶のかなただから、あいまいなとこごまかしてたり創作してたりあるよ。多少は仕方ないよね」
「それはねえ。完全ホラはともかく。そもそも教えてくれた人がホラじゃなかった保証ないし」
「まったくだ」
外は暑い。アスファルトからの熱気がすごい。遊園地の石畳はアスファルトよりはマシだが、今日も今日とて夏休みに引っ張られてきた親の皆様が汗だくになりながら子供に引廻し《ひきまわし》の刑に処されている。独身の二人にはそう思える。しかし、それでも笑顔な大人たちが大半なのが不思議だ。
十七時半過ぎに、黒い塔に二人はたどりついた。遊歩道から降りると、遊歩道から一階分下がった塔の一階の前に、石井の姿はない。代わりに、遊歩道との段差分の日陰に、羽生と神谷がいた。
「お疲れー」
森山が手を振ると、羽生が紙袋から箱を出す。
「まずはこれをどうぞ」
羽生が、無表情のまま白い箱を開ける。白い大福に黒い豆。豆大福だ。
「ありがとうございます」
ただならぬ気配に、ついつい手に取る。すぐに箱は岩田に向けられ、岩田も同様に手に取った。
「お次はこちらで名前の確認を」
羽生が蓋を持ったままの片手で神谷を示す。神谷は豆大福を食べ終えたところらしい。
「漢字の確認をお願いします」
上着のポケットから、本人と相川以外の参加者四人の名前が書かれた紙が出された。達筆だ。
「えーと、合ってるよ。森山昴」
「はい、岩田知世も合ってます」
「了解です。じゃあ、それ食べながらちょっと待っててください」
「一人二個あります」
よくわからないコンビができている。
神谷は日陰の地面に座り込み、リュックから板を出す。ぱかりと開いて地面に置く。そこには、神社で配られるようなお札が挟まっていた。既に不思議な文字が書かれていて、同じものが何枚かあるようだった。
漢字でも梵字でもないようだ。記号というよりは文字だと思う。神谷は、そのうちの三枚に、森山と羽生と岩田のフルネームを書いていった。筆記具は小筆だ。携帯用の墨壺付きの。筆ペンという便利なものは使わないらしい。そして、文字は先ほどのメモと同じような筆跡の達筆。若さのみずみずしさを感じる字だ。
その間に、田中がやって来た。羽生が同じやりとりをし、田中が板の上に置かれていたメモを見て合っているというと、神谷はもくもくと三人の名前に続けて田中の札を書いていく。最後に、自分の名前の札を作った。
それで終わりかと思ったら、今度は別の小筆を出す。朱色の壺付きだ。それで、五枚の札にそれぞれ同じ絵のようなものを書いていく。途中、羽生が再び白い箱をみなに突き出してきたので、これからの長丁場も考えてなのか迫力に負けたのか、三人ともが豆大福を更にいただくことにした。羽生も一個をつかみ出して、自分でかぶりついている。豆大福にかぶりつく霊能者アイドルも希少だが、目の前で完成されていくお札というのも希少だ。
神谷は板についているクリップにお札を挟むと、手を様々な形に組み換えながらぼそぼそと何か唱えていく。神主さんの祝詞にも、お坊さんの御経にも聞こえるし、そのどちらでもないようにも思える。日本語のようではあるが、ただ音を出しているだけのようなこともある。
こんな儀式めいたことを、遊園地の端っこで豆大福を食べながら見ていていいのだろうかと思ってしまう。これでご利益を得られるのか?
独特の儀式が終わったのか、神谷は大きく息を吐くと、クリップからお札を外した。
「墨は乾いたと思いますけど、気をつけて。折りたたんでいいので、できるだけ肌につけて身に着けてください。おすすめは女性の場合は左のブラの中。男性は襟にクリップ留めか腰の片側にパンツで挟む。トイレで落とさないでくださいね」
いいのかそれで。
羽生と岩田は目を合わせた後、三人に背を向けてごそごそしている。目を背けた森山と田中は、神谷が手のひらにクリップを載せてよこしたので、一個ずつもらった。神谷もポロシャツのボタンを緩めて切り込みの一番下にクリップで留めている。
森山は下のシャツの内側に札を入れて首元でクリップを留めた。田中はTシャツの内側に仕込んでいるが、クリップが丸見えだ。
神谷はボタンを上まできっちり留め直し、板をたたんでリュックに詰めなおしている。かがんだその首元。薄地の前開きパーカーのフードと、中途半端に伸びた髪で、首筋は前しか露出していない。髪は全体にやや長めで、傷跡らしきものは見えなかった。
「こういうの用意するって、中、結構ヤバイんですかね」
田中がつぶやく。彼も、神谷がお札に関しては本職だとすでに聞かされているらしい。
「昨夜いくらか集まっていたけど、それが混ざって邪気が濃くなっているわ。デリケートな人は気持ち悪くなったり影響が出始めるでしょうね」
羽生が残る一個の豆大福を神谷に押し付けつつ言う。神谷はおとなしく受け取って包装を剥がしにかかった。
「あの、相川さんは、やっぱ、コレなし?」
岩田が言う。四人が目を合わせる。みな知っているらしい。
「相川さんがこれを触ったら、瞬間で除霊されてしまうわね」
羽生が胸を叩きながら答える。効果がすごいのか、相川が弱い存在なのか。あれだけはっきりくっきり存在しているのだ。弱いということはあるまい。
「・・・・・・相川さん、やっぱ、生きてない人なんだ?」
「僕は、朝、ゴスロリの人に教わりました」
「私にはそれ、言ってくれなかったわ、ゴスロリさん。森山さんに聞いた」
「俺は昨日神谷さんに聞いた」
自分でも視たし。
「相川さんはもう中にいるそうよ。私は一番で来たつもりが、石井さんがそう言ってたの。石井さんには準備ができたら会場入りして始めるからって言ってあるわ。もう六時になるし、入りましょう」
急いで豆大福を食べ終えた神谷は、ペットボトルの水を飲んでいる。
神谷の準備が整ったところで、五人、ぞろぞろと会場入りする。
昨日と同じ、赤い部屋。狭い階段。赤と黒の廊下と、三角の赤い部屋。
「こんばんは」
相川は、昨日と同じ席に、昨日と同じ服装で座っていた。
テーブルの蝋燭立てには、それぞれ六本の黒い蝋燭が刺さっている。
テーブルの上には二枚の紙。
『① 悪い霊』
『② 出るだけ』
各自荷物を置いて席に着くと、明かりが催促するように半分消えた。
マッチを擦り、蝋燭に火を灯す。蝋燭に慣れない田中はマッチを三本使っている。神谷などは一本であっと言う間に点けていった。ほかの四人は二本だ。森山も昨日は蝋燭五本だったので一本でできたが、六本は無理だった。
すうっと、明かりが消える。
「じゃあ、始めましょうかね。最初の課題は昨日もありましたね。『悪い霊』です」
今日も進行は神谷が務めてくれるらしい。
百物語、二夜目が始まる。
次から百物語再開です。




