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百物語が終わる迄  作者: 藤田 一十三
二日目開始前
52/143

相川 娘の浴衣もいいけれど、嫁の浴衣も見たいです。

 家に帰った相川は、妻と娘のかわいいやりとりをにやにやと見ていた。

「ほうら、似合うじゃない、きれいでしょう、朝顔柄!」

「綺麗だけどぉ、今時朝顔ってどうかなあって思うんだけど。子供の浴衣(ゆかた)みたいな柄じゃない?」

「何言ってるのよ、サイズもちょうどいいし」

「足見えすぎじゃない?」

「浴衣はいいのよ、それくらいで」

 昔、その浴衣を着た妻とデートをした。娘が生まれてからも、相川が娘担当をするからと、無理やり着せて祭りに行ったりもした。

 その浴衣を娘が着ている。

 顔は少し相川似なところもあるが、後ろ姿は妻の若い頃にそっくりだ。

「ほら、お父さんの写真の前で一周まわって見せてあげてよ。絶対喜ぶから」

 言われて、娘は相川の遺影の前でゆっくりと前から後ろ、更に前と、一周まわって見せてくれた。実際には、横で眺めているのだが。

 幸せだなあ。

 そう思う。

 生きて見られたらもっと良かったのだが、ないものねだりをしても仕方がない。

 一度はあちらに渡ったというのに、このありがたいボーナスタイムが降ってきた。単にお盆の迎え火でふらふらしていたら、引っ越しで送り火を忘れられているうちにだんだん覚醒してしまっただけなのだが。

 職場の様子も見たし、妻子の元気な様子も見れたし、一度はやってみたいとひそかに思っていた怪談好きのあこがれ、百物語にも参加させてもらっている。

 今度こそ、思い残すことはないかな。

 実家の話をしているうちに豹変した、世話をしていた部下に、殺された。

 鞄に(なた)と包丁を持っていたのだから、すでにもっと前からおかしくなっていたのだろう。そこまで、気づいてやれなかった。

 見せられた鉈を取り上げて思いとどまるよう説得していたら、別に持っていた包丁で刺された。腹を刺されて、それでもなだめようとした。しかし、それを抜いて胸を刺されて、もはや立っていることはできなかった。鉈も包丁も持って行かれてしまった。

 職場の者達が一生懸命止血を試みてくれたが、すぐに意識は消えてしまった。その後、彼はさらに五人を殺し、自殺したという。

 自分が止められていたら、と思う。

 神谷冬治(かみやふゆじ)。部下の名前。

 ごめんなあ。

 止めてやれなくて。

 中学生の頃に、一度、悪霊に憑かれたことがあったのだという。そうなると、もはや、神様の器にはなれないのだ、と。

 なのに、生まれは七の者なので、祭りには毎回参加しなくてはならない。これから神様の器になるだろう者達の間で、もはやその見込みもない自分は、ただ隅っこにいるだけなのだと。

 一族の者達のように関係する仕事も与えられず、就職先も自分で探すしかなかった。年に一度の祭りに参加するだけでも手当は出たが、自分はいるだけで役割がないので役割に対する報酬はなく、神様の器になる準備を整えてくるほかの七縛りのような特別手当もない。それだけでは食べて行けず、就職氷河期にきつい派遣の仕事をして糊口をしのいでいた。

 妻子は妻の手当で暮らせていたけれど、自分はそれを良しとしていなかった。年上の妻も、もとはほかの男のところに嫁いでいたのに、自分のために離婚させられ、子を産まされた。妻との間に愛はなかった。前に悪霊に憑かれた時に、人妻だった彼女に暴行した結果だった。結局、妻は後に同じ悪霊に憑かれ、一族の者を殺して死んだ。

 子が哀れだった。母親は殺人犯で、自分はちゃんと仕事も得られない父親で、子がかわいそうだった。

 そんなことばかり、言っていた男だった。

 ちゃんと今回は就職できたんだから頑張ろう。お子さんも立派に社会人になったのだろう、おめでとう。孫も生まれたのだろう、私も孫が見たいなあ、でも娘が結婚するのはいやだなあ。

 そんな声掛けをしていた。

 十四で悪霊のせいで父親になり、高校は行かせてもらえたが就職も進学も放置された。子の母親も罪を犯し、実子は一族の元で育てられ一人前になっていったが、自分は一人前になれずにただ年をとっていったのだと。彼は、いつも卑屈に語っていた。

 一族に祟る怨霊に魅入られ、死んだ男。

 お前さんも、ちゃんと成仏できるといいなあ。

 浴衣を着たまま、娘は将棋盤に向かっていた。時間まで研究することにしたらしい。そんなことをしていると、時間を忘れて遅刻するのが目に見えているというのに。

 相川は将棋の大会で成績がよく、奨励会にも入った。しかし、優しすぎると言われ、プロになれる見込みもなく、大学卒業後は就職した。アマチュアの大会にたまに出てほどほどの成績を出し、満足していた。

 娘は、既に女流の声もかかっている。

 男ばかりの世界まではいけないかもしれないが、女流棋士になると卒業文集に書き、実績を積み上げているところだ。

 将棋部で高校生活も楽しみながら、相川が見られなかった世界に入って行こうとしている。

 あとを見守るのは、妻にまかせよう。

 妻は、別の部屋で、相川の浴衣を広げていた。

 しばし眺めて、畳みなおし、桐箪笥に戻した。

 そうして、遺影をしばらく眺めていた。

 先に逝っちゃって、悪かったね。

 自分は先に行くけれど、長生きして、人生を楽しんでくれよな。

 相川は、二人を残してマンションの部屋を出た。

 もう戻ることはないと。

 そう思いながら。


愛妻家相川。

おっさん、いい人なんです。

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