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百物語が終わる迄  作者: 藤田 一十三
一日目終了後
46/143

解散です。

 森山の話が終わり、蝋燭が消されて室内の暗さが増す。語り部たちの前にある蝋燭立てには、火が消えた蝋燭のみが立っている。

 別に、人魂がふよふよしだすわけでもなければ、ラップ音が鳴り響くわけでもない。


「お疲れ様でした。本日の百物語は終了となります」

 神谷の言葉で、一同、緊張から解放された。

「さて、石井さん待ちかな」

 森山がつぶやくのに、

「泊まりの人って何人なんですか?」

と田中が自分で軽く手を挙げながら皆に問いかける。

 羽生と岩田、そして相川が手を挙げた。

「私は仕事が入ったので予定変更して帰ります」

 神谷が、すぐ帰れるように荷物を膝の上にあげながら言う。

 ふんわりと、照明が付く。それで、終わった感が増したのか、ほかの者も席を立ったり荷物の準備をしたりと動き始めた。

「私はもともと帰宅するつもりで車で来てます。神谷さん仕事ってどこ?」

 森山が問えば、

「三鷹です」

 手を付けていないペットボトルとおやつを荷物に詰めながら、神谷が答える。

 三鷹は中央線だ。現在地は池袋線上。

「それってどう乗り換えて行くの?」

 岩田が首をひねっている。あいにく、平行する路線なので渡るのが面倒だ。

「とりあえず、新宿に出ないとダメですかね。大江戸線繋がってましたっけ?」

「どのルートでもあんまり大差ないんじゃないかな。電車だけでも一時間近くはかかるでしょう」

 神谷は、ちょっと途方に暮れている。

「中央線沿線のどっかの駅で良かったら乗せてくよ? 俺、立川だから」

「えーと」

 森山が誘ってみると、少しいろいろ秤にかける間があいた。

「お願いして、いいですか? 立川でもどこでもいいので」

 何を秤にかけたのかわからないが、とりあえず時間短縮の方に傾いたらしい。

「了解了解。車はそこの塀の向こうだからすぐだよ」

「そんなとこに駐車場が?」

 岩田が目を丸くする。

「終わりが閉園時間だったからね。遊園地の入り口で聞いてみたら問い合わせてくれて、隣りの御屋敷の駐車場に入れさせてくれた」

「お屋敷?」

「宿泊所だって言ってたけど、見た目お屋敷だよ。外観しか見てないけど」

 ノック音がして、石井がやって来た。

 きっちりと扉を閉めると、その前に姿勢正しく立つ。なんとなく、皆が席を立ち、部屋の奥側に寄って並んだ。

「皆様お疲れ様でございました」

 丁寧に礼をする。体を起こして一拍を置くと、改めて全員を見渡した。

「本日予定どおり三十話をお話いただき、誠にありがとうございます。明日につきましては、本日同様十八時までに集合していただき、集まり次第開始していただきたいと思います。明晩は三十五話と、本日より話数が多くなっておりますので、そのようにご予定のほどよろしくお願いいたします」

 早い話、遅刻するなということだろうか。

「本日は、森山様以外の皆様は休憩所でご宿泊とのことでよろしかったでしょうか?」

 神谷が小さく手を挙げる。

「申し訳ありません、都合で帰宅いたします」

「承知いたしました。ほかに予定をご変更される方はいらっしゃいますか?」

 誰も手を挙げない。

「変更ありません」

 代表して、相川が答えた。

「では、この後の予定をご説明させていただきます。まず、恐れ入りますがこの廊下の反対側の倉庫に行っていただきます。関係者用のため片付いていないところがございますが、どうぞご容赦くださいますようお願いいたします。そちらにエレベーターがございますので、地下一階に下りまして、地下を通りましてこのすぐ後ろの塀を越えました先、関係者用エリアにご案内させていただきます」

 二階のエレベーターは荷物運搬を想定しているということか。

「森山様におかれましては、ご入場時に利用されました地下通路の途中の扉から地上に出ていただければ、門番が門扉の前で待機しておりますのでお車でご退場いただけます。神谷様におかれましては、駅があります入園口と逆になりまして大変申し訳ございませんが、同様に車両用出入口からお出になっていただければと思います」

 なんだか、ちっとも申し訳ないと思っていない口ぶりである。どことなく、神谷に冷たい気がするのは気のせいだろうか。

「私の車に同乗して帰ることになりましたので、大丈夫ですよ」

 森山が言うと、石井が一瞬、片眉を寄せる。

「左様でございますか、本来当方でなんらかの手配をすべきところ、森山様のお気遣いに感謝申し上げます。ありがとうございます」

 丁寧に礼を述べてくるが、余計な真似をしやがって感がにじんでいるのは気のせいだろうか。うねる遊歩道でも出入口から二十分近くかかると、遅刻した岩田が話していた。障害物がなくとも外周を迂回したら三十分はかかるだろう。いっそ平行する別路線駅まで歩いたほうがマシかもしれないくらいだ。

「よろしくお願いします」

 神谷が改めて森山に言ってきたが、森山としては、遅刻以外に何をやらかしたんだろうかと疑問符が飛んでいる。まさか遅刻だけでこの扱いなのだろうか。

「それでは、ご案内いたします」

 石井が先頭になって廊下に出ると、全員が会場を出て最後になった田中が扉を閉めるのを確認してから、石井は向かいの関係者用扉を開いた。

 照明の中、食器棚や冷蔵庫、ステンレスの台などの脇を通り抜け、突き当たりにあるエレベーターの中まで案内される。石井は扉脇で下ボタンを押して皆がエレベーターに入るのを待ち、照明を消してから最後に入り地下一階のボタンを押した。地下に着くと、全員が下りてからホールに出てくる。

「こちらから、休憩所へ参ります」

 エレベーターを出てすぐの両開き扉の片方を押し開け、皆を中に案内する。

 そこは、急に違う世界だった。

 赤いカーペットが敷かれているのは同じだが、色が同じだけで毛足は長く大柄の花の絵が織り込まれている。壁と天井は塗り壁で模様がつけられており、一般庶民な六人は、ところどころに高級そうな壺やらランプやら絵やらが飾られている中を進むことになった。

 途中、左側に扉があり、石井がそのわきで止まる。

「森山様、神谷様、お疲れ様でございました。森山様は明日もお車で?」

「はい、今日と同じくらいに着く予定ですが、同じところに止めて大丈夫ですか?」

「門番にそのように申し伝えておきます」

「私も明日は車で来てもいいですか?」

神谷がすばやく言う。

「承知いたしました。では、明晩もよろしくお願いいたします」

 扉が開かれ、コンクリート打ちっぱなしの空間につながる。照明は自動的に点灯した。すぐに階段が見え、その先には踊り場が見える。

「じゃあまた明日」

「お疲れ様ー」

 森山と神谷は、そこで皆と別れの挨拶をして階段を上っていく。扉は神谷が抜けた後にあっさりと閉じられた。

「神谷さん、石井さんになんかした?」

「遅刻で待たせただけですよ。炎天下にあの恰好の人を外にですけど」

 それは『だけ』じゃないかもしれない。しかし、神谷が来る少し前までは石井は二階で説明をしていた。神谷を待った時間はわずかのはずで、どちらかというと待った感は岩田の方があっただろう。まあ、最後に来たことには違いないので、ある意味正当なのかもしれないが。

「森山さんは行きにあのゴージャスな通路通ったんですか?」

「うん。エレベーターは使ってないけど。エレベーターの反対側の非常用出口から一階に出て正面にまわった」

「じゃあ非常階段は二階から三階しか経験してないんですね」

「そう。外のトイレは二階から地下一階まであれ通って、それからあの非常用出口から緩い坂のぼってった先なんだろ? ご遠慮ご遠慮」

寄り道なしの階段から外に出る。遊園地の遊歩道の続きのような道に出た。

 階段出口の脇にトイレがあるので、森山は神谷を待たせてそちらに一度寄る。こちらは扉を開けたらそのままトイレだ。

 森山がトイレから出て目隠しの植え込みから遊歩道に出ると、神谷がそばの屋敷を眺めていた。そばと言っても、五十メートル走ができるくらいは離れており、巨大な外観の全容がよく見えた。

「確かに『お屋敷』ですね」

「うん。遊園地の建物の方がちゃちだよね」

「そうですね」

 休憩所などというかわいいものではないし、関係者用といってもスタッフ用ではないだろう。

 三階建ての洋館。屋根裏部屋もある。個室が並ぶらしい三階には、小さなバルコニーが四と、大きなものが二、更に、洋館の幅の三分の一を占めるものがあり、その広い部屋のバルコニーからは一階までしゃれた螺旋階段がつながっていた。

「あの感じだと、私は屋根裏部屋だったかも?」

 小さなバルコニーを備えた四部屋が一人部屋だろう。二階は奥の広いエリア以外は、真ん中の大き目の部屋と同じサイズになっているし、一階は個室ではないようだ。

「いや、まあ、別の階とか。広い部屋もあるみたいだし?」

「まあ、いいですけどね」

 遊歩道を屋敷とは逆に進んですぐ、駐車場があった。引かれたラインは間隔が広い。高級車向けだ。実際、ごつい高級車が三台、両脇にたっぷりと間隔を空けて停まっている。そして、一番隅っこに、場違い感のある軽自動車が止まっていた。

「俺の車あれね、エアコン壊れてるから窓開けてね。ちなみに開閉は手動」

「お世話になります」

 森山の老朽化の進行した軽自動車に、神谷が驚く様子はない。先に乗り込んだ森山の体重でひどくきしんだのは気になったのか、そうっと乗り込んでいたが。

「今時この窓の開け方わかんない人いるんだよね。年配の人は懐かしがる」

 神谷が助手席でハンドルを回しながら窓を開けるのに、森山が嬉しそうに言う。

「エンジンかけなくても開くから便利ですよね。実家に帰って乗るときは軽トラ借りるんで、そんなに懐かしくはないですよ」

 森山がエンジンをかける。静かな敷地内に結構な音が響いただろうが、気にしても仕方がない。まだ壊れず乗れるのだ。

「自分の車はあるの?」

「軽のワゴンを持ってはいます」

「東京で車持つのって大変だよなあ」

 動き出す車に、神谷はシートベルトを締める。

「駐車場代もかかりますしね。夜間の出張が多いし、車中泊するしかないこともありますからやむを得ず持ってますけど、親戚のおさがりですよ。酒屋の配達用みたいなやつです」

「酒屋の配達って、それもまた懐かしい表現だね。若いのに」

「田舎者ですので」

 森山の車が門に近づくと、門番が開閉スイッチを押し、鋳鉄製の門扉が大きく開かれた。森山が門番にお礼と共に明日は二台よろしくと声をかけると、門番は丁寧にお辞儀をした。

笑顔もないし発声もない。気持ちはちゃんとあるのか、それとも指導が行き届いているのか、車が更に離れた道路に差し掛かる迄、開かれた門扉はそのままだった。


一日目終了後3話。

二日目開始前6話。

が入る予定です。百物語のみをお楽しみのかたは、しばらくお待ちください。

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