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百物語が終わる迄  作者: 藤田 一十三
第マイナス一巡
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四人目 相川 芳生(あいかわ よしお) お父さんは会話に入れません

「今夜は、帰らないよ」

 相川芳生(あいかわよしお)は、リビングのソファからダイニングの妻子へ声を掛けた。

「お母さん、半熟がいいってあたし、いつも言ってるのにぃ」

 娘が皿の上の目玉焼きを見ながら言う。

「ちょうどパンにバター塗ってて火を弱めそびれたのよ、タイミング難しいのよ」

「また火とか言う。マンションだからガス禁止でIHでしょ」

 憎まれ口をたたく娘は、コーヒーにトースト、サラダにハムエッグという食卓を前に、醤油さしを手にする。

「いいじゃない、通じるんだから」

 母親は塩コショウを手にし、ハムエッグに振り掛ける。娘は醤油をハムエッグとサラダにかけた。

「お風呂だってピッて押すだけなのに『お風呂沸かして』だもんね」

「通じるんだからいいでしょ」

 母親は更にドレッシングをサラダにかける。娘はお箸、母親はフォークで食べ始める。

「孫には通じないよお。予定ないけどさ」

「高校生に予定があってたまりますか」

 フルタイムで働く妻と、運動部所属の娘が、朝から食卓をにぎやかしめている。

「狭いけどやっぱりいいねえ、マンション」

「そうねえ、駅も近くなったし、スーパーも途中にあるし。楽になったわ」

 この盆中に一戸建てから引っ越してきたばかりだが、二人とも表情も明るくなり、いいことだらけのようだった。

 相川は、ソファからその明るい顔をただ見ていた。相川の声掛けに返事がないのは、いつものことだ。

「明日と明後日の夜もだから」

 相川の呟きは、黙殺される。

「ねえ、明日の夜の花火大会、行っていいんだよね、約束したもんね」

「はいはい、今年は行っていいわよ。おととしの浴衣着られるかしらね」

「無理じゃん? あたし背ぇ伸びたよー。買っていい? ねえ買っていい?」

「まだ伸びるなら無駄になっちゃいそうじゃない。ああ、お母さんの浴衣あるわよ、若い頃の、背丈も今ならちょうどいいかも」

 ぐんぐんと伸び始めた娘の背。高一で、母親に追いついた。

「えー? 着付けとかちゃんとするの無理だよあたし、第一、柄とか古そう」

「何言ってんの、いい物はいつまでたってもいいのよ。今夜見てみて、ダメそうなら明日のお昼買いに行きましょう、土曜だからお母さん休みだし」

「うん、決まりね!」

「明日も部活?」

「明日は午前中だけなの。花火大会あるからって」

「夏休みもお盆以外部活なんだもんねえ。おかげで引っ越しまでお盆」

「休みたくなかったんだもん。日曜も自主練だから」

「文化部なのに。まあ、どこでもできるものね、将棋部って」

 相川のささやかな趣味である将棋。子守りで何をすればよいかわからず、どうぶつ将棋で遊び、駒の動ける方向が書いてある子ども将棋で遊び、ネットの将棋中継を一緒に観て、将棋漫画を読ませていたら、いつの間にか娘は将棋が大好きになり、強くなっていた。地方の大会なら紅一点で賞状をもらえることもあるほどだ。

「花火、最後までいると人間渋滞で動けないわよ?」

「日曜はねえ、あっちゃん家でみんなで棋戦の中継観るの。だから遅刻ありなんだ」

 娘が小さい頃、家族三人で行ったときは大変だった。人が多すぎて、家が駅と逆方向なのに人が多いエリアを抜けるだけでも大変で、普段の三倍は時間がかかっただろう。

 娘を背負って帰る途中、娘は相川の背中で眠ってしまった。落ちないよう、その背を妻が支えて歩いた。もはや懐かしいばかりだ。

「でも最後が盛り上がるんじゃん? まあ、友達が帰るなら帰るよ、電車の子の方が多いしね」

 男の子とデートというわけではなく、団体らしいので親からすれば安心だ。本当なら、あっちゃんとやらが男か女か心配なのだあ、妻は問う気がないらしい。ということは、女の子なのだろう。

 朝食を手早く片づけ、身支度を整え、二人は外へと出ていく。

「お父さん、行って来まーす」

 娘が、ドアを閉める前に言う。

「行ってらっしゃい」

 相川の声は、ドアの閉まる音と鍵をかける音にかき消され、届くことはなかった。

 そうして、夕刻。

 二人が戻る前に、相川は家を出た。


語り部 四人目

相川あいかわ 芳生よしお

51歳。

妻子持ちのサラリーマン。

百物語の会の少し前、お盆に一軒家から駅近マンションに転居した。

将棋が得意で大学生まで奨励会に入っていたが、就職を機に退会した。

妻は将棋会館近くの病院看護師。ぼーっと歩いていて自転車にはねられ担ぎ込まれた先で出会った。

昇段に伸び悩む将棋のプロから就職に舵を切り、プロポーズに成功した。

その後もアマチュア大会で時々賞状やトロフィーをもらっている。

目玉焼きはソース派。

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