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百物語が終わる迄  作者: 藤田 一十三
休憩中 第2回目
38/143

ただひたすらにブラックです

「せっかくここまで来たから外の空気吸ってこよう」

 岩田が非常口を開ける。

「僕は戻ってもいいですか? おなかすいて、どら焼き食べたいです」

 田中が神谷に断りを入れている。

「連絡ないかチェックしたいので、私も一度外に行きます」

 神谷はスマートフォンを尻ポケットから出してみせた。

 田中がエレベーターに戻り、岩田が非常口を出たところで神谷が視線で羽生を促す。レディーファーストらしい。羽生が先に外に出て、神谷がその後をついて来た。

おそらく、田中と神谷の二人のやりとりも、外に出る女性陣へのボディーガードの相談だったのだろう。

 非常口の外。コンクリート打ちっぱなしの壁。弧の字を描くゆるい坂の通路には、赤も黒も見当たらない。更にドアを抜け、化粧室の前を通り過ぎて外に出る。

 目の前に、真っ黒い塔がある。

「明かりが減ってるね。閉園したから節電かな」

 トイレの入り口など、要所要所のみ明かりがある。

 羽生は、二人を放置して化粧室に入った。夕方、塔に入る前に利用した化粧室だった。

 再び外に出ると、神谷は難しい顔をしてスマートフォンをタップしている。岩田はぼーっと暗い遊歩道の方を眺めていた。

「羽生さんはエレベーターで戻ります? それとも階段試す?」

 岩田が暗闇から羽生に視線を移して来た。

「階段は結構です」

「だよねえ」

 今度は、羽生が先頭になって坂道に戻る。一番後ろから神谷が付いてくる。

 エレベーターは地下で待機していたので、すぐに乗ることができた。

「神谷さん、なんか変な連絡来てたんですか?」

 神谷は、すでにスマートフォンはポケットに戻しているが、難しい顔をしたままだった。

「泊まる予定だったんですけど、仕事になりました」

「え? 今も仕事中だよね?」

「はい」

「昨日徹夜じゃなかったっけ?」

「三時間寝ましたよ、昼に」

 遅刻しても三時間か。

「すぐ終わりそう?」

「報告書も作らないといけないので、どんなに早くても日付は変わるでしょうね」

「まあ、明日は日中休みなのかな?」

「今夜の仕事次第です」

「ブラックじゃん?」

「たまたまです」

 岩田に事実を突きつけられ、神谷ががっくりと首を落としつつ抵抗した。

 サラリーマンは大変だ。

 三階に到着し、三人は二階への階段を目指す。

先を行く神谷が、薄暗い中でぼんやりと白銀に光って見える。そもそも、こんなに光っているやつがなぜサラリーマンなぞやっているのだろうかと思う。一般人にも光っている者はいるが、色合いが違う。

信仰の厚い宗教家や人柄の良い人の中には、稀に同じような色合いの者はいるがここまで光っている者は初めてみる。霊能者などオカルト系の技術者には同じくらい光っている者もいるが、やはりこんな色ではない。色と光具合がこれほどの者は初めて見る。

もしかして?

「神谷さん」

「はい?」

 羽生に声をかけられて、神谷が階段の手前で振り返る。光で顔がぼやけている。

「もしかして、あなたの仕事って、そういう『管理』?」

「『そういう』?」

 岩田が突っ込みを入れてくる。不動産とホテルの運営会社。その管理部門のサラリーマン。

「事故物件とか」

「あ」

「・・・・・・」

 岩田がぽんと手をたたく。本人は口を閉じたままだ。

「聞いたことがあるわ。この一、二年で岩瀧グループの塩漬け物件が売れ始めて、ホテルの稼働率も上がってきたって。あなたの仕事ね?」

 多くの霊能者が『お手上げ』した放置案件を再び使えるようにしている、岩滝グループ専属の凄腕霊能者。

「・・・・・・私は、ホテルのね、コンシェルジュになりたくて、就職したんですよ。大学の時にはホテル内のバイトにも行って、いろんな仕事経験して、就職の面談でもそう言ったんですよ。そもそもグループ本社じゃなくて、ホテル部門の就職面接受けたんですよ?」

 何やら、神谷がぶつぶつと言い訳を始めた。コンシェルジュはロビーなどでなんでも要望に応えてくれる経験豊かなホテルマンのはずだ。新人がいきなりなれるものではないのかもしれないが、不動産とホテル両方でお祓いをするのがコンシェルジュへの経験値になるとは思えない。

「腕を買われたのね」

「まずは狭き門を突破して採用されることが第一でしたからね」

 バイトでその能力を発揮してしまったのだろう。その結果、囲い込みのために採用され、望む業務を未来の餌にこきつかわれているわけだ。就職戦略誤りだ。

 一応、岩瀧グループの管理部門の正社員であれば、エリートではあるだろう。

「あー、だからどことなく品があるんだ?」

 岩田が違うところに引っかかった。

「品はどうだか知りませんけど、もともと実家が神社で、人の出入りが多いところだったのでしつけは厳しかったんです。修行もしましたしね。それとは別に夢を目指して接客の講習なんかはまじめに受けてましたから」

「でもブラックなとこに配属」

「普段はそんなにブラックじゃないですよ」

 じゃれ始めた二人を追い越して、羽生は階段に向かった。

 岩瀧グループの凄腕霊能者。

祓うばかりではなく、怪異を祀りあげ運気を上げたり、引っ越しさせたりすることもあるという。いずれにしろ、その場の問題は解決し、祓うべきものは祓い、祀るべきものは場所を変えてでもきちんと祀る。

そのご利益か、グループ全体が良い方向にシフトしていると羽生は聞いていた。

羽生のような視えるだけであとは本人達に解決させるか『お手上げ』する霊能者とは全く質が違う。

 これほどの能力者では、ホテルのコンシェルジュになりたいなどと、普通の人のような願いを持って行動することが許されるような生まれではないはずだ。

 階段を下りながら、羽生は『神谷』の姓にまつわる話を思い出した。

 埼玉の国会議員から聞いたことがある。そう、この怪談会の話を持ってきた、松本代議士からだ。

 埼玉の奥地にあるという旧村の神社の話。

『神を宿す者たち』

 普通、神社にはご神体がある。

山だったり岩だったり樹だったりただその場所だったり、建物だったり鏡や刀などのこともある。

 しかし、そこの神社のご神体は、人間なのだ。

 人間を宮として、その中に神が入る。

 七年置きに、その神は違う体に移る。

 ご神体となった人間は、七年間、神社の奥のお宮の中で過ごす。出てくるのは、年に一度のお祭りの日に、村内を練り歩く。その日だけ。

 七年が経つと、神が移動する。

 七年も経てば、その居住環境は悪化する。神自身が、六年目の祭りが過ぎると少しずつ弱り始めるのだという。

 神が移動するときには入れ物となる一族が集まる。その年のお祭りだけは、親族のみでまず行われる。

神が出るとき、ご神体となっていた人間はお宮を出てその一族の者たちの前に出てくる。そうして、神が移動し、神が入ったら、入られた者はお宮に移動し、ふた月後に町内を練り歩く祭りを行う。その年だけは、村のお祭りの時期がずれるのだ。

あとは、毎年一回のお祭り以外、神に入られた者は、七年間お宮の中で祀られていることになる。

 しかし、神が一番弱っている入れ替わりの直前を狙って、神を滅しようとするモノが現れるのだという。

 どういう意味なのかと思ったら、七年置き、もしくはその倍数年おきに、大量殺人事件が発生するのだと、松本は言っていた。

「それが、あの家の者の業なんですよ」

 松本はそう言った。

 そして、二年前。その神の移動の年。合わせて七人の死者が出たという。

 ああ、だからか。

 自席に戻り、目の前に置かれているお茶と茶菓子ながめながら、羽生は思った。

 神谷の、あれだけ強い光を放ちながら、どことなく存在が薄いという矛盾。

 松本は言っていた。神谷の一族の、もう一つの業。

 その一族の中でも、神に入られる資格を持つ者は、七の数字に縛られる。神が入れ替わる七年に一度の年に生まれ、死ぬ。最高齢で六十三。

 生まれも死も支配されている。村を出る者もいるが、その業から逃れることはできない。

 途中、七年間もお宮の中に閉じ込められることが確定しているのなら、仕事もやめざるをえないだろう。そんな特殊事情では、自由な結婚も難しい。死者の中には、配偶者やたまたま近くにいた者なども含まれていると言っていた。

 村外に出ても、それは、周囲を危険にさらす者になるだけなのだ。

 神谷は、村を出ているのだろう。けれど、おそらくは『神を宿す者』の一人なのだろう。

 だから、自分の人生の一部を、諦めている。

 せめてもの職業の自由も、言うほど執着は感じられない。

 見ると、神谷もお茶と茶菓子に手を付けていない。飲食を避けている。

 羽生は、各自の前をざっと流し見る。

神谷と羽生のほかに、もう一人、飲食を避けている者がいる。

 それは、おやつを食べ終わった南瓜をなでくりまわしている、相川だった。


編集で神谷の勤め先名を変更しました。

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