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百物語が終わる迄  作者: 藤田 一十三
第マイナス一巡
3/47

三人目 羽生 晴花(はぶ はるか) アイドルに年齢制限はないらしい

 リビングテーブルにわざとらしく広げられている雑誌。

羽生晴花はぶはるか二十七歳 アイドル 霊能者。幼少時に霊能力を開花 相談などに応じるかたわら バラエティ番組を中心に活躍中』

 広げておいた持ち主の意図どおり、ソファに置かれたバッグの主は、見開きインタビュー記事の写真とともに小さく載っている、その紹介文を読むことになった。

「・・・・・・・・・・・・」

 紙面には、眉の上と肩上ですっぱりと髪を切り揃え、意志の強さをその眼に宿し、暗めの口紅をつけた唇の両端をわずかに引き上げて笑む、臙脂の着物に身を包む美女が映っていた。

 その写真と紹介文を眺める実物の方は、薄いグレーに大きな青い花柄という涼しげなワンピースに身を包み、市松人形のように切りそろえた黒髪が薄化粧をほどこした小顔に影をつくらせ、無表情に神秘さを醸し出している。そんな美女。

 服装と雰囲気はやや異なるが、双方を見比べれば、同一人物であることはわかる。

晴花は考える。

 はたして、世間は二十七歳という年齢とアイドルという肩書きが並べられることを、許容するものであろうか?

 晴花の基準では厳しいものがある。しかし、今はアイドル時代から方向転換をせずに人気が続いた者はアイドルと呼ばれ続けるものらしい。その上限年齢は記録更新中なのか突っ込んではいけない話題なのか、定められていないようであると、晴花も知っている。その基準であればまだアイドルを名乗っても良いのかもしれないが、そもそも晴花は自分をアイドルの枠で考えたことがないのだ。アイドル枠に入れられることがあることは知っている。しかし、自分はそもそも「見える子」枠だった。そこにいつの間にか属性が追加されていたのだ。

 アイドルの年齢上限という疑問は口に出さず、晴花はソファの上に準備しておいた上着とバッグをつかむ。無表情のままリビングのドアを抜けると、台所から叔母が顔を出してきた。

「あ、晴花ちゃん、雑誌よく撮れてるわよ、見た? 紹介欄に『相談者には大物政治家らも』ってあったのをカットさせたわ。それでね、明日お昼を『津軽屋』でご一緒したいって笹川先生の秘書さんから連絡があったから引き受けておいたからね。急ぎで申し訳ないって言ってたけど、あんただけで連れはダメだって言うのよ、一人で大丈夫? 内密にお願いしたいったって、あんたもいい歳なんだから気をつけてちょうだいよ、変な噂はあっちもこっちも困るんだし、あの秘書さん顔と学歴はいいけど下心見え隠れしてるのバレバレなのよね、あんな顔に出ちゃうような人、いくら子供がいない先生の甥ったって将来安心できないじゃない、こっちにも選ぶ権利ってものがねえ。あ晴花ちゃん、送っていくからもうちょっと待ってよ、松本先生からの依頼でしょ、三晩もなんていうから困っちゃったわよ、そりゃ依頼料はそれなりにいただくことにしましたけどね、ちょっと晴花ちゃん・・・・・・」

 晴花は、勝手にしゃべらせておいて勝手に玄関から出て行った。

 必要なことは聞いた。あまり好きではない叔母の話なのでほぼ毎回無視なのだが、叔母はそれでも晴花がきちんと話を聞いていると学習している。そのため、わずかな間にマシンガントークを浴びることになった。

しかし、ちゃんと必要な時間内に必要なことを最低限含ませつつ話したいことを目一杯話すという叔母の技はすごいと思う。明日は戻ったら仮眠をとって『津軽屋』。以上。

 バス停までは歩いて一分。バスで駅まで二十分。そこから一回乗り換えて目的地最寄り駅まで五十分。

 小学生に上がったころから、霊絡みの仕事をさせられていた。十歳のとき、テレビの仕事を叔母がもってきた。ヤラセやら勘違いやらで霊などいない現場も多く、霊がいるなどと嘘をつくことをしない晴花は、テレビの心霊番組への出番はすぐに減っていった。

 しかし、晴花を美少女霊能者として売り出したい叔母は、今度はアイドルとしてバラエティ番組に出ろという。

 両親はなぜか、この独身の叔母に頭が上がらない。頭が上がらないどころか、脅迫でもされているのではないかと思うほど、言いなりだった。晴花は人身御供に差し出されたようなもので、誰も反対してくれないし、晴花も両親のために従うしかなかった。

 それでも、できないものはできないし、いないものはいないし、嫌いなものは嫌いなのだ。

 本当のことを言ったら番組が成り立たない、と言われても、台本など無視して本当のことを言った。言わなくていいことも言った。言いたいことを言った。相手がちょっと気の毒になることもあったので、たまには良いことも言ってやった。

 その結果、叔母のアイドル売り出し作戦は成功した。ツンデレ加減と霊能者であることと美人加減がうまくマッチングしたとかいうよくわからない理由だ。

 地のままでよいならやろうと、中学高校と芸能人が多い学校へ通いながら、叔母がもってくる仕事を続けた。霊能者兼アイドルと呼ばれつつ。

 しかし、CDを出す話だけは全力でつぶした。

 晴花は、お経は詠めるが歌は絶望的に音痴なのだ。歌が歌えないからアイドルではないと、晴花は思っている。よって、自分は「見える子」兼ただの若い女の子。「若い」と言えなくなったら、ただの「見える女」だ。

 芸能界は、様々な業界とつながっている。晴花の霊能者としての仕事も、ほうぼうからやってきた。しかも、依頼主は秘密にしたがる。それでいてそういった人々の間で秘密厳守と解決力について話が広がり、だんだんと『大物』からの依頼も増えていった。

 おしゃべりな叔母も、守秘義務の大切さだけは理解しているらしい。

 晴花は高校生まで、一人で電車やバスに乗ったことがなかった。人と一緒でも、数えるほどしか利用したことがなかった。叔母がつきっきりであることにうんざりして、高校の時、芸能人仲間の愚痴をきいていて、自分もそのことを言ってみた。

 そうして、その芸能人仲間、大手プロ所属でわずか三歳から芸能界にいる土屋真里亜(つちやまりあ)と二人で、冒険することにした。

 冒険といっても、二人きりでバスや電車に乗ったり、スーパーやデパートに行ったりするだけのことだ。

 それでも、使うことのなかったため込んだお年玉を財布に入れて、二人で話し合いながら時に人に聞きながら、冒険した。

 三歳年上の真里亜が晴花と同じレベルだったので、自分の世間知らずを恥ずかしいと思うこともなく、楽しかった。

 そうして、晴花は時々、叔母をまいて自分で仕事に向かうようになった。

 二年ほど攻防があった末に、叔母は晴花がちゃんとスケジュールや注意事項などの話を耳に入れていて、ちゃんとなんらかの交通機関を利用して、ちゃんと時間前までに仕事先にたどりつくことを信じられるようになったらしい。

 幸い、晴花はさほど一般には有名ではないため、電車やバスを利用してもめったに気づかれることはない。チラチラ見る人や写真を勝手に撮る人はいるが、愛想のない霊能者アイドルにわざわざ声をかけてくる人もいない。ごくまれに熱烈なファンとやらに遭遇するが、冷たくされることがうれしいらしく、完全無視をしていれば勝手に満足していなくなる。

 晴花は、電車の座席に納まると乗り換え駅までの駅数を路線図でチェックする。少し遠い。うっかり乗り過ごしそうだ。

 向かいの窓の外を見ると、灰色のビルの隙間から真っ白い入道雲のてっぺんと、青空とスモッグに汚れた空気の境目が見えた。窓の手前に座る男の首には、女の手が絡んでいる。

 晴花は、視線をそらして足元を見る。女子高生が床に置いているバッグから、悪意が染み出して見える。

 うっすらと笑んで、晴花は目をつぶる。

 さて、今回の奇妙な依頼では、どんな事態がみられるのやら。

 そこには、長年の経験に基づく、余裕の自信があった。


語り部 三人目

羽生はぶ 晴花はるか

27歳

物心ついたころにはすでに霊視ができていた霊能力者。

7歳で霊能者として有料相談を開始。10歳で霊能者テレビデビューしたが、その美貌とツンデレ具合から霊能者アイドル扱いとなった。

寄ってくる男の背景を憑いている霊が教えてくれるので、撃退し続けている。

よって、彼氏がいたことはない。

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